15話 英雄
15話 英雄
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「はぁ、はぁ」
やっぱり、一人での国境越えなんて無謀だったのかもしれません。
土地勘もない他国です。
一人じゃ無謀なことぐらい初めからわかっていました。
誰かに頼ろうにも、当然頼れるような人はおらずましてやお金も持っていませんでした。
そもそも詳しい状況はともかく、王国が今どんな状況に有るのか分かった上で金もない見知らぬ女が王国に行くのを手伝ってやろうなんて人いるわけありません。
よっぽど優しい人でもない限り私に話に耳を貸すわけないですし、そういう優しい人はきっと私の行動を止めようとするのですから。
私は所詮特別な家に生まれただけの女の子、私自身が特別なわけではないのです。
そんなことは、彼女を隣で見ていたのですから理解できていたはずなのに……
凡人には凡人なりの生き方があるのです。
あそこでおじさんの好意に甘えてしばらくお世話になって王国のことを忘れて仕舞えば、きっと私はそこそこ幸せに生きられたのでしょう。
でも、私は特別な人間ではないけれど特別な家に生まれたのは確かなんです。
私にはやらなきゃいけないことがありました。
結局何もできませんでしたけど、何も行動しないなんてことは不可能でした。
結局私は……
「ふふ、」
私は、何も出来ませんでした。
何も残せず死んでいくのですか……
いえ、何も残せなかったけど何も残らないわけではないのですかね?
婚約を破棄され家を勘当された腹いせに国を売った魔女ってところでしょうか。
もっとも、王国が残っているのならですけど。
でも、最後ぐらいいい夢ぐらい見せてくれてもいいわよね。
神様、悪魔として王国の歴史に刻まれるのが罰だというのならその罰は重く未来永劫消えない罪として刻まれるべきですよね。
だから、
「王国万歳……」
最後は一人ぼっち、法国と王国の国境境の誰も近づかない山の中ですか。
私みたいのにはお似合いの最後ですね。
……意識がもう。
やっぱり、寂しいよ。
お父様、カローイ様……
……フローラ、サクラ
……
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『救国の英雄』
これはまだサラーティ王国という国があった頃のお話です。
その王国の歴史は古く、大陸でも有数の強大な国家でした。
しかし、かつての栄華はすでに無き物となっていました。
長い歴史の中で政治は腐敗し、国民は課せられた重税に苦しんでいました。
貴族は己が貴族である理由すら忘れてしまう有様であったそうです。
遠からず内乱になるであろう。
それが当時の周辺諸国の王国に対しての知見でした。
苦しむ王国民のことは哀れに思う、しかしだからと言ってお人好しで他国に手助けするほど国という存在は甘い物ではありません。
内乱が起きた際には漁夫の利を得ようと王国に注視する国家は多数存在しましたが、王国民の苦しい生活を見ても見て見ぬ振りをし手を差し伸べる国は決してありませんでした。
そして年月は流れ第一王子と第二王子の仲違いをきっかけについに王国は二つに割れ、国民を巻き込む大きな内乱に発展しようとしました。
そこに他国も加われば王国は不毛の土地となり王国民の大半が死に絶えてしまうであろうことは想像に難くありませんでした。
しかし、腐った貴族は王子を諌めるどころか己が利益を求めて我こそはと加勢し王子から始まった国を二分する対立はますます大きなものになるばかりでした。
そんな絶望的な状況を、その国を滅ぼす愚かな戦争を止めたものがいたのです。
その名も、『マルシア』
救国の英雄と名高い、我らが英雄そのひとです。
彼女は元は第二王子の婚約者であったが、第一王子と第二王子の国を二分する様な内乱に反対しその企みを事前に止めようとしたところ第二王子から婚約を破棄されてしまったのです。
さらには、第二王子の手はすでに彼女の父親にも及んでおりなんと彼女は婚約を破棄されたその日に公爵家からも勘当されてしまいました。
それでも、彼女は諦めませんでした。
彼女は忘れていなかったのです。
己が貴族であるという自負と責任を。
私が王国を王国民を守らなければならない、彼女はそう決意しました。
彼女は言いました。
国とは国民です。
王も、貴族も、
彼らの持つ大きな力は、元来全ては国民を国を守るためにあるものなのです。
国民の安全、国民の生活、
それらを害する理由になるのならば、そんなもの捨ててしまうべきです。
彼らの力は彼らが手に入れたものではありません。
国民が私たちを守ってくれるのならばと、好意であくまで貸している力に他ならないのです。
王国民にこそ選択の権利があるのです。
彼女は国民にそう説きました。
全てを諦めて力なくただ生きていた国民はその言葉を聞き、目を覚ましたのです。
自らの国を取り戻すんだ。
重税を課され生きるのに精一杯でただ生きていただけだった彼らは、彼女の元に集う形で徐々に強力な集団を形成していきました。
彼女は、続々と立ち上がる王国民を見てやはりこの国は素晴らしい国だったんだと確信していました。
ただ上に立つものが腐ってしまっていただけで、国そのものが腐り落ちてしまったわけではなかったのです。
これで本来の王国を取り戻せます。
しかし、ふと思いました。
確かに、第一王子と第二王子に正義なしと立ち上がった国民と共に戦えばきっと勝てます。
多大な犠牲の上に、本来の王国を取り戻すことができるでしょう。
……果たしてそれで本当にいいのでしょうか?
国民の多大な犠牲の上に成り立つ王国など、本当に必要なのでしょうか。
国民の犠牲の上に成り立つ国に価値はあるのでしょうか。
しかし、今の彼女には国民の犠牲を少なく王国を救う手段など存在しませんでした。
彼女はもう貴族ではありません、彼女はもう王子の婚約者ではありません。
国民のために立ち上がり指揮すらとってみせている彼女は、言ってしまえばまだ成人も迎えていない子供に過ぎないのです。
国か、国民か……
国とは国民です。
王も貴族も全ては国民のためにあるのです。
そもそも国という枠組みすら本来は国民を守るためにあるものです。
そうであれば、王国という国すらも……
彼女は王国より国民をとる決断をしました。
多大な犠牲の上に成り立つ国など価値はない、彼女はそう判断したのです。
彼女は単身で帝国に渡りました。
彼女は帝国に特別なにかつながりがあるわけではありませんでしたが、帝国以外の周辺国家は王国の内乱に乗じた行のりを狙っている状況にありそれを彼女が把握していたからこそ帝国以外の選択肢はありませんでした。
そして帝国に渡った彼女は、見事皇帝との謁見の権利をもぎ取りました。
国民の生活を保障してくれるのでしたら、私に差し出せる全てを差し出します。
私は大したものは持っていませんが、王族や貴族が溜め込んでいたもの全てでも私なら国民に納得をもらった上で差し出せる自身があります。
だから、力を貸してください。
国民を想うマルシアの心に痛く感銘を受けた皇帝は、彼女の申し出を快諾しました。
さらには、そんなものをもらっては私も王国の腐った王族貴族やハイエナのような他国と同じになってしまうとその利権を自ら手放しました。
混乱に陥った王国の再建の手伝いはするが、そのようなものは必要ないとそんな復興の約束までしてみせました。
そもそも、皇帝は謁見を受け入れた時点でよほどおかしな物言いでもなければ手を貸すこと自体は決めていたのです。
そして彼女の心に感銘した皇帝は、帝国の全力を持って手を貸すことを決定しました。
彼女はその皇帝の懐の深さにいたく感激しました。
マルシアを旗印にした民間軍と帝国軍は、あっという間に第一王子と第二王子の軍に勝利し他国に介入の暇すら与えることなく内乱は終結しました。
彼女は見事国を守ってのけたのです。
しかしその争いの最中、私が前に出なくてどうするのです。
そう言って、最前線で最後まで軍を率いていたマルシアが忽然と姿を消してしまいました。
人々は彼女のことを夜通し探し回りました。
しかし、彼女はついぞ見つかりませんでした。
彼女は天が王国民のために使わした天使だったのかもしれない、
皇帝はそう言い空を眺めました。
そして、国民と共に突然姿を消したことを嘆きました。
皇帝の頬を一滴の水滴が流れ、ぽつりと指に落ちました。
生涯涙をみせたことのなかった皇帝、その初めての、そして生涯最後になるであろう出来事でした。
その水滴の先、そこには彼女の瞳と同じ色をした見事な宝石をあしらった指輪がきらりと輝いていました。
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「うむ、なかなか良いのではないか」
「勿体なきお言葉でございます」
「予定通り、メーンベルトを使いこちらを旧王国領に流布いたします」
「うむ。行け」
「はっ!」
「皇帝陛下、さすがでございます」
「救国の英雄と陛下の関係を知り、旧王国民の陛下への信頼はますます大きなものになることでしょう」
「ああ、あれか」
「陛下が直々に指導したと聞き及んでおります」
「そうだな。爺よ、少々やりすぎたと思うか?」
「とんでもございません。すでに英雄視されている救国の英雄をあえて貶めることなく持ち上げるその慧眼あっぱれにございます」
「……そうか」
「私は傾国の美女によって狂った皇帝といったところだな」
「いえ、陛下がお狂いになったなどとお戯を」
「むしろ帝国は史上類を見ないほどの拡大に成功しており、稀代の賢王と称されて然るべきかと思われます」
「そういうことではないのだよ」
「そこのメイド、お前の働きに対してはこれで十分報いたと思うがどうだ?」
「お嬢様はお喜びになるかと思います」
「我は、お主がどう思うか聞いているのだがなぁ」
「皇帝陛下ともあろうお方が、ただのメイド如き気にかける必要はないかと。例えば、今は亡き救国の英雄に想いをはせるとかならともかく」
「それはないな。しかし、ただのメイドか面白いことを言うな」
「そうですか?」
「褒美に開けてやった側室の席を興味もなく蹴る奴がか? そこいらの貴族令嬢なら泣いて喜ぶんもんなんだと思うがね」
「もっともそんな奴が我が褒美として側室の席を用意するほどの功績を上げるなんてことはありえんだろうがな」
「当然です。そこは私の席ではありませんから」
「きっと、さっきの物語の中の皇帝ならそこは永久欠番だというのでしょうね」
「……頑固な奴だな」
ーfinー
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