軍港Ⅰ
URU軍の一斉襲撃から二時間後。
EMU軍本部は、止まらない報告の嵐をまとめ上げながらの臨時会議を開いていた。
「問題になっている宙域は、ニアムーン、月面基地、小惑星探査の三つ。特に被害が甚大なのは、小惑星探査に向かった一団か」
大将の一人であるトレバーは書類の束を捲りながら、ため息をついた。
第一報は第三ニアムーンコロニーに索敵艦が墜落したというもの。だが、時間が経つにつれて状況は悪化する一方だ。
巡洋艦コロニーからのURU軍の新型機拿捕。そして、地球近宙域にいたURU軍の一斉蜂起。
不意打ちを喰らったEMU軍からのひっきりなしの報告は、最初、悪夢か何かを見ているのかと勘違いしたほどだった。
「トレバー大将。一刻も早く金星調査に向かった船団を呼び戻すべきかと」
「ノア中将。仮にそれができたとして、戻って来るのに最低一週間はかかる。もちろん、呼び戻すが、それまでにどうするかが問題だろう」
トレバーは人差し指でテーブルを叩きながら、顔を顰めた。齢六十を過ぎた顔に刻まれた皺が、より深くなる。
「現在、稼働している敵航宙艦は確認できているだけで駆逐艦・巡洋艦で三十隻以上、母艦三隻以上、戦艦四隻以上。その他、索敵艦や補給艦数は不明。なかなかの数を集めたみたいだけど、やるにしては中途半端だね。一撃でケリをつけたいなら、この倍は用意して来ないと」
ドーナツ状のテーブルでトレバーの右斜め前に座っていた女性が、書類の束をテーブルに叩きつけた。その顔には皺に混じって、頬に一本の大きな傷跡が刻まれている。
「ジェイダ中将。何か思うところが?」
「何もかもがおかしい。もし、こんな奇襲をかけるなら、全艦隊を投入してくるはずだ。だが、報告に上がっているURU軍の艦隊数は、こちらが把握している数の半数にも届いていない。何かあると考えるのが普通じゃないかい?」
やるならば徹底的に叩き潰し、再起不能にする。それが戦争における絶対条件。それにも関わらず、宇宙開拓連合は、あろうことか地球保全連合に反撃する機会を与えてしまった。
もちろん、現場のEMU軍が奮戦したというのも大きいが、それを差し引いたとしてもジェイダは違和感が残ると言う。
「この墜落事件を知った一部の将校が結託して蜂起した、というには数が多すぎますし、タイミングも恐ろしいくらい一致しています。これはURUの総意として全面戦争を仕掛けてきているとみて良いのでは?」
「ノア中将。まだ、あちらからの声明が届いたわけではない。推測するのは悪いことではないが、あまり大っぴらに言えることではない。注意したまえ」
「はっ、失礼しました」
二人に比べ、幾分か若いノアは冷や汗を垂らしながらも書類を捲る。快晴の空を映したような瞳が、書類の字を追う。
「それよりだ。私が気になっているのは、巡洋艦『コーラル』から届いていた新型機の話だ。場合によっては、それが今回の事件の発端かもしれないと思うんだけど?」
「なるほど、一理ある。実は、その件に関して、少し問題が発生していてな。軍法会議を開く可能性もある。二人とも、モニターの映像を見てほしい。コーラルの艦長から秘匿回線で送られてきた映像だ」
トレバーの合図と共に、背後にあった大画面のモニターにネームレスの上半身が映し出される。
「ほう、これが報告にあったネームレスとやらか……」
ジェイダが興味深げにしていると、映像は出撃後のものに切り替わる。
そこからは、ノアもジェイダも口を閉じて、目を見開いた。
現行のトライエースに余裕で追いつく速さ。同じビームライフルを使っているのに、全く違う武器のように感じてしまう程の正確無比な射撃。乱戦の中に飛び込んで行き、ビームの嵐を掻い潜る起動性能。接近したと同時にナイフに換装し、関節部にピンポイントでダメージを与え、機体をぶつけることなく離脱する運動性能。
最終的にネームレスは、その勢いのままエインヘリヤルを合計十二機を無力化し、あろうことか単身で駆逐艦二隻へ突撃。一方の迎撃兵装を全てビームで撃ち抜いて無力化の後、残る一方の艦に降伏信号を打ち上げさせる戦果を挙げていた。
「――――化け物ですか。機体も機体ですが、それを駆るパイロットも」
ノアが五分刈りの金髪頭に手を置いて、背もたれに寄り掛かる。
「因みに、そのパイロットは氏名、年齢、国籍不詳の青年だそうだ。本人は、異世界から来た魔法使いだと名乗ったらしい」
「ばかばかしい。アルギュレかサバエアのスパイ――――だとするなら、辻褄が合わないね」
ジェイダは口にした後で、矛盾に気付く。それだけの力があるならば、わざわざ味方のURU軍を堕とさず、コーラルを轟沈させれば良かったはず。仮に信用を得るためだと考えても、この規模の事件に対して、釣り合いがとれていない。
「現在、コーラルは中破したため、起動エレベーター付近にある軍港へと準備ができ次第向かう予定だとか」
「トレバー大将。ちょっといいかい?」
銀髪の髪を掻き上げた勢いで、軽く手を上げたジェイダ。
トレバーは、頷くことで発言を許可した。
「前に私が提案して、承認されたあの艦があるだろう? 確か、もう完成していたはずだ。どうせなら、その艦にそれをそのまま突っ込んじまうのはどうだい?」
「あれか……」
トレバーは思い出したように天井を見上げて思案する。
「そもそも、こういう時の為に作っているんだ。今、使わずに、いつ使うってんだい?」
「まだ、搭乗員の選定が全て済んでいなかったはずだ。この混乱で、それを進められるほど暇ではない」
「コーラルが使えないんだ。そのまま、人員を引っ張り込めばいい。レオン艦長なら、そこらへんも融通が利く。余った人員は、艦長含めて戦艦『ダイヤモンド』にでもぶち込めばいい。あの熱血大佐なら悪いようにはしないだろう」
ジェイダの提案に、トレバーは唸り声を上げる。流れとしては、レオンの軍法会議の開廷云々よりも、ネームレスとそのパイロットの対応の方に焦点が当てられてしまった。
実際、その取扱いの方が重要度は遥かに高いのだが、ジェイダの良くも悪くも軍という組織の枠から外れた考えにトレバーは困惑するしかなかった。




