第九十八話
翌朝、開店前にライビット商会へ行き、店舗をパン屋へと改造する。日用品などの販売は止めて、パンと飲み物、小麦粉の3種類に商品を限定した。パンの値段は一律銅貨1枚に設定する。パンに関しては宣伝の為の物なので、利益はあまり考えていない。
店を改造しパンを並べると焼き立てのパンの良い香りが漂う。サンドウィッチ等の傷みやすい商品は冷蔵庫を導入しそこに入れて販売する。オープンタイプの冷蔵庫なので魔石の寿命が短いが陳列するにはこのタイプが相応しいだろう。
寝込んでると言って居たお兄さんが何事かと顔を出して吃驚していたのが印象的だ。
パンの説明や売り方、飲み物の説明などをバートさんに任せてユーリはバート商会へ足を向ける。バートさんは今日1日はライビット商会の店員の指導に掛かりきりになるだろう。
バート商会へ着くとチェスカさんが待っていた。
「今日はバートさんは来れないと思いますよ。ユーカやイルミも3時過ぎですし、チェスカさんもそれまではゆっくりしてて下さい。」
「私が家に居ない方が家族が安心するみたいなので、つい、ここへ来ちゃうんですよね。新作の小説でも読んでゆっくりさせて頂きます。なんだか私の部屋より落ち着くんですよ、ここ」
「じゃあ、飲み物とライビット商会で販売するパンを置いて置きますのでお腹が減ったら食べて下さい。僕はちょっと用事があるので、3時過ぎにまた来ますね。」
そう言ってユーリはバート商会を後にする。用事があると言うのは本当だ。昨日の夜に父上から通信を貰って午後から出勤だから午前中に顔を出せと言われている。
転移でオーバルバイン伯爵家まで飛ぶ。門番に顔を見せると、中へ通してくれる。
執事に用件を伝えると父上は書斎に居ると言うので向かう。
「お呼びとの事で参上しました。何か急なご用件でしょうか?」
父上に尋ねると。ばつの悪そうな顔で父上が話し出した。
「実はお前に見合いをして貰いたいのだが。」
「見合いですか?縁談の類は全て断って欲しいと頼んだはずですが?」
「解っている。解っているのだが、どうしても断れない縁談が来てしまってな。」
「どうしても断れない?何処からの縁談ですか?」
「実は公爵家からの縁談だ。しかも持って来たのが国王陛下だぞ。幾ら私でも断る訳には行かんだろう。」
「それって、見合いしたら確実に決まる奴ですよね?」
「亡命でもするか?」
「って言うか、公爵家って事は婿入りですか?」
「いや、相手は長女だが公爵家には8歳になる男児が居るから。多分降嫁だな。」
「ちなみに公爵家の長女って幾つですか?」
「今年から貴族学院へ通うと聞いているから12歳だな。多分学院で悪い虫が付く前に婚約者を決めたいと言う意向だろう。」
「困りましたね。正式に公爵家が申し込んで来たのなら断ると言う選択肢は無いって事ですよね?」
「断ったら最悪反逆罪が適応される可能性もある。それに、向こうの相手がお前の事を気に入ってると言う話だぞ。」
「え?公爵家の娘に気に入られる心当たりなんてありませんけど?」
ん?ちょっと待てよ。公爵家、12歳、ソフィか?ソフィと結婚とかありえるのか??
ユーリには元の世界の記憶が40年分ある。しかし、普段それはあまり意識しない。と言うか、意識しないと元の記憶は蘇らない。もうすぐ14なので元の年齢を足すと54歳のおっさんなのだが、肉体年齢に精神年齢が引きずられているのか、転生によってリセットされたのか分からないが、ユーリは年齢を意識したことが無い。
この世界の平均寿命は短い。子供の死亡率が高いのと医療の発展が遅れているのが原因だ。成人年齢が15歳と低いのもその辺に由来する。
ユーリの年齢なら2歳年下の12歳のソフィは十分結婚相手として成り立つ範囲だ。公爵家としてもあまり年の離れた相手に娘を嫁がせるのはどうかと考えたのだろう。多分、候補の中で一番爵位の高いのがユーリだったのではないかと思われる。
これは困った事になった、14歳目前にして、結婚相手が3人。幾ら上位貴族が4人まで妻を認められるとは言え、成人前に3人も決まっているのはおかしいだろう?
ソフィは学院へ行くので5年の猶予がある。卒業を待って16歳で結婚と言うのは珍しく無いし世間体も悪く無い。どうにか、その条件だけでも無理を通させて貰えないだろうか?
「どうした?何やら考え込んでいる様だが?相手はまだ12歳だ、婚約できる年齢まであと2年ある。その間に気が変わると言う事も珍しくは無い。見合いは決定だ。話は進めて置くぞ。」
「2年の猶予があるって事ですね?解りました。この話は父上にお任せします。」
2年あれば、ユーリは成人する。婚約前に他の2人と結婚してしまえば、ソフィも諦めるかもしれない。一縷の望みが出て来たぞ。
伯爵家を辞した後、ユーリはベンマック商会と雑貨屋イルミに冷たい飲み物の販売を委託してくる。もちろん、販売方法や陳列方法、注意点などをレクチャーするのは忘れない。
その後、3時を回った頃にバート商会へと戻る。
既にユーカとイルミが来ていて、チェスカさんと女3人で盛り上がっている。さながら女子会のノリである。
「何か面白い事でもありましたか?」
「いや、ちょっと下着の事でね。」
「下着?ああ、そろそろ新しいデザインの下着を追加販売しないといけませんね。」
「それよそれ。」
「ん?」
「ユーリ君って女性の下着がどう言う物か知らなかったんでしょ?」
「そうだね。ユーカに聞くまで知らなかったよ。」
「なのになんで今のデザインが作れるの?」
「え?」
現代日本の女性用下着のデザインを参考にしたとは言えない、なんて答えよう?
「それは、想像力だね。ユーカがどんなデザインを穿いていたら可愛いかとか、イルミだったらどんなデザインが似合うのかなって感じで。」
「私たちの裸を想像してたの?」
イルミに変な目で見られた。
「いやいや、下着のデザインだから、裸にはしないよ。」
「本当かしら?」
「私は言ってくれれば下着くらい見せても良かったですよ。」
ユーカは優しい。
「いや、それはそれで色々問題あるから。」
3人のやり取りをチェスカさんが笑いながら見ている。
「おやつにしましょう!おやつ!」
「あ、ユーリ君誤魔化した~」




