第81話-2:魔法競技祭当日――ひとつの結末
――イオ、テオ……待っててくれ。
絶対に助けてやるからな。
安堵と緊張がまだ胸の奥で混じり合っている中、
隣からふいに少女の声が飛んできた。
「ジュリジュリ、もう!
その儀式は私以外にしないって言ってたのに、こんな奴にするなんてひどいよ!」
少女は頬をぷくりと膨らませ、不満たっぷりに男を見上げる。
男は困ったように眉を下げながらも、どこか優しげな表情で彼女を見返していた。
レオはそのやり取りを呆然と眺めていたが、
すぐに気を取り直し、真剣な眼差しで口を開いた。
「十九年前、魔女を封印したのはお前なのか?
なぜ封印を一度解除し、この女の中に封印し直した?
十九年前、この女はまだ生まれていなかったはずだろ」
男はわずかに目を伏せ、小さく首を横に振った。
その表情には、隠しきれない苦悩がにじんでいた。
「魔女を封印したのは俺だ……。
だが、それ以上は答えられない。この世界の歴史に関わることだからな」
レオはさらに問い詰めるように続けた。
「やはりお前が“大賢人”か。
この結界も、魔女の封印も……
今から十一年後に解除されるって話は本当なのか?
その時、魔女はまた暴れるのか?」
男は短い沈黙の後、静かに口を開いた。
「封印が解かれるのは事実だ……。
その時には、また暴れるかもしれない。
だが……結局、俺はまたここに来ることになるんだろうな……」
視線をそらし、わずかに息を吐く。
その横顔からは思考の内側が読み取れなかったが、
かすかに揺れた瞳は――
彼自身すら触れたくない“何か”を示しているようだった。
「すまないが、急いでいる。ここで失礼するよ」
男は静かに告げると背を向け、
手をゆっくりと掲げると結界が解け、
柔らかな光がふっと消え去った次の瞬間には――
その姿も跡形もなく消えていた。
ほんの一拍、静寂が場を支配した。
「えっ……待ってよ、ジュリジュリ!?
嘘でしょ、もう帰っちゃったの!?」
少女はようやく自分が置き去りにされたことに気づいたらしく、唖然とした顔で叫んだ。
「いっつもそうなんだから!
勝手に決めて勝手にいなくなっちゃって……!
私には“来ちゃダメ”って言ったくせに、自分は好き勝手帰るんだから!!」
頬をぷくりと膨らませ、小さな足で地面を何度も踏みつける。
怒っているのは明らかだが、その瞳にはどこか寂しげな影も宿っていた。
「せっかく会えたのに、まだちゃんと話してないのに……
本当にジュリジュリって、勝手なんだから!」
少女がなおも文句を続けていると、黒猫がひょっこりと姿を現した。
何事もなかったかのようにゆったり歩き、尻尾をゆらゆら揺らしている。
「シュレ! あんた、どこ行ってたのよ!」
少女が唇を尖らせるが、シュレは気にも留めていない。
レオは、怒りも寂しさも全部顔に出す少女と、呑気な猫の対比にしばし言葉を失った。
やがて戸惑ったように口を開く。
「で……結局、お前は一体何者なんだ?」
「なんで、あんたなんかに“お前”って呼ばれなきゃいけないのよ!」
「は? めんどくせーな、こいつ……」
レオが舌打ちした瞬間、
大賢人の冷たい警告が鮮烈に脳裏に蘇った。
『約束を破ったときは……君たちを殺すことになる』
レオは眉間を押さえ、心の中で悪態をつく。
――チッ、面倒なことになったな……。
深く息をつき、仕方なく少女へ向き直る。
「わかったよ、悪かったな」
ぶっきらぼうに謝りながら、レオは周囲をこっそり確認し、
少女の耳元へ顔を寄せ、低く囁いた。
「……お前、訳ありなんだろ?
他の奴に色々聞かれたら――“記憶喪失”ってことにしとけ。
深掘りされずに済む」
少女は不満げに唇を尖らせたが、数秒ほど視線を泳がせ、
やがて諦めたように小さく頷いた。
「……わかった。それでいいわよ」
その後、シシンたちが魔女や正体不明の男について問いただしてきたとき、
レオは慎重に言葉を選びながら説明した。
――男が“大賢人”と呼ばれる存在らしいこと。
――魔女の封印が想定以上に早く弱まり、再封印するために現れたこと。
――そして、その役目を終えると姿を消したこと。
イオとテオの件についても――
「漆黒に染まった身体が崩れ、砂のように消えた」
とだけ伝えた。
「……本当に覚えてないのか、ラァラ?」
そのやり取りの合間、ヒカルが少女にそっと声をかけるが――
少女もまた、わずかに目を伏せるだけだった。
「……ごめんなさい。何も思い出せないの」
真実を語れば、誰が危険に晒されるかわからない。
こうして、シングウ王国史上最大のクーデター事件は、ひとまず収束を見せた。
――だが、すべてが終わったわけではない。
大賢人。
魔女。
少女の正体。
そして十一年後に訪れるという“封印の終わり”。
誰もがそれぞれの立場で、わずかな安堵と、拭いきれない疑念を胸に抱えていた。
表向きには平穏が戻り始めていたが――
その裏側では確かに、世界のどこかで“何か”が動き始めていた。
誰もが気づいていた。
これは終わりではなく、
次に訪れる大いなる何かの――静かな序章にすぎないのだと。
物語としては、ここで区切りがよいと判断し、
今回は一旦ここで完結とさせていただきます。
この後のストーリーについても長尺の構想はあったのですが、
課題を感じており、やっぱりここで一度立ち止まって考えたいと思いました。
でも書き直してみて、
今の自分にできることはやれたような気もしています。
ヒカルたちのその後は、
ぜひ皆さんの想像にお任せします。
最後までお読みいただき、本当にありがとうございました!!




