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紫陽花の香りは青くて少しだけ甘い  作者: 海野はな


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 新幹線を降りたところでちなつさんと合流し、最寄り駅からは人の流れに乗って会場に向かう。展示会といっても今日は出展側ではなく、見て回って情報を仕入れつつ、出展している取引先に挨拶して、という感じなのでだいぶ気が楽だ。


「ええと、どの会場だろ?」

「あっちみたいですね」


 広い会場ではいくつものイベントが開催されている。迷いそうになりながら予定の会場入り口までくると、名札をもらって中へ繰り出した。様々な企業がいろんな趣向を凝らして作ったブースが並び、わくわくする。


 しばらくちなつさんと一緒に回り、そして離れて別々に興味のあるところを見て、鞄がパンフレットで太ったころにその会場を出た。

 ちなつさんと待ち合わせて、近くの椅子で少しだけ休憩する。


「疲れた~」

「ですね。でもけっこう収穫ありました」

「私も。それはいいんだけど、だいぶ早く見終わっちゃったね」


 スマホを見ると、まだ午後三時を少し過ぎたころだ。予定では五時くらいまでみっちり見るつもりだった。


「どうしよう。もう満足?」

「わりと」

「だよね」


 別にこのまま終わりにしてもいいのだと思う。だけど一応仕事で来ていて、会社の定時にはまだ時間がある。なんとなくここで終了にするのは後ろめたい、という日本人的な考えに苛まれていると、隣の会場が目に入った。ちなつさんも同じだったようで、二人で近くまで行ってみる。実験器具らしきものが見えた。


「無料って書いてあるね」

「そうですね。誰でも入れるんでしょうか?」

「入れそうだよ。分野違うけど、行ってみよっか」


 私は頷いた。興味があったわけではなかった。だけど時間が余っていて、無料で入れて、ちょうどよかった。たぶんちなつさんも同じ理由だ。


 中に入ると、そこは一面理系の世界が広がっていた。なんと言うのが正解なのかわからないが、理系の世界で間違ってはいないだろう。文系の私には縁も知識もなくて、そんな感想になる。


 たけちゃんなら好きかな。好きというか本業かな?

 そんなことを思って、ふっと頬が緩んだ。もしここにいたなら、目を輝かせているだろうか。もし一緒にいたなら、あれはなんでこれはどう使って、なんて教えてくれたりするだろうか。

 もしかしてにやけてしまったのだろうか、ちなつさんが私の顔をのぞき込んできた。


「どうかしたの?」

「何でもないです。私、実験とか器具とか? 全然わからないんですけど、ちなつさんは詳しいですか?」

「全然。理科苦手だったし、大学も文系だったし。あ、あれは見たことあるよ」


 ちなつさんが小さく指したのはビーカーと試験管。小学校や中学校にもあったから、さすがの私でも知っている。

 笑い合いながら、会場を回っていく。やっぱりよくわからないけど、知らない世界を見ているようでなかなか楽しかった。


「あの丸い器具、何に使うんだろうね?」

「さぁ、私にはさっぱり」

「あっちも変わった形だよね。あれにサボテン植えたら可愛いと思わない?」

「わかります~」


 インテリアだと思って見ると楽しい、なんて、本業の人が聞いたら怒りそうなことを小声で話しながら、歩いていく。

 角のブースに差し掛かったところに、透明なガラス製の器具の中に色のついた液体が入ったものが並んでいた。カラフルでとても綺麗だったので、近づいて少し屈み、目線を合わせて眺める。


「綺麗ですね」

「ね、綺麗。なんの液体なのかさっぱりわかんないけど、このまま飾りたいくらい」


 そう、その反応、と私は思った。「綺麗だね」と言ったら「綺麗だね」と共感するものなのだ。

 だけどきっと私が「綺麗だね」って言ってもたけちゃんはそうだねとは返してくれなくて、「それはなんとか溶液で、これは酸性がどうとかで」って説明するんだろうな。

 そんなことを思って小さく笑ってから、屈んでいた足を伸ばして顔を上げた。

 その瞬間。


 懐かしい顔とバチッと目が合った。

 まるでバチッの音が聞こえるくらいに、しっかり、がっちりと。


 一瞬、時が止まった気がした。

 幻覚かと思った。理解が追いつかなかった。

 あちらもそうだったようで、しばらく動かない。私も動けない。


「ゆか……?」

「たけちゃん?」

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