第6話 天然少女と、消えない違和感
街で発生している魔力異常。
その原因の一部を突き止めたカイゼルとリリアだったが、黒い筋を持つ魔石の正体までは分からなかった。
そんな中、二人は異変について詳しい情報を求め、街の治療院を訪れる。
そこで出会ったのは、少し天然で、どこか放っておけない少女だった。
翌日の朝。
カイゼルは冒険者ギルドの掲示板を眺めていた。
昨日の魔力異常については、ギルドから街の管理局へ報告が送られている。だが、今のところ新しい情報は入っていないらしい。
「……やはり、もう少し調べる必要があるか」
黒い筋の浮かんだ魔石。
あれが何者かによって仕掛けられたものなら、ほかにも同じ仕掛けが存在する可能性がある。
しかし、手がかりは少ない。
「カイゼルー! おはよう!」
背後から、聞き慣れた声が飛んできた。
振り返ると、リリアが勢いよく駆け寄ってくる。
「……おはよう。走らなくても聞こえるぞ」
「だって、早く話したかったんだもん!」
「何か分かったのか?」
「ううん! これから調べる!」
「……そうか」
カイゼルは小さく息を吐いた。
リリアは気にした様子もなく、掲示板を指差す。
「ねえ、昨日の魔力異常のことなんだけどさ。治療院でも変なことが起きてるらしいよ!」
「治療院?」
「うん! 魔法で傷を治そうとしたら、急に魔法が弱くなった人がいたんだって!」
カイゼルの表情が変わった。
魔道具だけではない。
人が使う魔法にまで影響が出ているのなら、事態は少し厄介だ。
「……その情報は確かなのか?」
「受付のお姉さんが教えてくれたよ。昨日の依頼と関係あるかもしれないって!」
「分かった。行ってみよう」
二人はギルドを出て、街の治療院へ向かった。
◇ ◇ ◇
治療院は、街の南側にある小さな建物だった。
入口には薬草の鉢植えが並び、窓からは穏やかな光が差し込んでいる。
中に入ると、薬草の香りが鼻をくすぐった。
「すみませーん! 誰かいますかー?」
リリアが声をかける。
すると、奥から慌ただしい足音が聞こえてきた。
「は、はい! 今行きます!」
現れたのは、淡い青みを帯びた髪の少女だった。
年齢は十七歳ほどだろうか。
白い上着を着て、腕には薬草の入った籠を抱えている。
「お待たせしました。今日はどうされましたか?」
少女は丁寧に頭を下げた。
ところが、顔を上げた拍子に、籠の中の小瓶が傾いた。
「あっ……!」
カラン、コロン。
小瓶が床へ転がっていく。
「あわわっ! 待ってくださいー!」
少女は慌ててしゃがみ込んだが、今度は籠の中の薬草までこぼしてしまった。
「ええっ!? 今度はそっちまで!?」
リリアが思わず駆け寄った。
「だ、大丈夫!? 手伝うよ!」
「ありがとうございます……! すみません、私、こういうことが時々ありまして……」
少女は申し訳なさそうに笑った。
カイゼルも無言で小瓶を拾い、薬草を籠へ戻す。
「……怪我はないか?」
「あ、はい! 私は大丈夫です!」
少女はぱっと顔を上げた。
「お二人とも、ありがとうございます!」
「……気にしなくていい」
カイゼルが小瓶を渡すと、少女はほっとしたように微笑んだ。
その表情には、どこか人を安心させる柔らかさがあった。
「私はセレス・ノクティアといいます。この治療院で、回復魔法のお手伝いをしているんです」
「私はリリア・ハート! こっちはカイゼル!」
「カイゼルさんとリリアさんですね。よろしくお願いします」
セレスはもう一度、丁寧に頭を下げた。
そして、再び籠を持ち上げようとして――。
「……あれ?」
籠の持ち手が、棚の角に引っかかった。
「えっ、あっ、ちょっと待ってください!」
リリアがすぐに支え、カイゼルが持ち手を外す。
三人の間に、短い沈黙が流れた。
「…………」
「…………」
「……すみません」
セレスは顔を赤くした。
リリアは苦笑しながら、彼女の肩を軽く叩いた。
「だ、大丈夫! 誰にでもあるよ、こういうこと!」
「本当ですか……?」
「うん! たぶん!」
「……たぶん、か」
カイゼルの小さな呟きに、リリアが振り返る。
「ちょっと、カイゼル!」
「いや、何でもない」
セレスは二人のやり取りを見て、くすりと笑った。
「ふふっ……。お二人は仲がいいんですね」
「そうかな?」
「……まだ数日しか一緒に行動していないが」
「それでも、仲がいいように見えますよ」
セレスの声は穏やかだった。
その柔らかな雰囲気に、カイゼルも少しだけ警戒を解いた。
「……実は、聞きたいことがある」
カイゼルは昨日の魔力異常について説明した。
街の魔道具が停止したこと。
魔石に不自然な魔力の乱れがあったこと。
そして、治療院でも同じような異常が起きていると聞いたこと。
セレスは真剣な表情で話を聞いていた。
「やっぱり……」
「何か知っているのか?」
「はい。昨日、患者さんの傷を治そうとしたとき、回復魔法が突然弱くなったんです」
セレスは胸元に手を添えた。
「最初は私の失敗だと思ったんですけど、別の人が魔法を使っても同じことが起きました」
「……魔力の流れに異常があった?」
「はい。普段なら自然に巡るはずの魔力が、途中で途切れるような感覚でした」
カイゼルは目を細めた。
やはり、昨日の魔石と同じ現象らしい。
「その患者は、今どうしている?」
「幸い、命に関わる状態ではありませんでした。別の方法で治療できたので、今は落ち着いています」
「そうか……」
カイゼルは少し考え込んだ。
魔道具だけでなく、回復魔法まで乱されている。
このまま異常が広がれば、怪我人を救うことすら難しくなるかもしれない。
「……セレス。昨日の異常が起きた場所を案内してもらえるか?」
「もちろんです。ただ……」
セレスは少し困ったように笑った。
「私、道を覚えるのが少し苦手で……。ちゃんと案内できるか、自信がありません」
「……大丈夫だよ。私も一緒に行くから!」
リリアが胸を張った。
「三人いれば何とかなるって!」
カイゼルは二人を見て、小さく頷いた。
「……頼む」
こうして、三人は治療院を出ることになった。
◇ ◇ ◇
異常が起きたのは、治療院から少し離れた住宅街だった。
セレスの案内で進んでいたはずなのだが――。
「……セレス」
「はい?」
「ここは、さっきも通らなかったか?」
「えっ?」
セレスは周囲を見渡した。
そこには、見覚えのある赤い屋根の店があった。
リリアが指差す。
「うん! これ、さっき見たよ!」
「あ……。本当ですね……」
セレスは頬に手を当て、困ったように笑った。
「すみません。考え事をしていたら、いつの間にか道を間違えてしまったみたいです」
「……目的地は分かるか?」
「はい! たぶん、あちらです!」
セレスが指差した方向を見て、カイゼルは数秒黙った。
その先には、街の外へ続く門が見えていた。
「……あれは北門だな」
「えっ?」
「目的地は南側だ」
「あわわっ! 反対でした!」
セレスは慌てて頭を下げた。
「本当にすみません!」
リリアは笑いをこらえながら、セレスの手を取った。
「大丈夫、大丈夫! 今度は私が先頭を歩くよ!」
「ありがとうございます……!」
カイゼルは二人の後ろを歩きながら、静かに周囲を観察していた。
少し頼りないところはある。
だが、セレスは異常について、かなり正確に覚えているようだった。
彼女は単に道を間違えただけで、観察力まで欠けているわけではないらしい。
やがて、三人は目的の住宅へたどり着いた。
「ここです」
セレスの表情が引き締まる。
「この家の方が、回復魔法を使ったときに異常を感じたんです」
カイゼルは扉の周囲に意識を向けた。
すると、微弱な魔力の乱れが感じられた。
「……確かに、ここにもある」
壁に手をかざす。
昨日の石と同じような、不自然な魔力の流れ。
だが、今回は魔石そのものが見当たらない。
「……どこに隠れている?」
カイゼルは周囲を慎重に調べ始めた。
やがて、扉の下に小さな黒い欠片が落ちているのを見つけた。
大きさは爪ほど。
一見すると、ただの石くずにしか見えない。
しかし、そこから漏れる魔力は、昨日のものとよく似ていた。
「……これだ」
カイゼルが拾い上げようとした瞬間。
「待ってください」
セレスが静かに声をかけた。
「その欠片、少し変です」
「……分かるのか?」
「はい。回復魔法を使ったときに感じた違和感と、よく似ています」
セレスは欠片を見つめた。
「魔力が弱いのに、触れると力が吸い取られるような感じがするんです」
カイゼルは彼女を見た。
彼女の言葉は、彼が感じていたことと一致していた。
「……なるほど」
カイゼルは直接触れず、魔力を薄くまとわせて欠片を持ち上げた。
その瞬間、黒い欠片の表面に細い筋が浮かんだ。
そして――。
欠片の奥から、微かな反応が返ってきた。
まるで、カイゼルの魔力を認識したかのように。
「……っ」
カイゼルの目が鋭くなる。
黒い筋が一瞬だけ、深紅に近い色へ変化した。
すぐに元の黒へ戻ったが、彼は見逃さなかった。
これは、ただ魔力を乱すための仕掛けではない。
何かを探しているのか。
それとも、何かに反応しているのか。
「カイゼル……?」
リリアが不安そうに呼びかけた。
カイゼルは欠片を布で包み、収納の魔法を使って保管した。
「……持ち帰って調べる」
「危なくないの?」
「今のところ、直接的な危険はない。ただ、詳しく調べるまでは触れない方がいい」
セレスはほっとしたように息を吐いた。
「見つかってよかったです。でも、こんなものが街にあるなんて……」
「……ああ」
カイゼルは黒い欠片を収納した場所へ意識を向けた。
二千年前の戦いで感じた異質な魔力。
それに似ている気がする。
だが、まだ確かなことは何も分からない。
今は、調べるべきことが一つ増えただけだ。
◇ ◇ ◇
調査を終え、三人はギルドへ戻った。
報告を受けた職員は、黒い欠片の存在に驚き、すぐに管理局へ連絡すると約束した。
その後、リリアは椅子に座り、大きく伸びをした。
「ふぅー! 今日はいっぱい歩いたね!」
「……途中で道を間違えたからな」
「うっ……! そ、それは言わない約束!」
「そんな約束はしていない」
「もう、カイゼルってば!」
リリアが頬を膨らませる。
その隣で、セレスがくすくすと笑った。
「ふふっ。お二人を見ていると、なんだか安心します」
「そう?」
「はい。カイゼルさんは落ち着いていますし、リリアさんは明るいですから」
セレスは少し考え、それから二人に向き直った。
「あの……もしよかったら、私も皆さんと一緒に依頼を受けてもいいでしょうか?」
リリアの目が輝いた。
「えっ、本当!? もちろん!」
「……理由を聞いてもいいか?」
カイゼルが尋ねる。
セレスは真剣な表情になった。
「私は回復魔法や補助魔法を学んでいます。でも、治療院にいるだけでは、外で何が起きているのか分からないこともあります」
彼女は自分の手を見つめた。
「今回のような異常が、もっと広がったら……。私の力が必要になる場面もあるかもしれません」
そして、顔を上げる。
「だから、もっといろいろなことを学びたいんです。誰かが困っているときに、きちんと助けられるように」
カイゼルは、彼女の目を見つめた。
少し不器用で、道に迷いやすい。
けれど、人を助けたいという気持ちは本物なのだろう。
それは、リリアにも通じるものだった。
「……俺は構わない」
カイゼルが答える。
「えっ、本当ですか?」
「ああ。ただし、危険なときは無理をしないこと。それだけは守ってほしい」
セレスはぱっと笑顔になった。
「はい! ありがとうございます!」
「よーし! これで三人だね!」
リリアが嬉しそうに両手を上げた。
「明日から、もっといろんな依頼に挑戦しよう!」
「……まずは、今日の報告を終わらせてからだ」
「はーい!」
三人の笑い声が、ギルドの一角に広がった。
しかし、その頃。
カイゼルが収納した黒い欠片は、誰にも知られないまま、微かに脈打っていた。
その表面には、一瞬だけ細い光が走る。
まるで、遠く離れた何かへ向けて、信号を送るかのように。
そして、その光はすぐに消えた。
誰も、それに気づくことはなかった。
今回は、少し天然な回復役の少女、セレス・ノクティアが登場しました!
道を間違えたり、うっかり物を落としたりするセレスですが、魔力の異常に気づく観察力と、人を助けたいという強い気持ちを持っています。
これでカイゼルの仲間は、カイゼルとリリア、そしてセレスの三人になりました。
一方、街で発見された黒い欠片は、カイゼルの魔力に反応を示しました。その正体は、まだ分かりません。
次回は、三人で初めて本格的な依頼に挑戦します。そこで、カイゼルたちは思いがけない問題に直面することになります。




