八年後
眩い太陽の光が恵み溢れる大地に降り注ぐ。穏やかなそよ風とともに雲は陽気な様子で流れていく。快晴の下、中央国家セントライドの王都へと続く街道には今日も多くの荷馬車や人々が進んでいた。
商談を追え、戦利品を抱えて帰路を進む商人もいれば、故郷を離れて大志を胸に抱き、希望に満ちた眼差しで少年少女もいる。
中には、王都のギルドから出された依頼を終え、返り血や泥を身に纏った防具に付着させながら疲労困憊といった様子の冒険者の姿も見られた。
そんな中、路銀を御者へ手渡して王都へと運んでもらっている荷馬車の一角に一人の少年の姿があった。この地方では珍しい黒い髪に人目を引く濃い赤目。どこか近寄りがたい雰囲気を持った少年に、同じ荷台に同乗している人々は一歩引いた距離からチラチラと少年の様子を伺っていた。
対して、当の少年はといえば周りから浴びせられる無遠慮な視線をさして気にした様子もなく、ただ黙ったまま目的地である王都、グランクレアまで荷馬車が辿り着くのを待っていた。
そんな彼の耳元では周りの人々の取る態度とは真逆のかしましい少女の声が聞こえている。
『ねえねえ、お兄ちゃん。まだ目的地には着かないの~? クレアもう飽きちゃった~』
そんな声とともに少年の前に一人の少女が突如として姿を現す。少年の半分近くしかない背丈。退屈そうな表情を浮かべながら不満を全身から漂わせる金髪の少女だ。
だが、周りの人々は突如として目の前に現れた少女に驚く様子も見られない。それもそのはず。少女の姿は半透明のものであり、今目の前に現れている存在は実体ではないのだから。
『こら、クレア。大人しくしててくれ。あともう少しで目的地には着くから』
今は自分にしか認識することができない少女に対して口を開かず、契約によって交わされた魔力の繋がりを通して少女に話しかける少年。その様子はお転婆な妹を嗜める兄のようにも見える。
『ぶぅ~。お兄ちゃんってばもう何度もそう言ってるもん。クレアもう我慢の限界!』
ジタバタとその場に寝転がりながら手足をバタつかせる少女、クレア。そんな彼女の様子を見て、やれやれといった様子で少年は溜息を吐き出した。
『今度こそ本当にあとちょっとだから。目的地に着いたらたっぷり相手をしてあげるさ』
『やだっ! クレアもうすっご~く耐えたもん。いっぱい、いっぱい我慢したもん! お兄ちゃんが今すぐ相手してないとやだ!』
ぷくりと両の頬を大きく膨らませながら少年に不満をぶつけるクレア。そんな少女の姿に苦笑いを浮かべながら、仕方がないとどこかあきらめた様子で少年はこっそりと少女を手招きする。
『わかった、わかった。仕方がないな、クレアは。ほら、おいで』
そう言って先ほどまでと座り方を変え、胡坐をかいて少年は少女を呼び寄せた。少年の意図を察した少女は満面の笑みを浮かべ、飛び込むように少年の空けたスペースに飛び込んだ。
『えへへっ。やったぁ~』
両足の間にすっぽりと収まるようにして座り込むクレア。彼女は大層満足そうに甘えた様子で少年に向かって身体を預けた。
そんな二人の様子を密かに眺めていた存在がもう二つ。一つはムッとした様子で少年の好意を独り占めしているクレアに嫉妬し、もう一つはそんな彼らの様子を微笑ましそうに眺めている。
『カイトってば、クレアに対してだけは本当に甘いわね。もう少し私にも優しくしても罰は当たらないと思うのだけれど』
『おやおや。嫉妬ですかなパンドラ。年長者としてみっともありませんよ』
『ふんっ。なによ、後から来た新参者の癖に偉そうに。大体、カイトのパートナは私一人で十分なのよ。
いい? 最初にして唯一。そして至高の相棒はこの私なんだから。他はあくまでもおまけ。そのことをちゃんと理解していなさい』
『これは、これは。また棘のある言葉をぶつけられる。ですが、それを決めるのはあなたではなく、彼ですよ。そもそも私やクレアも彼が求めた結果、この場にいるのですから』
『なに言ってるの? そもそもクレアは毎日毎日うっとおしいくらいにカイトにべったりしていて、そんなあの子を見かねたカイトが渋々契約を結んであげたのよ。
それにあんたなんて、最初は私やカイトに対して敵対してきたじゃないの』
『おや? そうでしたかな。いかんせん近頃歳のせいか物忘れが激しくて。そのようなことがあったかどうか記憶がないのですよ』
『白々しい。精霊は年月によって記憶が老化することもないでしょうに』
姿もなく、背後から声のみの応酬が繰り広げられ、それを耳を塞ぐこともできずに聞かされ続けた少年、カイトはうんざりとしながら注意をした。
『パンドラ、グレン。二人ともしばらく黙っててくれ。クレアの我侭を聞いているだけでもこっちは手一杯なんだ。二人の相手をする余裕は今の俺にはない』
『おやおや、これはすみません我が主。久方ぶりの外の世界に些か心が湧いておりまして。何せ、ここ数年はあのジメジメとした森の中で陰鬱な気を放つ魔女と共に過ごさねばならなかったものですから』
『それに対しては私も同感よ。ようやくあの魔女と離れられたのは心の底から喜ばしいわ』
『私もあの魔女嫌い! いっつもお兄ちゃんのこといじめてたもん。お兄ちゃんが言ってくれればいつでも殺してあげたのに』
静かにしろと命じたにもかかわらず一切言うことを聞こうとしない二つの声。そこに足元に収まっていたクレアも参加し始め、益々収拾がつかなくなる。
仕方がないとカイトは瞼を閉じ意識を暗闇に投じ、目的地に辿り着くまでまどろみの中に意識を放り投げることにした。
〝迷いの森〟。かつて彼が八年の時を過ごした森を出立して早一ヶ月。かつての少年から心も身体も大人へ向けて大きく成長した。そんな彼が森を出たのは彼にとって師である魔女、イヴ・グランテーゼがある事を命じたからであった。
彼自身の目的とも重なるその命令はカイトたちが今目指している王都、グランクレアにて約数日後に開かれるある催しに深く関わっていた。
それこそが次代の〝英雄候補〟が一同に集うとされているものであった。




