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英雄になれなかった君に捧ぐ 早世の英雄と悔恨の精霊士  作者: 建野海
迷いの森の魔女と精霊の少女
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月光の下の出会い

本日の座学を終え、夕食を食べ終えもはや残すは睡眠のみといった状況になった。室内を灯す唯一の明かりである蝋燭の火は既にイヴによって消されている。

 床に敷いた毛布の上に横たわり、カイトは天井を仰ぎ見る。

 イヴの指導の元、魔術の適正を調べて実際に魔術を行使しようと試みたカイトであったが、無残な結果に終わった。力をつけないといけないのに、気持ちに成果がまったく追いつかない。

 そもそもが、何かを始めてすぐに結果が伴うのであれば誰も努力など必要としないのだが、少しでもと力を求める今のカイトにとっては魔術を行使するための初めの第一歩から躓いてしまっている今の現状がもどかしく感じて仕方がなかった。


(眠れない……)


 シンと静まり返る室内。かすかに聞こえる音といえば早々に眠りについたイヴの寝息くらい。けして口にすることはないが心に抱いた魔族への復讐。本当に自分がそれを実行するだけの力を得ることが果たしてできるのだろうか?

 そんな不安と焦りがふつふつとカイトの心を侵食する。目は冴え、眠りにつくことなどまるでできない。

 仕方なく一度は横になった身体を起こし、夜の森を歩くことにした。

 音を立てないようカイトは静かに小屋を出る。夜の森は普段はあまり意識しない虫や鳥の鳴き声が聞こえた。

 よくよく考えてみれば、イヴの元にたどり着いてから一度も小屋の周りから離れて周りの様子を見たことはなかったとカイトは考える。ちょうどいい機会だと考え、小屋の周りの地理を確かめながら森の中を警戒しながら歩いていく。

 〝迷いの森〟の奥深く。既にこの場所は魔の領域。気を抜いていたら魔獣と遭遇するなんて自体もないとは言えない。ゆっくりと、それでいて慎重な足取りで周りの様子を伺いながらカイトは小屋から離れ、森の奥へと足を進める。

 時間にして二十分ほど歩いたころだろうか。それまでとは違い、どこからか水の流れる音が聞こえ始めた。

 水源がどこかにあるのだろうか? そう考えたカイトは水音のする方向へと進行方向を変え、進んでいく。もちろん、この森の名前のように迷ってしまわぬように通り過ぎた箇所に少しわかるよう、地面に落ちた枝をいくつか重ねた目印を残すことも忘れずに。

 徐々に近づく水の音。森の中を流れる水流。その終着点とも言える小さな泉にカイトは辿り着いた。

 透き通った水で満たされたその泉を見てゴクリとカイトの喉が無意識になった。いつの間にか喉がかなり渇いていた。

 泉に近づき、両手を重ねると澄んだ水を掬い取り口元へと運び込む。冷たい感触が喉元を通り過ぎる。


「……ふぅ」


 想像していた以上の水の美味しさから思わず声がこぼれ出た。こんな場所があったのかと思いながらカイトは視線を上げる。


「……えっ?」


 顔を上げたカイトが目にしたのは泉の浅瀬に身体を浸す一人の少女の姿だった。森に差し込む淡い月の光に照らされて輝く銀の髪。夜闇の中にあってもまるで吸い込まれてしまいそうなほど目を離せないほど美しい白い肌。

 一糸まとわぬ姿で身体を清めるその少女にカイトは何故か視線が逸らせなかった。まるで神秘が形を持って舞い降りたとでもいうほど美しい少女。目の前の少女が人間ではないと悟るのに時間はそう必要としなかった。


「精霊様?」


 本能的に目の前の少女がそうだとカイトは確信する。それもただの精霊ではない。声だけが聞こえた小さな存在感の精霊ではなく、少女はより上位の精霊だとカイトは自然と理解した。

 カイトが少女の存在を認識してから僅かに遅れて精霊の少女もようやく己を見つめる視線に気づいた。


「……」


「……」


 少女とカイトの視線が交わる。まさか自分の存在を人間が認識しているとは思いもしていなかった少女は初めに不思議な表情を浮かべ、次に困惑の表情を浮かべた。そして何かに納得したかの様子を見せると、今の自分の状況を理解して羞恥の表情を浮かべた後、恥ずかしそうに身体を泉の中へと沈めた。

 顔の半分まで水中に沈め、ぶくぶくと文句を口にする代わりに少女は泡を吐き出している。そこでようやく、カイトは我にかえった。


「ご、ごめんッ!」


 そう口にして視線を逸らすのであった。夜の森、静かな世界。森の木々の隙間を掻き分けて人間であるカイトと精霊の少女を月明かりが照らしていた。

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