鹵獲Ⅴ
ネームレスから降りて、一時間後。アリスとシャルは、二人用の空き室に通されて、ベッドに横たわっていた。
「あー、疲れた。めっちゃ取り調べ受けて、警察に捕まった気分だった」
「軍の人だから、あながち間違ってもいないと思う」
アリスは枕に顔を埋めて全身の力を抜く。
トライエースに乗っている時間と取り調べを受けていた時間で一時間にも満たなかったが、彼女にとっては何時間もの苦行に感じた。これならば、丸一日試験を受け続けていた方がマシだろう。
「あたしの場合、レオン艦長が親父の知り合いだったから、別の意味で緊張したよ。絶対、親父のところに連絡行ってるって……」
シャルは枕に顔を押し付けて叫び声を上げる。
「いいじゃない。今頃、ニアムーンコロニーのことがニュースになってるだろうから、お父さんもきっと無事な連絡を受けて安心してるはずだよ」
「いーや、それだけは絶対にないね。親父のことだからきっと……そうだな、『危険なことに近づくなって、あれだけ言っただろう。何やってんだ、このバカ娘』とか言うに決まってる」
仰向けになったシャルは足で反動をつけて上半身を起こす。ふてくされたような表情をアリスに向けて、部屋に備え付けられていたテレビを指差す。
「ちょっと、ニュースとか見てみようぜ。コロニーがどうなっているか、わかるかもしれない」
「うん、そうだね」
寝っ転がったまま、アリスはベッドの近くにあるボタンを押す。
すると、壁に埋め込まれていたテレビが点き、ちょうど臨時ニュースを報道していた。
「先程からお伝えしている第三ニアムーンコロニーの天井崩落事故の速報です。コロニー警備隊によると、宇宙開拓連合軍と思われる索敵艦一隻とトライエースが二機、大破しているのがコロニー内で見つかったようです。乗組員の生死は判明しておらず、引き続き――――」
ニュースキャスターの読み上げる言葉を聞きながら、画面の端を流れていく文字を読む。
既に天井は応急処置で塞がれ、内部の空気も減少こそしているものの、シェルターから出て活動できる範囲だという。天井の完全復旧には六時間程度で済むらしく、アリスたちが想定していたよりも被害は少なく済んでいるようだった。
「――――ロンの奴。大丈夫かな?」
「この部屋に来る前に、一応、説明は受けたけど……心配だよね」
この艦の医療責任者曰く、コロニーの空気排出宙域に短時間とはいえ留まれていたのが生死を分けたという。真空状態に放り出された瞬間に息を止めていると、肺で血液と酸素の交換ができなくなり窒息死する。そうでなくても肺に損傷が起こる可能性があるという。
ロンは酸素が少ない状態で持ちこたえていたが、途中で意識を失った。結果として、息を止めなかったことにより生き延びることができた可能性が高い。
残った問題は後遺症がどこまで出るか。注意力散漫、判断力の低下などで済めば、まだいい方だ。最悪、二度と元の生活には戻れないような重い症状が出ることも伝えられていた。
「あの機体でコロニーの近くから離脱して、着艦するまでにかかった時間は?」
「多分、一分くらいだと思う。早く、目が覚めると良いんだけど」
アリスは、ぼーっとしながらテレビの画面を見る。
見慣れた景色のはずなのに、どこか遠い世界のことのように感じた。
抉れた地面、燃え尽きた街の街頭、潰れた車やバイク。何もかもが目に映っているのに脳が理解を拒否していた。
「私たち、いつコロニーに戻れるのかな?」
「さぁね。少なくとも、あたしは親父にそのまま引き渡されるんじゃないかって、ヒヤヒヤしてる」
心ここにあらずと言った様子だったシャルだが、何とか空気を和ませようとする。
そんな中、室内にチャイムの音が鳴り響く。




