20 ◆元英雄のおっさん、中卒に何でも買ってあげちゃう◆
そんなアカリを見て、俺は「やれやれ」と思う。
少し甘やかし過ぎたかもしれない。ここからは、気を引き締めなければ危険だ。
「おい、アカリ」
「はい?」
「そろそろ仕事モードだ。いつまでも観光気分でいると、死ぬぞ……親御さんのために、生きて帰るんだろ?」
「は、はい! わかりました!」
窓から離れ、真剣な顔になって俺に向き直るアカリ。よしよし。こういう素直なところは、前向きに評価できる部分だ。
「今日の大まかなスケジュールを説明する……いま九時半を過ぎたところだ」
俺は手元の腕時計を一瞥しながら言った。
「この列車は十時頃には目的地の街に着く。それから十一時半までを目処に、お前の装備品の買い出しを終える。その後は昼食と食後休憩を挟んだ後、午後からは森でフリーロームを行う」
「フリーローム?」
「まあ、森をブラブラ歩いて、手近なモンスターを狩る、ってことだな……そこでのお前の役割は、荷物持ちと獲物の解体の手伝いだ。戦闘には加わるな」
「え、どうしてですか?」
「素人が攻撃に加わると、どうしても視野が狭くなる。だがそれだと死ぬ。視野を広く保つためには、戦闘の空気に慣れることで、戦闘中も冷静さを保てるようになることが必要だ……つまり、今日のお前の仕事は、戦闘の空気に慣れることだ。俺が戦う様子をよく観察して、同時に、周囲にも気を配ることを意識しろ」
……まあ、こうした態勢を取る最大の理由は、アカリに冒険者としての適性があるかどうかまだわからないから、というものなのだが、俺はそれは黙っておく。
もし適性がなければ……おそらくアカリは戦闘中にパニックになって、何らかのヘマをするだろう。そうなればそれを口実にクビにする。その方がアカリのためでもある。
「……」
だが、そのアカリは、鳩が豆鉄砲を食らったような顔で俺のことを見つめていた。
「なんだ? 何か言いたいことでもあるのか?」
「い、いえ……」アカリは戸惑った様子で言った。「ただ、私、もっと初日からこき使われると思っていたので……」
「荷物持ちだって楽じゃねえぞ。何時間も森を歩き回るんだからな……お前、体力には自信あるのか」
「は、はい! 高校の入試に体力試験もあったので、かなり鍛えているつもりです」
「ん、そうか……」
とは言っても、実質は中学生の女の子だからな……俺が注意して見ていなければならない。
その後もいくつか細かいところを打ち合わせした後、俺たちを乗せた列車は、目的の植民市<ツクヨミ>に到着した。
ツクヨミは、日本の植民市の中では二番目に大きい都市で、大草原と森林地帯の境目付近に位置している。
今回は車窓を気にしているヒマがなかったのであえて見なかったが、実は大草原……<タカマガハラ>というのが正式名称……には、大農場が広がっている他に、なんと油田が点在している。こうしているいまも、油田では石油の採掘が進み、パイプラインで続々と日本に運び込まれているはずだった。日本の国内消費量を考えれば、大草原で採掘される石油はそう大した量ではないとはいえ、日本人にとって悲願の自国油田獲得だったことには違いない。
……まあ俺としては、稼働中の油田を見ていると、犠牲になって死んでいった仲間たちのことを思わずにはいられないので、あまり気分の良いものではないのだが。
話を戻すと、ツクヨミ市は、森林地帯から侵入してくるモンスターから、大草原の農場や油田地帯を守るために建設された要塞都市である。ツクヨミを中核として、いくつもの小都市が草原と森林の境界線に対して平行に展開され、大草原の第一防衛線を形成している。ツクヨミはこれらの小都市に対する物資の集積・供給拠点となっており、それだけに、物や人の行き来が激しく、商売も盛んな大都市だ。
つまり、新人の装備品を揃えるには、うってつけの街だった。
そういうわけで、列車を降りた俺はアカリを連れて、ツクヨミ市内の一角、冒険者向けの店が建ち並ぶことで有名な通称「武器屋街」の店をはしごして、次々と装備を買いそろえていった。
「まずは腕時計とコンパス、それから水筒。これは基本だ。地図はまだいい。練習してないと、上手く地形を読めずに、かえって混乱するからな」
「は、はい」
「次は荷物運び用のリュックサック。腰のベルトは必ず締めろ。そうすることで、背中全体に重さが分散されて楽になる。楽になるのは大事なことだ。体力を温存できるからな。それから、こことここのボタンを同時に押すと……」
「あっ……ベルトが全部外れて、落ちちゃいました」
「こうやって、いざという時は素早く身軽になって逃げることができる。ここぞという時にすぐ押せるよう、後で練習する」
「へ、へえ……」
「胴体の防具はこの胸当てを。革に似せて作ってあるが、合成繊維だ。こういうのはファンタジーより現代科学の方がいい」
「うわっ。軽いですね」
「肘当てと膝当ても買っていこう。これがあると姿勢の自由度が上がる」
「そ、そうなんですね……」
「金属製の防具は、この軽めの籠手だけでいい。これ以上つけると重すぎて、走って逃げられない。やばくなった時は、防具として攻撃を払い避けるのに使うだけじゃなくて、これでモンスターを思い切り殴れ。いいな? 今朝みたいに悲鳴を上げても、モンスターは謝ってくれないぞ」
「は、はい……」
「親父。このガントレットを右手だけくれ」
「お客さん、そいつは両手でセットなんですが……」
「右手だけまた発注すればいいだろうが」
「バカなこと言わないでくださいよ。職人が一つ一つ手作りしてたのはもう何年も前の話で、いまは工場で大量生産されてるんです。そんな融通なんか利きません」
「バカはそっちだこの野郎。なんで時代が進んでるのに不便になってるんだよ、おかしいだろ」
「そのぶん値段が劇的に下がってるんだから、いいでしょうが!」
「チッ……」
仕方なく、俺は両手セットを買って、左手だけ中古屋に売り飛ばした。
荷物を大量に持たされたアカリは、次々と買い物を決めていく俺のことを、何やら不思議なものを見るような目で見上げていたが……俺は時間内に買い物を終わらせることに夢中だったので、その理由を問いただしたりはしなかった。




