第九話
次の日、ユーリとアトマスの二人はオーバルバイン伯爵が用意したと言う店舗候補地を訪れていた。
用意したと言えば聞こえが良いが、実は借金の形に押し付けられ、だいぶ前から持っていた物件である。
ユーリが預かってきたカギでドアを開けて二人は中に入った。かなり放置されていたようで埃の臭いが充満している。
「まずは掃除ですね。アトマスさんは窓を開けて回って下さい。僕が魔法を掛けます。」
そう言ってユーリは家を丸ごと包むクリーンの魔法を無詠唱で掛ける。
家はすっかり埃臭さが無くなり、窓から入ってくる風の香りで呼吸がしやすくなる。
「あと、痛みも結構あるので直しましょう。」
そう言ってオールリペアの魔法を掛ける。大工を入れてリフォームしないと使えないのではと考えていたアトマスは激変した物件を見て大いに驚く。
「なんというか、ユーリ様って色々と反則ですね。」
「そうですか?クリーンは生活魔法なのでアトマスさんも使えるでしょ?」
「いや、こんなに大掛かりなクリーンは普通の人には使えませんよ!」
ついつい声が大きくなってしまったアトマスであった。
二人は家の造りを一通り見て回り、店として使える部分や、倉庫、事務室、軽食販売の場所などを、話し合いながら決めて行く。
「ところで、販売するのはグラスと軽食だけなのですか?」
「それなんだけど、僕もちょっと弱いなって思っていたんですよ。他にもう一品何か欲しいですよね?」
ユーリには文明を上げると言う使命の様な物がある。ここは欲張って、流通させる物を増やしたい。
「しかし、最初からあまり手を広げると失敗した時に痛いですよ。うちの店主、父親ですが、グラスだけでも十分商売になると言ってました。」
「そうですか・・・そう言えばアトマスさんにはまだ商品を見せてませんでしたよね?」
そう言うと、ユーリはテーブルの上に、氷の入ったサイダーと焼うどんを二人分出す。ユーリの分には箸を、アトマスの分にはフォークをつけてある。何故焼うどんなのかと言うと、ユーリが食べたかったと言う単純な理由だ。
「続きは食べながらしましょう。」
「これが、噂のグラスですか?本当に綺麗に透き通ってますね。」
やはり商人のアトマスには、透明なグラスが衝撃的な様だ。だが、ユーリが本当に広めたいのは食事の方である。
「冷めないうちに食べて下さい。」
「はい、熱々の料理と冷えた飲み物、魔法とは便利なものですね。」
そして、一口食べれば他の人と反応は一緒。黙々とフォークを動かし、時折冷たいサイダーを味わう。
「如何ですか?商売になりそうですか?」
「これは、絶対に売れます。いや、売って見せます!!」
アトマスの目にやる気が漲っている。ユーリは焼うどんを味わいながら微笑んだ。
「やはり本物の商人に言われると嬉しいですね。でも本当にこのグラスと軽食だけで行くんですか?」
「そうですね、最初は軽食だけでもかなり注目を浴びると思います。グラスも目立つ位置に置けば自然と売れるでしょう。客足が安定してから次の商品を投入した方が効果は高いと思いますよ。」
ユーリとしては折角の広い店なので、もっと色々売りたいのだが、本職の商人が言うのであれば、その方が良いのであろう。
(まあ、すぐに次の商品を投入出来る準備はして置こう!)
今日はこの後、アトマスには商会の手続きに商業ギルドに行ってもらう予定なので、ユーリは帰り支度を始める。
「では、アトマスさん。手続きの方はお願いします。」
「はい、でも本当に商会名はアトマス商会で良いのですか?」
「もちろん。僕は名前を出せない身ですからね!では、また明日、同じ時刻にここで!」
家に帰ると父上が既に帰っていた。まだ昼過ぎなのに何かあったのだろうか?
「ユーリ。例の王家に献上するグラスはどうなった?」
「はい、既に50個完成していますよ。ただ、透明なだけじゃ芸が無いと思い、ちょっとしたデザインも入れてあります。見てみますか?」
そう言ってアイテムボックスからグラスを1個取り出して見せる。ストレートなタンブラーではなく、曲線をあしらったビアタンブラーの様な形にしてある。
「おおこれは素晴らしい。50個揃っているのだな?ならばすぐにこのアイテムバッグに移してくれ。これから献上に行ってくる。」
父上は透明なグラスの事を国王陛下に話したらしく、陛下がすぐにでも持って来るようにと言われたらしい。急いでアイテムバッグを持ち、馬車で王城へと向かう父上だった。
この日から、透明なグラスを国王陛下が諸侯に自慢したらしく、どこで手に入るのかと貴族の間で話題になるのであった。
そんな事になっていると知らないユーリとアトマスは店を軽食メインのカフェ風にすると言う方向で話を進めているのであった。