地上へⅥ
軌道エレベーターのシャトルから解放され、本物の重力を感じながら足を地面につけたアリスは大きく伸びをした。コロニーでは感じられない潮風を肺に吸い込み、自分が生きていることを実感する。
駅員以外誰もいなくなった構内を歩き、改札窓口へと向かう。軍港ベータで渡されたシャトルチケットを片手に階段を降りると、アリスは見覚えのある人影を見つけた。
「お父さん! お母さんも!」
全力で駆け出し、窓口の駅員にチケットを渡すとそのまま父親の胸へと飛び込んだ。
「良かった。ニュースを聞いた時にはどうなるかと思ったよ」
最後に見た時と同じ黒髪の刈上げに丸眼鏡。スーツ姿なのは会社からそのまま来ていたからか、自宅に戻っても着替える暇が無かったからだろう。
背中を軽くポンポンと叩かれると、更に安心感がスッと染み入って来る。大きな腕から解放された後、今度は母の方にも向く。自分の髪とは真逆の茶髪のロングヘア―、父と同じでスーツ姿の彼女もまた、アリスをそっと抱きしめた。
「よく無事で帰って来たわね。話は軍の方から聞いているわ。家に帰ったら、ゆっくり寝なさい」
「うん。そうする」
アリスは母のつけるシトラス系の香水の匂いを嗅ぎながら目を瞑る。最後に嗅いだのは、かなり前のことだったはずなのに、昨日のことのようにそれを思い出せた。
「さて、感動の親子の再開はここまでにしておこう。友人たちも困ってしまうからね」
父親の声にアリスは名残惜しみながらも母親の腕から離れる。
「いつも娘がお世話になっているね。父親の園原響だ。そして、こちらが妻の美亜。後は、車の中で寝ているがアリスの妹の香織がいる。君たちも大変な目に遭ったそうだね。気にすることはない、家でゆっくりしていってくれ」
響の暖かい言葉にシャル達が感謝の弁を述べながら、自らの名を名乗る。
その中でジョンが名乗った時、響が一瞬だけ目を見開いたのをアリスは見逃さなかった。
「君が――――」
何か言いたげな表情であったが、響はすぐに口元を押さえると踵を返した。
「さぁ、こんなところで立ち話もなんだ。君たちも疲れているだろうし、早く家に向かおうじゃないか。美亜、車を取って来るから、少し彼らと待っていてくれ」
「えぇ、気をつけてね」
小走りで出口へと駆けて行く響きを見送って、美亜はシャル達に向き合う。
「えーと、あなたたち二人が同じ高校の同級生で、そちらが例の――――無戸籍の方?」
美亜はどう表現しようか迷っているようだったが、適当の言葉が浮かばなかったらしく、ストレートにジョンの肩書で問いかけた。
「ちょっと、お母さん!」
「いや、事実だから、まったく気にしていません。むしろ、こんなどこの馬の骨とも知れない人物を迎え入れていただけるだけ、ありがたいと思っています」
アリスが美亜に非難の眼差しを向けるが、ジョンはまったく気にしてないようで軽く頭を下げた。
「いいのよ、気にしなくて。あなたがいなかったら、アリスとは二度と会えなかったかもしれないんですもの。命の恩人なんだから、何も気にしないでちょうだい」
美亜がにっこりと微笑む後ろで、一台の大きな車がガラス戸越しに止まるのが見えた。
すると、車から一人の少女が飛び出してくる。自動扉が開くのが遅いと言わんばかりに体をねじ込んで入って来ると、その勢いのままアリスへと飛びついた。
「おねーちゃーん! 会いたかったよー!」
「香織ちゃん! 久しぶり、元気にしてた?」
「お姉ちゃんがいないのに、元気が出るわけないでしょ!」
微笑ましい光景に見える一方で、若干ではあるが重い感情を乗せている気がする黒髪のおさげの少女。響が話していたアリスの妹である香織。
今にも泣きそうな表情でアリスに話しかけているが、美亜は彼女の肩を優しく叩いた。




