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告白事件編

 明後日でついに春休みだというのに、私は一人で部屋の中にこもっていた。電気をつける気にもなれなくて、薄暗い部屋の中でベッドに座りこむ。少しずつ日が長くなった外は夕焼け色の世界で、それが妙に悲しく感じられた。

「あーあ」

 もう何度目かになるため息が唇からこぼれた。こうやってベッドで膝を抱えるのはどれくらいぶりのことだろう? 謎のマジシャンクレッシェンド――私はクレって呼び続けてるけど――が家に来るようになってからは、私はずっと楽しい日々を過ごしてた。ため息の数だって相当違っていたはずだ。面白いマジック見せてもらって料理も作ってもらえて、それまでの生活が信じられないくらい充実してた。

「どうしよう……」

 でも今日まだクレは来ていない。だから学校から帰ってきた私は、そのまま真っ直ぐ自分の部屋へと入った。かろうじて部屋着には着替えられたけど、放り投げられた制服はベッドの隅に投げ捨てられたままだ。きっとクレが見たら怒るんだろうなあ。ちゃんと片づけなさいって。

「あーあ」

「みやちゃん?」

 でもさらにこぼれそうになった吐息は、途中で遮られた。慌てて頭をもたげれば部屋の扉が開いていて、そこからクレが顔を覗かせているのが目に入る。

 いつもどこからか入ってくるんだよね、クレは。マジックだったとしてもそれって不法侵入じゃないかなあって思うんだけど。

「どうしたの? みやちゃん。明かりもつけないで」

「うーん、ちょっとね」

「何かあったの?」

 ベッドから立ち上がろうとする私の傍に、クレが近づいてきた。いつも通りの黒ずくめに仮面姿のクレは、何だかすごく心配そうだ。きっと今私はすごく深刻な顔をしてるんだろうなあ。別に病気でもなんでもないんだけれど。

「僕でいいなら話聞くよ、みやちゃん」

 仮面の下の瞳が、真っ直ぐに私を見つめてきた。一度だけこの仮面をはずした顔を見たことがあるけれど、それからもずっとクレは仮面をつけ続けていた。だけどそんな状態でもクレの表情はわかるんだ。心配してるとか不機嫌だとか困ってるとか。もちろん笑顔の時もね。

「あのね、クレ」

 夕陽を背中に浴びるクレを、私は真正面から見た。クレの喉が小さくなるのが視界に入る。けれどもそれは無視して私は言葉を続けた。できる限り静かな声で、ゆっくりと尋ねる。

「クレって告白されたことある?」

「……はい?」

 真剣に問いかけると、クレは一瞬の間をおいてから気の抜けた声を上げた。私に向かって伸ばされかけていた手が止まり、仮面越しにも目が点になってるのがわかる。

「ねえねえ、ある?」

「えーっと、その……まあ、あるかな」

「じゃ、じゃあその時はどうしたの!? いいよって言ったの!?」

 勢いよく言葉を続ければ、クレは困ったように小首を傾げてベッド際に膝をついた。私はクレの傍までにじり寄って、その袖をぎゅっと掴まえる。ここで逃げられたら困るもんね。本当に聞きたい答えはまだ貰ってないんだから。

「み、みやちゃん?」

「クレはその時どうしたのー? ねえ、教えてよ」

「あのさあ、みやちゃん。どうしたの急に?」

 けれどもクレはそれ以上答えてくれなくて。私はクレの袖を掴んだまま、ぺたりとまたベッドの上に座りこんだ。

 思い出されるのは『その時』のことだ。授業が終わって浮かれていた放課後、ゴミ捨てから戻ってきたところを待ち伏せされてしまった。

「あのね、その――今日告白されたの」

 座りこんだまま、私は正直にそう言った。すると途端にクレの動きが止まって部屋の中が静かになる。驚くでもなく喜ぶでもなく、ただクレは押し黙っていた。まるで聞いてなかったみたいに。

 あ、この反応は前にも覚えがある。

 そう思うと何だか腹が立ってきて、私は頬を膨らませてそっぽを向いた。

「嘘じゃないもん」

「い、いや、嘘だなんて僕一言も言ってないんだけど」

「ううん、今のは絶対疑ってた。信じてなかった。もう、クレの馬鹿! 私だって中学生なんだからそういうのくらいあるんだからねっ」

 またクレは子ども扱いする。

 慌てるクレの方は見ないで、私は膝をかかえた。でも拗ねても長続きしないのはわかってる。クレはいつもは優しいけれどこういう時は意地悪なんだ。そんな風に困った顔をされると、私の方が悪いことしてる気分になるんだから。

「みやちゃん、ごめん。機嫌なおして」

「嫌」

「何て答えるか迷ってるんでしょう? ほら、ちゃんとこっち向いて」

 ゆっくりクレの腕が伸びてきて、結局私は真正面から向き合うことになった。肩を掴まれたらさすがに逃げられない。私は精一杯にらみをきかせながらクレを見つめた。

「みやちゃんは、その男の子のことどう思ってるの?」

「……クラスメイト」

「それだけ?」

「うん。だって今まで何回かしか喋ったことなかったんだよ? 何で急に告白してきたのかさっぱりわからない」

 そう、私は森君のことを全然知らなかった。一年間も一緒のクラスだったのにって思うと不思議だけれど、あまり接点がなかった。挨拶とかはもちろんするけれど、お喋りらしいお喋りもしたことなかったし。

「そっか。じゃあひょっとしたらクラスが変わる前にって思ったのかもしれないね」

「え?」

「みやちゃん次は三年になるでしょう? クラスも変わっちゃうよね? 離れたくなかったんじゃないかな」

 けれどもクレにそう言われて私ははっとした。そうだ、もうすぐ春休みなんだった。つまり、このクラスともお別れで、もちろん別のクラスになれば森君との接点はさらに減るわけで。

「そっか……だからか、牧恵ちゃんが不思議そうでなかったの。試しに付き合ってみたらって言われたし」

 クレの手が離れていくと同時に、私はその場でうなだれた。じゃあ断ったらかわいそうなんだろうか? ますますどうしていいかわからなくなる。告白なんてされたことないから、普通はどうするのかも全然知らない。

「試しにってのは相手を傷つけることもあるからね。そこはよく考えるんだよ、みやちゃん」

 上から降り注ぐクレの声が優しくて、何だか泣きそうになった。こういう時はやっぱりクレは大人だなあって思う。きっと私なんかよりずっともっと色んなことをわかってるんだろうな。私ももう少しだけでも大人になれたらいいのに。

「もし、みやちゃんがその子と付き合うことになったら」

「うん?」

「僕はもうここには来られなくなるからね」

「……え?」

 だけど次にクレの放った一言が、私の胸を貫いた。はっとして顔を上げると、仮面越しにクレの瞳が細くなってるのがわかった。口を何度も開閉させながら、私は声を張り上げる。

「ど、どうして!?」

「だって恋人ができたらもうみやちゃんは寂しくないでしょう? それに恋人がいるのに僕みたいなのと家で会ってるなんて、それは失礼だよみやちゃん」

 不思議とクレの声は温かくて、それなのに私の胸はすごく痛かった。

 それは嫌だ。クレと会えなくなるのは嫌だ。二度と会えないなんて嫌。

 私は泣きそうになるのを堪えてまたクレの袖をぎゅっと握った。何か言わなければならないのにうまく言葉が出てこなくて、自分の体が自分のものでないみたいに感じられる。心臓の鼓動が少しだけ速まっていた。

「嫌、それは嫌」

「みやちゃん?」

「クレと会えないのは嫌」

 それでもかろうじてそれだけは口にできた。

 寂しくてつまらない生活を変えてくれたのはクレだ。クレが来ない夜なんて想像できない。したくない。それだけはどうしても我慢できなかった。

「いいの? みやちゃん。せっかくのチャンスなのに」

「クレと会えないなら断るもん」

「それでいいの?」

「いい」

 子どもみたいだなと思ったけれど、私は素直にそう言った。するとクレの手が私の頭に置かれて、赤ん坊にするみたいに優しく撫でられる。私は少しだけ恥ずかしくて、クレから上体を遠ざけた。クレはくすりと笑って腕を引っ込める。

「よかった。僕もみやちゃんに会えなくなるのは嫌だから」

 クレはすぐにそう言ったけれど、私はさらに恥ずかしくなって何も答えられなかった。外でマジックする時はあんなに自信なさそうなのに、私の前ではこうやって不敵に笑うんだから。何だかずるい。

「じゃあそろそろ晩ご飯の準備しようか。あ、みやちゃんは制服片づけてから来てね」

 立ち上がったクレはそう言うと歩き出した。扉を開けて出ていく後ろ姿を、私はこくりとうなずきながら見送る。いつもと同じはずなのに、妙にその背中が大きく見えた。

「あれ?」

 だけど同時にある事実に気がついて、急に頬が熱くなった。

 私が森君と同じことをしているという事実に、気がついついてしまったから。

「私ってひょっとして……」

 一人部屋でつぶやいた声に、もちろん答えは返ってこなかった。

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