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玉蘭花伝  作者: いろは
8/18

君に捧ぐは花燈篭 三

 ──まったく、なんだっておれがこんなこと。


 迅風は胸のうちで、この夜何度目かの悪態をついた。


 まったくもって忌々しい。この自分が、王家軍でも古株の、王虎将軍の右腕とまで呼ばれている──実のところ、面と向かってそう称えられたことはないが、口に出さないだけで皆心の中ではそう思っているに違いない──この呂迅風さまが、よりによって子守をしながら祭り見物とは。


 問題の子どもは、迅風の隣で串にささった飴がけの杏をなめていた。膝の上に、先ほど迅風が買ってやった花燈籠をのせて。


 紅と金の房飾りがついたそれは、間違いなく店先に並んでいた中で一番派手で、当然値段もそれなりだった。だが当の少年は、まるで嬉しそうな顔を見せなかった。だったら買い与えなくてもよかったのだが、一度買ってやると言った手前、引っ込みがつかなかったのだ。


「うまいか、それ」


 子怜はこくりとうなずいた。黙っていればたいそう愛らしい少年だ。あくまで黙っていれば、の話だが。この可愛らしい唇は、どういうわけか可愛げのない言葉しか紡げないらしいので。


 なのに、昼間訪ねてきた県丞には随分と気に入られたようである。あの、迅風の顔を見るたびに、頼むから悪さはせんでくれよ、などと憎たらしいことしか言わないおっさんが、小遣いまでくれたというのだから、まったくけしからん話だ。


 それ以上にけしからんのは、おまえ小遣いもらったらしいな、と子怜に声をかけたら、欲しければあげる、と真顔で銅銭を差し出されたことである。


 あのとき、かっとなって子怜の頭をたたいてしまったのが運の尽きだ。たまたま通りかかった兄貴分に倍も殴られた挙句、祭りの間のお守りまで厳命されてしまったのだから。


 その伯英は、文昌とともに近くの酒楼にいる。酒楼の二階から伯英を見つけた大家の主人が、ぜひとも王虎将軍に杯を差し上げたいと強引に招いたのだ。


 伯英は気が進まない様子だったが、文昌に促されてしぶしぶうなずき、一杯だけという約束で酒楼に入っていった。あとに残された迅風と子怜は、広場に並べられた長椅子で二人の帰りを待っている次第である。


 兄貴も大変だなと同情しつつ、街の有力者に頭を下げさせる兄貴分に鼻高々な迅風である。が、自分は置き去りにされたうえ、子守まで言いつけられたとなれば、


 ──おもしろくねえ。


 迅風は舌打ちを呑みこんで隣を見た。飴を食べ終えた子怜は、ぼんやりと周囲を眺めている。その顔を覆っているのは、冥府の獄卒を模した面だ。


 春のこの時期だけ、休みをもらえるという獄卒たち。その間は、死者の魂も故郷に帰ることを許される。花燈籠は、故人の魂を迎える目印だ。


「なんか飲むか」


 迅風が訊ねると、子怜は曖昧に首をかしげた。これだ、と迅風の苛立ちに拍車がかかる。はいいいえか、はっきりしない態度は迅風が最も苦手とするものだった。


「おれ酒買ってくるわ。おまえどうする。なんかいるか?」


 立ちあがった迅風を、子怜は無言で見つめるだけだった。もう知るか、と迅風は胸のうちで吐き捨てた。


「ちょっと行って買ってくるから、おまえはここにいろ。すぐそこだから、何かあったら呼べよ」


 早口でそう言うと、返事を待たずに迅風は近くの屋台へ向かった。酒と、子怜のために甘い梅湯を買い、もとの場所にもどるまで、ほんのわずかな時しかかからなかった。


 その間に、少年の姿は広場から消えていた。


「あの野郎……」


 どこ行きやがったとあたりを見わたしたところで、地面に転がってる花燈籠が目に入った。その紅い房飾りに踏みにじられたような跡を認めた瞬間、迅風の手から杯が落ちた。


「子怜!」


 呼ばわる声に、応える者はいなかった。



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