21 ◆元英雄のおっさん、なんかすごそうな女鍛冶師と出会う◆
一通り買い物を終えたが、ここまで二つトラブルがあった。
一つは、武器屋街の中で俺が「唯一まとも」と評価している刀剣屋が休みだったこと。
もう一つは、魔力繊維を専門に扱ってる馴染みの防具屋に「すぐ戻ります」の看板がかかっていたことだ。
少し悩んだが、俺はアカリに持たせるナイフを、市場に店を出している露天商で見繕うことにした。剣士だけあって、俺は刀剣にはうるさい。まともじゃないとわかりきっている店で買うよりは、露天商が掘り出し物を持っている可能性に賭けたい。それに、市場から戻ってくる頃には、防具屋の親父も店に戻っているだろう。
というわけで、俺はアカリを連れて、人でごった返す市場に向かった。
ツクヨミ市の市場の一部には、毎朝早い者勝ちで誰でも露店を出せるスペースがある。当然、そこは完全な無秩序状態。定められた通路以外には、ビッシリと猫の子一匹通る隙間もないほどに露店が立ち並び、店主たちは通路を行き交う買い物客との間で、売っただの買っただの、値切れだの値切らんだのと、盛んにやり取りをしている。
早い者勝ちで誰でも露店を出せるなんて、そんな無秩序さは現世の日本ではあり得ない話だろうな、と俺は思う。ジャンル変更の直後、異世界は果てしない混乱の中で、少しずつ今の形になった。だから、これが自分たちのやり方なんだ、内地のお行儀の良いやり方なんか知るか、などと思う者も多い(「現世」とか「内地」というのは、異世界に移住した日本人が、日本の本国を指して言う言葉だ)。
そんな異世界風の手荒い歓迎に、アカリはずいぶんと苦戦しているように見えた。先を行く俺が振り返ると、アカリは人の波をかき分けて前に進むのに四苦八苦している……まあ、半分以上は、俺が持たせた大荷物のせいなのだが……それでも、俺も持ってやろうか、などとは思わない。たぶんそれは、アカリのためにならない。
さて。早い者勝ちで露店を出せるスペース、と言っても、扱う商品のジャンルが近い店は、自然と近くに固まるものだ。俺は、冒険者用の刀剣類が多い区画に足を向けた。
「うーむ……」
だが、すぐに俺は難しげなうなり声を上げる羽目になってしまう。
やはり露天商の扱う品は、一目見てわかるほど品質が悪い。安くてなんぼの粗悪品を、異世界中から集めてきたような光景だ。
だいたい、陳列の仕方がなってない。たとえばそこの店なんか、地面に敷いた布の上で、抜き身のまま大量に置かれた剣の刃と刃がぶつかり合っている。こんな雑な扱いをしたら刃に傷がついて、刃こぼれの原因になりかねない。そんな店で何かを買うなんて論外だ。
……そんな店で「安いから」という理由で武器を買った新米冒険者が、毎年何人も死んでるんじゃないかと思うと、腸が煮えくりかえりそうになるが……やめよう。今日はあまり時間がない。
「ん……?」
その時、俺は一軒の露天商の前で足を止めた。
膝ぐらいの高さの長い台に、紺色の布が敷かれていて、その上に長剣が一振りと、他に六本のナイフが、一本ずつ適度な間隔を開けて丁寧に並べられている。ナイフはどれも向きがピッタリ揃っていて、混沌とした市場の中で、そこにだけ秩序が生まれているかのようだった。ただ、一本だけ無造作に置かれている薪だけが気になる。なんだこれは?
しかし、何よりもその店で目を引くのは、置かれているナイフの品質だった……ほう、これはなかなか。
機能性重視の俺の好みからすると、少々装飾に凝りすぎているようにも見えるが……品質は問題なさそうだった。いや、むしろかなり良いのでは、と思える。
顔を上げると、陳列台の向こうには、二十代前半とおぼしき若い女が一人だけ。
胸にさらしを巻いたラフな格好のその女は、低い椅子に座ったまま横を向いて、砥石でナイフを研いでいるようだった。
「お嬢ちゃん」
俺はその女に声をかけた。
「店主はどこだ?」
すると、意外な答えが返ってくる。
「私が店主だよ」
クルリとこちらに向き直った女は、勝ち誇ったような笑みを浮かべてそう言った。
「あんたが……?」
俺はつい驚いてしまうが、あまり礼儀を失して機嫌を悪くされては困ると、すぐに思い直す。
「そいつは失礼。で、あんたは鍛冶師か? ここにある商品は、全部あんたが打ったのか?」
「いや。私が打ったのは、この長剣と、そのナイフだけ」
女はナイフのうちの一本を指差しながら言った。
「自分が打った物を売るだけじゃ、大きく稼げないからね。いまはこんな露店をやってるけど、早く店を持つのが夢なんだ」
「ほう……」
長剣もそのナイフも、俺が特に出来が良いと思ったものだ。問題はない。
俺は商談を続けることにした。




