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クリスマス編

 家に帰って留守電を聞いてみれば、今日もまたお母さんは残業らしかった。お父さんは昨日から出張でいない。晩ご飯は適当にすませてというメッセージがちょっと寂しかった。でも仕方ないよね、仕事なんだから。

 今までならものすごく落ち込むところだけど、けれど私はもう一人じゃなかった。だって二人がいない夜、我が家にはもう一人の住人が現れるのだ。ある日突然やってきた怪しい男、変態マジシャンが。

「みやちゃん、パスタできたけど」

「あ、テーブルに置いといてー」

 今日もその変態マジシャンはやってきていた。当人は断固拒否してるけど、どう考えたってその格好は変態だ。黒いスーツに顔の半分が隠れる仮面、そしてシルクハット。ステッキは常に持ち歩いてるみたいで、忘れてきたところを見たことがない。

 名前を尋ねたらクレッシェンドという変な答えが返ってきた。マジシャン見習いらしいから、芸名みたいなものかなあと思うけど。

「なに、なに? 今日のパスタは」

「今日はアサリの和風パスタ」

「やったー! 私アサリ大好きっ」

「それはよかった。さあ召し上がれ」

 食卓まで走っていくとそこはいい香りに包まれていた。顔がほころんで、お腹が鳴りそうになる。時刻は七時を過ぎたところだけれども、私はもうかなりお腹が空いていた。だって今日の体育はハードだったんだもん。マラソンの練習なんてもうこりごりだ。

「クレって料理上手いよねー」

「そう?」

「だって何でも作れるじゃん」

「師匠料理にはうるさいからね、それで鍛えられたんだよ」

 会話のある食卓っていうのが私にはすごく嬉しかった。この変態マジシャン――私はクレって呼んでるけど――の料理の腕はすごいんだ。だから最近は毎晩ご馳走になってる。証拠隠滅するのがちょっと大変だけど、コンビニのお弁当を食べるよりはずっとよかった。

「そういえばもうすぐクリスマスだね」

 ふと私は思いだして顔を上げた。すると仮面を付けながら器用に食べてたクレが、不思議そうに首を傾ける。

「そうだね」

「クレは何か予定入ってるの?」

「入ってる人がこんなところでパスタ作ってるとお思いで?」

「だってそういう時ってマジシャンの稼ぎ時じゃないの? ほら、クリスマスショーみたいな感じで」

 そう聞き返すとクレは困ったように笑っていた。いや、苦笑っていうのかな? ちょっと悲しそうだったから、私はどう言葉を続けたらいいかわからなくなる。

「そりゃあ師匠や兄弟子たちは忙しいけど。でも僕みたいな見習いの下の下みたいなのに仕事は回ってこないよ。稽古もつけてもらえないからいつも以上に暇だよ、悲しいくらいにね」

 なるほど、と心の中で私はうなずいた。でもクレが見習いの下の下っていうのが納得できなかった。時々マジックを見せてくれるけど、失敗したことはないしむしろいつも驚かされるくらいだ。それともその師匠や兄弟子っていうのがもっとすごいんだろうか?

 私はむーっとうなりながら頭を傾ける。

「みやちゃんは?」

「私? お母さんもお父さんも忙しいってさ。人が休んでる時こそ稼ぎ時なんだって」

「そっか。じゃあ僕がここでみやちゃんだけに特別クリスマスショーを見せてあげるよ」

 クレが笑いながら私を見つめた。

 クリスマスショーってことは、もしかしていつも以上にすごいマジック?

 そう思うと鼓動が早くなって、今すぐにでも見たくなってきた。

「やったー! じゃあそれ楽しみに待ってるね」

 今年は寂しいどころか楽しいクリスマスになりそう。私の心は弾んでいた。




 楽しみにしていたクリスマスイブは、予想外の展開を迎えていた。

「みやちゃん、無理しなくていいから。寝てていいんだよ?」

「やだっ、クリスマスショー見たい」

 昼間から私はベッドに横になったままだった。昨日珍しく雪が降ってはしゃぎすぎたみたい。こんな時に風邪だなんて、泣きそうになる。

「こんなマジック、いつだって見られるんだから。だからほらちゃんと休まなきゃ。長引いたら大変だよ?」

 クレはベッドの傍に座って私の頭を撫でていた。何だか手つきが変態っぽいなあと、ぼーっとする頭で私は考える。

「クレ、なんか変態っぽい」

「だからみやちゃんは何でそこにこだわるのっ。僕は変態じゃないって言ってるでしょう」

「だったら格好変えた方がいいよ?」

 この台詞、何度言ったかわからなかった。けれどもクレは断固としてこの衣装を変えようとしないんだ。見習いとしては見た目だけでもそれらしくしなきゃと言い張ってる。

「この格好を止めたら、僕はクレッシェンドでなくなってしまうから。みやちゃんの前では僕はクレッシェンドなんだ、ただの高校生じゃなくて」

 何だかクレが悲しそうな目をしていた。それが何故だかわからなくてどうしようもなくて、クレの手に自分の手を重ねる。

「わかった、我が侭言わないから。だからクレ元気出して? そうだ、クレにプレゼント渡そうと思ってたんだ。あそこ、机の上」

 クレは私にいっぱい元気をくれたから、だから私はクレに悲しい顔をして欲しくない。話題を変えようと必死になって、私は机の上を指さした。クレが立ち上がりゆっくりとそっちへと向かう。

「この包み?」

「そう! 見てもいいよ」

 包みが開かれる音を私はドキドキしながら待っていた。熱のせいかいつもよりも気分の上がり下がりが激しい気がする。さっきまでの悲しさはどこへ行ってしまったんだろう? 今はただ反応に期待してるだけだ。

「みやちゃん……これは」

「鏡、素敵でしょう? クレがこれ以上変態にならないようにって考えたんだから」

 振り返ったクレは苦笑いしてたけど、私は見て見ぬふりをした。ベッドの中で笑顔を振りまいていたら、クレがのそのそとこっちへ近づいてくる。

「ありがとうね、みやちゃん」

「うん、大事に使ってね! あのね、クレ。仮面なくたってそんな格好してなくたって、クレは立派なマジシャンだよ? 私が保証するから、だから元気出して」

 そういうとクレは驚いたように目を丸くした。私が中学生だからって、クレは子どもだと思ってるんだ。でもちゃんと知ってるんだから。クレは自分に自信がなくて、だからいつも元気がないんだ。クレにあと必要なのは、自信だけ。

「ありがとう、みやちゃん」

「うん。だから明日でも明後日でもマジック見せてね。楽しみにしてるんだから」

 クレが微笑むと、私も微笑んだ。

 その次は新春ショーね、なんて考えてることを、この変態マジシャンはきっとまだ知らない。

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