鹵獲Ⅶ
佇んでいるその巨大な塊が近付くにつれて、アリスは目を見開く。
「色が、着いてる!?」
「あぁ、塗装を剥がしたんだ。どうも、一番上にあった塗装は装甲の素材を見た目で悟らせないための物だったらしいからな」
全身が黒や灰色に覆われていたはずのネームレスだったが、胸部だけはその塗装が全て剥がされていた。
メタリックブルーの装甲は、上から降り注ぐライトを反射し、真夏の海のように煌めいている。
「チタン合金に陽極酸化処理してあるんだろうな。酸化皮膜が良い色出してやがる」
「軍事機密に抵触する可能性があります。一般人にはできるだけ伝えないように」
「おっと、いけねぇ。口が滑っちまった」
そう言って整備員は頭を掻きながら、コックピットの中へ入るよう二人を手招きする。
指示に従って、アリスが前に、シャルが後ろへと座り、ベルトを締めた。
「システムを起動するとわかるんだがな。エンジンが着いてないってエラーが出るんだ」
「そういえば、あたしが電源をつけた時も出てた。しかも、バッテリーもほぼ無かった」
その言葉を聞いて、ミリーは眉をしかめる。整備員も困った表情をする。
「軽く調べてみたが空洞ではなかった。恐らく、エンジンの核になる部分――――アーティファクトが抜かれてるようなんだ」
今はバッテリーの電力で起動しているが、このまま放置していればいずれ電源も落ちてしまう。外部から供給する方法がないわけではないが、ネームレスがエンジン無しでも動いていた原因究明には繋がらない。
「それにOSや運動プログラムの方も変な弄り方してあるのも気になる。動作の連続性が――――」
整備員が話そうとするとミリーが咳払いをする。
どうやら、話してはいけない内容を言いかけていたらしく、整備員が苦笑いを浮かべた。
「とりあえず、今はこれを動かした時の状況を教えてほしい。時系列順に誰が、何を操作したか。優秀な第三工学高校の在校生だ。見る所は見てるだろう?」
そう言われて、アリスはシャルと目を合わせる。
確かに気になる所はあった。むしろ、それしかなかったと言っても過言ではない。
「その、最初はあたしが運動プログラムを書き換えてたんです。初期化されてて、ほとんど使える状態じゃなかったんで、せめて腕だけでも動くようにって」
整備員は眼鏡の奥にある瞳をギラつかせる。不敵な笑みを浮かべながら、シャルへと続きを促した。
「でも、その後。勝手にプログラムが凄い速度で書き換えられていったんだ。アリスも見たよな?」
「うん。キーボードで打ち込んでるとか、そういうレベルじゃない。どこかからデータを受信しているような――――とにかく、手動入力じゃない早さだった」
整備員は二人の解答に首を捻る。
「それはおかしいな。この機体はネットに非接続状態だった。しかも、接続しようにもロックが掛かっている」
「それだけじゃないんです。ただ入力されてたんじゃありません。途中で入力に修正が入ってたんです。それも手動でやってるみたいに」
「うん? それはどういうことだ?」
理解ができずに整備員は顔の皺を深くする。
アリスたちは、入力されていく文字列が時折、間違いに気づいたように再入力されていたことを説明する。誰かが作ったプログラムを流し込んでいたのではなく、その場で作り直されていたようであった、と。
「あり得ない話だが、本来ならば何日、いや、何ヶ月とかけて行う作業をたった数分で終わらせたように見えた。そういうことかい?」
アリスたちが頷くと、整備員はコックピットを見回しながら唸り声を上げる。
入力された内容は整備員がざっと目を通しただけだが、その評価はかなり高かった。少なくとも、補助AIの協力なしであったならば、相当な回数のエミュレーションや実際に動かして評価をしなければ作れるはずがない、とアリスたちを呼ぶ前に整備員の男は断言していた。




