第28話 封鎖された地下区画
北西部の旧管理施設で発見した、地下区画への入口。
そこには「地下区画、封鎖」という文字と、見覚えのある円形の刻印が残されていた。
さらに、カイゼルたちが施設を調べた直後、誰かがその場所を確認しに来た形跡も見つかっている。
地下には何が眠っているのか。
そして、謎の人物はなぜ、そこに残された記録を回収しようとしているのか。
三人は再び旧管理施設へ向かう。
「……やっぱり、誰かが先に来ているみたいだね」
翌朝。
旧管理施設へ向かう道の途中で、カイゼルは足を止めた。
昨日、建物の入口付近で見つけたものと似た靴跡が、路地の土に残っている。
ただし、今回は足跡の向きが違った。
建物へ向かうものだけでなく、そこから離れていくものもある。
「昨日の人が、また来たのかな?」
リリアが周囲を警戒しながら尋ねた。
「その可能性はある。でも、足跡だけでは同じ人物かどうかまでは分からない」
「誰かがあの場所を気にしているのは、間違いなさそうね」
セレスの言葉に、カイゼルは頷いた。
昨日見つけた地下区画の入口。
あの刻印が黒い結晶に関係しているのなら、そこに何か重要なものが残されている可能性がある。
そして、それを知っている人物がいるのかもしれない。
「急ごう。誰かが先に動く前に、入口の仕組みを調べたい」
三人は旧管理施設へと向かった。
◇ ◇ ◇
建物の中は、昨日と変わらない静けさに包まれていた。
カイゼルたちは奥の棚を動かし、壁に埋め込まれた金属板を露出させた。
円形の刻印。
その隣には、古びた文字で「地下区画、封鎖」と刻まれている。
「この溝に、何かを差し込むんだよね?」
リリアが金属板の端を指さした。
「ああ。昨日見つけた小型装置とは形が違うけど、似たような構造かもしれない」
カイゼルは魔法収納から、旧排水路で発見した金属板を取り出した。
それを入口の溝に近づける。
しかし、寸法が合わず、差し込むことはできなかった。
「うーん、違うか……」
リリアが腕を組む。
「無理に押し込まないでくださいね。壊れてしまったら、開ける手がかりがなくなるかもしれません」
セレスが慎重に言った。
「そうだな。まずは仕組みを調べよう」
カイゼルは金属板の表面に意識を集中させた。
刻印そのものに強い魔力は残っていない。
だが、壁の内部には、ごく細い魔力の通り道が続いていた。
それは入口の向こうへ伸びているようだった。
「……この金属板は、鍵そのものじゃない。何かの操作を受け付けるための部分みたいだ」
「じゃあ、魔力を流せば開くのかな?」
「試す価値はある。でも、封鎖された理由が分からない以上、慎重にやったほうがいい」
カイゼルはまず、魔力の流れを細かく観察した。
入口の仕組みは、単純に魔力を流すだけでは反応しないようだった。
刻印の外側に沿って、三つの小さな窪みがある。
そのうち二つには、かすかな魔力の痕跡が残っていた。
「三つの窪み……。何かを順番に操作する仕組みかもしれないね」
カイゼルは指先で窪みの位置を確かめた。
そして、残っている魔力の流れを読み取り、最も反応が弱い部分から少しずつ魔力を流していく。
カチリ。
小さな音が響いた。
金属板の表面に、淡い光が灯る。
「おおっ、反応した!」
リリアが声を上げた。
しかし、光はすぐに消えてしまった。
扉は動かない。
「今のは、途中までしか動かなかったみたいだ」
カイゼルは刻印を見つめた。
必要な魔力が足りなかったのか。
それとも、別の操作が必要なのか。
その答えを見つけるには、もう少し詳しく調べる必要があった。
◇ ◇ ◇
「なるほど……。これは、魔力だけで開閉する仕組みではないようだね」
昼過ぎ。
カイゼルたちは金属板の刻印を写し取り、エルド魔道具研究工房を訪れていた。
エルドは写しを見ながら、三つの窪みを順番に確認した。
「この構造は、魔力を流す順序を指定するためのものかもしれない。単純に魔力を注ぐだけでは、正しく反応しないのだろう」
「何か専用の道具が必要なんでしょうか?」
セレスが尋ねる。
「可能性はあるね。ただ、道具が必要なのか、特定の魔力の流れを再現する必要があるのかは、まだ分からない」
エルドは紙に刻印の図を描き、窪みを線で結んだ。
「それと、この形は旧排水路で見つけた装置と似ている。あちらの装置は魔力の流れを変えるものだった。こちらも、地下区画に残された仕組みを制御するためのものかもしれないね」
カイゼルは図を見つめた。
「もし地下の装置が今も動いているなら、入口を開けたことで何かが起こる可能性もありますね」
「そうだね。だからこそ、入口を開ける前に、できる限り仕組みを理解しておきたい」
エルドは少し考えたあと、別の資料を取り出した。
「古い施設の記録を調べていたら、気になる記述を見つけたんだ」
それは、旧管理施設の閉鎖に関する記録だった。
――地下設備の再稼働を確認。
――管理者立ち会いのもと、封鎖処置を実施。
――内部記録の一部を別途保管。
「地下設備が再稼働したあとに封鎖されている……」
セレスが不安そうに呟く。
「ええ。何らかの問題が起きた可能性はありますね」
カイゼルは記録を読み返した。
ただし、何が問題だったのかは書かれていない。
黒い結晶が原因だったのか。
別の魔道具が故障したのか。
それとも、まったく異なる事情があったのか。
今の資料だけでは判断できなかった。
「地下区画を調べるなら、まず入口の仕組みを理解すること。それから、内部に何が残っているのかを確かめることだね」
エルドは穏やかな口調で続けた。
「必要なら僕も同行しよう。古い設備の構造なら、現地で確認できることもあるはずだ」
「ありがとうございます、エルドさん」
カイゼルは頭を下げた。
◇ ◇ ◇
夕方。
カイゼルたちは再び旧管理施設へ戻った。
エルドも同行し、入口の刻印と周囲の壁を調べている。
「この壁の厚さからすると、地下への階段はすぐ向こうにあるのかもしれないね。ただし、入口が開いても通路が安全とは限らない」
エルドがそう説明したとき、カイゼルは壁の下部に、細かな傷があることに気づいた。
昨日は埃に隠れて見えなかったものだ。
傷は金属板の周囲に集中している。
その一部には、新しい金属粉が残っていた。
「……誰かが、ここを開けようとした跡があります」
カイゼルの言葉に、リリアがすぐに反応した。
「昨日の足跡の人?」
「そうかもしれない。けど、まだ断定はできない」
エルドは傷の状態を確かめた。
「これは古い傷ではないね。少なくとも、最近つけられたものだろう」
セレスは入口の前に立ち、周囲を見回した。
「私たち以外にも、ここを調べている人がいる……」
その可能性が、ますます高まっていた。
カイゼルはもう一度、刻印に意識を集中させた。
昨日と同じように、魔力の流れを慎重に読み取る。
すると、三つの窪みのうち、昨日反応しなかった一つから、微弱な魔力が流れていることに気づいた。
「……待ってください」
カイゼルは手を止めた。
その魔力は、入口の内部から外へ向かって流れている。
まるで、誰かが内側から仕組みを動かしたかのように。
「どうしたんだい?」
エルドが尋ねる。
「この入口、完全には停止していないようです。内側から、ごく弱い魔力が流れています」
その瞬間だった。
金属板の表面に、細い光が走った。
カチリ。
昨日と同じ音。
しかし、今度はそれだけでは終わらなかった。
壁の奥から、重い金属が動く音が響いた。
ゴゴゴゴ……。
棚の裏側に隠されていた壁の一部が、わずかに沈み込む。
その隙間から、冷たい空気が流れ出してきた。
「開いた……?」
リリアが息を呑む。
壁の向こうには、暗い階段が続いていた。
階段の先は見えない。
ただ、その奥から、微かな魔力の反応が伝わってくる。
カイゼルは慎重に気配を探った。
強い魔物の存在は感じられない。
だが、地下の魔力は、これまで調べてきた黒い欠片とは異なる動きをしていた。
静かに、一定の間隔で流れ続けている。
「……中に入る前に、周囲を確認しよう」
カイゼルはそう告げた。
リリアもセレスも、真剣な表情で頷いた。
エルドは階段の入口を観察し、静かに言った。
「どうやら、この地下区画は今も完全には停止していないようだね」
その言葉を最後に、四人は暗い階段を見つめた。
長い間、封鎖されていた地下区画。
その奥には、いったい何が残されているのだろうか。
第28話を読んでいただき、ありがとうございます!
今回は、旧管理施設の地下区画を開くための仕組みを調べ、エルドの協力を得て入口を開放するところまで進みました。
過去の記録からは、地下設備が再稼働したあとに封鎖されたことが判明しました。しかし、封鎖の理由は依然として不明です。
そして、地下からは今も微かな魔力が流れ続けています。




