第七十六話
今朝は早くから皆ピリピリしている。偵察部隊の報告では今日の昼には帝国軍がアースフィア平原に入るらしい。
偵察部隊の報告を信じるなら帝国軍は行軍中何度か魔物と交戦をし負傷者も数名出ているらしい。また慣れない長期の行軍で、非常に疲弊しているように見えるとも報告にあった。
今回の戦いはいわば攻城戦だ。砦を守る王国軍と攻める帝国軍。攻城戦では守る側に分がある事は周知の事実だ、攻める側は守る側の3倍の戦力が必要だとも言われる。今回、帝国軍は10万、期日通りに帝国軍が辿り着けば王国側は3万と良い勝負になっただろう。だが、帝国軍が遅れたため、王国軍は4万まで揃える事が出来た。セオリー通りなら王国が負ける事は無いだろう。しかし、ユーリには不安があった。この時期に無理をしてまで出兵したのには何かセオリーをひっくり返せる秘策を帝国軍が持っているのではないだろうか。
お昼になり、帝国軍のアースフィア平原到着の報が届く、帝国軍は休みを取らず、そのまま進軍を続けている様だ。砦まで10キロの地点にまで迫っている。ここまで近づくとユーリの探知魔法でも存在を確認出来る。魔物と違って人間は探知しにくいのだ、魔力量の関係だろうか。
結局帝国軍は砦まで5キロの地点まで行軍を続けた。その地点に陣を張る様だ。ユーリなら5キロ程度の距離であれば幾らでも攻撃方法がある。帝国の魔法使いにはそれ程の者は居ないと言う事なのか?ユーリがもし帝国軍の指揮官なら5キロでは無く3キロの地点に陣を張るだろう。その方が敵の動向も分かりやすいし、出撃するにもロスタイムが少なくて済む。それを5キロに設定した指揮官は何を考えているのだろうか?まさか、王国軍が砦から出撃してくるとでも考えているのか?
ユーリは帝国軍の後方を気にしている。帝国軍が疲弊しているにも関わらず、戦争を仕掛けるのを辞めない理由が解らないからだ。援軍もしくは秘密兵器でもあるのかと思い警戒している。
王国軍を指揮するのは、このアースフィア領の隣の領地クリムフィアの領主ヘルムウッド辺境伯である。辺境伯は爵位的には伯爵と同等であるが、今回集まった貴族軍の中では一番爵位が高い、更に立地にも気候にも慣れている為総指揮官を任されている。さて、この指揮官が有能か無能かによってユーリの行動も変わって来る。
多分、今日はこのまま睨み合いで終わるだろう。夜襲を掛ける元気も無さそうだし、明日の朝が勝負かな?
そうユーリが考えていた時、総指揮官のヘルムウッド辺境伯から呼び出しが掛かった。
「お呼びと聞き参上しました。オーバルバイン子爵です。」
「子爵、君の事は陛下から聞いている。今回の戦争では、君を自由に行動させよとも命令を受けている。ただ、味方の邪魔だけはしてくれるなよ。」
「御意!その辺は心得ております。自由に行動させて頂けるのは非常に助かります。ありがとうございます。」
「ドラゴンスレイヤーと言う話も聞いている。貴公の戦い楽しみにさせて貰うよ。」
「まあ、機会がありましたらご期待に沿えるよう頑張ります。」
そこで辺境伯が手を上げたので下がれの合図と受け取り礼をして辞する。
どうやら陛下は本気で僕1人で10万人を退治させる気らしい。まあ自由に行動させて貰えるのはありがたい。って言うか言われなくても自由に行動させて貰うけどね。
砦の内側には所狭しと大型のテントが並んでいる。諸侯軍の兵士の寝場所だ。貴族の当主は砦の中の寝室が宛がわれる。ユーリもその1つで横になって考え事をしていると俄かに砦が騒がしくなる。まさか夜襲?
ユーリが寝室を出て砦の上の方へ向かうと途中でルーイン男爵を見かけた。早速何があったのか聞いてみる。
「何事ですか?」
「ああ、子爵様。何やら魔物が出たらしくて。」
「このタイミングで魔物ですか?」
「タイミングですか?」
「ええ、作為的な物を感じませんか?」
「帝国軍が魔物を仕掛けたと?」
「今までに魔物がこの時間帯に現れた記録ってありますか?」
「言われてみれば、砦に外壁を作ってからまともな魔物の襲来はありませんね。」
「帝国軍の自信の源はこれかもしれませんよ。魔物を自由に操る魔法使いと言うのが過去に居たと書物に書かれていました。」
「しかし、帝国の魔法使いも王国と殆ど差が無いと言う話ですよ。」
「まあ、出てきた魔物を退治してみましょう。それで答えが出ますよ。」
そう言うとユーリは階段を駆け上がり砦の上に出て更に魔物が出たと言う場所の近くの壁の上へと走る。
下を見ると狼系の上位種と見られる魔物が30匹ほどの群れで砦の門へ向かって居る。壁の上から弓を射かけている兵も居るが全く効いていない。
ユーリは魔物には容赦しない。スロウ、バインドと続けて掛けて動きを止めた後に魔法障壁で魔物を包み、改造ファイアーボールを爆裂させる。狼の魔物(後でAランクの魔物と知る)は1瞬で塵となった。
さて、これで第2陣が来れば確定なんだけどな。
ユーリは一旦砦の中に戻る。下ではルーイン男爵が待っていた。
「どうでした?」
「まだ、分かりません。とりあえず魔物は全滅させましたので第2陣が来たら確定ですね。来なければ偶然でしょう。」
ユーリの言葉に男爵は何やら考え込んでしまった。
その時、砦の上からワイバーンだ!!と言う兵士の声が聞こえた。
「男爵、この地にワイバーンが生息してるのですか?」
「いや、ここは山脈からも遠い平野部なのでワイバーンは一度も見た事がありません。」
「確定ですね。男爵は総指揮官に報告を、僕はワイバーンを退治して来ます。」
そう言ってユーリは再び砦を登って行く。登りきったところで既にワイバーンが数匹見えた。はぐれでは無さそうだ。数を数えるとまたしても30匹。敵の魔法使いが操れる限界なのだろうか?
ばらばらに飛行するワイバーンをエアカッターで次々と撃墜して行く。生死は問題無い。落とせば誰かが退治するだろう。10分程で飛んでいるワイバーンは居なくなった。
帝国の思惑は解った。魔物で夜襲を掛け、疲弊した王国軍を昼間に相手をすると言う計画だろう。たった一人の魔法使いが居るだけで戦争に勝てるのなら、ユーリの居る王国は世界制覇も夢では無いかもしれない。国王陛下が理性的な人で良かった。
タネさえ解れば後は怖くない。明日さっさとこの無意味な戦争をサクッと終わらせよう。そう考えるユーリであった。




