20.ミッションを完遂せよ 2/4
その2です。かなり、多目の6200字弱です。
面倒な方は、20-1の終わり辺りから読んでもらえば大丈夫です。
5月6日(水)つづき
20-1.タクティクス -戦術-
ボロダーさん達との話を終え、ギルドへ向う。スーリンの現状を聞かされた俺は、謎の神聖魔法使いとして、俺に掛かる期待に身が引き締まる思いだった。
ギルドに到着すると、いつもの窓口の行列に並ぶが、遅々として進まなかった。
やっと順番が巡って来ると、未だに受付業務に慣れない男性職員に、依頼達成書とギルドカードを提出し、報酬の銅貨5枚とギルドポイント2を貰った。
サイフの中身の金額は、これで銅貨53枚、大鉄貨1枚の535Gになり、ポイントは計22ポイントになる。今日の軍資金としては、問題ないだろう。
ギルドを出た俺は、脇目も振らずに孤児院に向った。
途中、ミーアの事が頭を過ぎり、あの場所で周囲を見渡したがいないらしい。
俺は、気を取り直し、再び孤児院へと歩を進めた。
目的の建物が見えた所で、昨夜のブリジットさんのアドバイスが、脳裏を掠める。
俺は、周囲に気を配りながら慎重に近付くが、怪しい人影もなく無事に辿り着けた。
俺は、乱れた髪や服装を正し、大きく一つ深呼吸をする。今日のミッションの成否は、今後を大きく左右する重要な分岐点になるはずだ。意を決し扉をノックする。
思いもかけず、アニー自らが、扉から現れた。俺は、一瞬息を呑んだが、スノーさんのアドバイス通り、アニーの驚きが終わらないうちに口を開く。
「昨日は、ごめんな……さい。
俺は、嘘を付いたつもりはなかった。怒ったのなら謝るよ」
俺は、一礼してから、アニーに向き直った。アニーはまだ混乱しているらしい。
「リュウイチ、今日は、お手伝いの日じゃないわよね?」
「ああ。早くアニーと、な…仲直りがしたくて、
今日は、ギルドに依頼の報告した後、直ぐここに来たんだ」
謝りに来たのは、ついでじゃないことを強調した。
スノーさんの入知恵だが、それに気を良くしたのか、アニーも、スッと頭を下げる。
「私も今朝になって、馬鹿なことをしたと反省してたところなの。
こちらこそ、ごめんなさい」
「仲直りできてよかった。それで、も…もしアニーに、この後時間があるなら、
俺の買い物を手伝って貰いたいんだ」
「買い物?」
「代えの服が欲しいが、俺には、服選びのセンスが全くない。
そこで、センスがよさそうなアニーにお願いしてるのさ。
アニーは、こういう時、頼りになるからな。俺の手助けをして貰えないか?」
俺は、なるべく下手に出て、アニーを頼りにしていることを強調する。
「いいわよ。でも、少しだけ時間が欲しいわ」
アニーは、ちょっとだけ考えていたようだが、色よい返事がもらえた。
よし、スノーさんのレクチャー通りだ。スノーさんには、アニーが色々と準備をするための時間を作って上げるようにと言われていた。
(今は、1時を少し過ぎたぐらいか。)
「それじゃ、2時に噴水広場の噴水の傍で待ち合わせでどうだ?」
「わかったわ。それじゃ、2時に噴水広場でね」
アニーは、扉を閉めて奥に下がった。俺は、用心しながら孤児院を離れる。
スノーさんからもらった地図を片手に周囲の下見を済ませると、1時45分に、待ち合わせの噴水付近に到着した。そして、準備万端、アニーを待ち受けるのだった。
・・・・・・
時計台の大時計が2時の鐘を打つが、アニーの姿はどこにもなかった。
女の仕度に、時間が掛かるのは、既にミヨコで経験済みだが、シスター見習いの
アニーが、服や装飾品を身に着ける物を迷う程の持っているとは思えなかった。
「リュウイチ……、お待たせ」
そんなことを考えていると、すぐ傍で不意に俺を呼ぶ声が聞こえた。
俺は、声の主に目を向け、一瞬言葉を詰まらせる。
俺の脳裏には、有名な格言『極意は制服に非ず、非日常にあり』が浮かんだ。
アニーは、ブロンドのボブヘアを風に揺らし、唇には、薄く紅を引いていた。
そして、普段見慣れた『制服』のシスター服を脱ぎ、『初めて』その姿を見る服――普通の街娘の服を着ていた。
特質すべきは、極一部分のサイズが小さ目なのか、妙に膨らみが強調されていたことだが、それが、付け合せ程度にしか感じないほど、今日のアニーはいつもと違って見える。止まった思考が溶け出し、やっと言葉が口から出て来た。
「…アニー?」
アニーは照れたように微笑んで頷き返してくる。
「私服姿もよく、に…似合っているな。
見違えてしまって、声を掛けられるまで気が付かなかったよ」
俺は、冷静さを何とか保ちながら、アドリブも交えて何とかそう言った。
アニーは、満面の笑みを浮かべる。
「ありがとう、リュウイチ」
どうやら、完全に仲直りできたようだ。俺も自然に笑みが零れた。
20-2.サプライズ -奇襲-
俺は、スノーさんの指示に従いアニーをリードする。
アニーに、服屋の心当たりを訊ねるが、やはり余り詳しくはないようだ。
事前にスノーさんに教わっていた店に地図に従って移動する。
今日のアニーは、いつものシスター服を脱ぎ、年相応の娘が着る服を着て、わずかに化粧をしたとても魅力的な容貌をしていた。
特に胸元のサイズがやや小さいため必要以上に膨らみが強調されている。
すれ違う男共のすべてが、振り返ってくる。アニーと連れ立って歩いている俺は、少し誇らしげな気分だったが、同時に他人に見せたくないという相反する気分でもあった。
少し歩くと、最初の店に辿りつく。そこは古着屋のようだ。
ここで、冒険者が普段着るような服を2、3着選んでもらう。アニーは、器用に古着の山をひっくり返しながら、破れや汚れの少ない服を数着見繕ってくれた。
上下2着ずつで合計45Gの銅貨4枚と大鉄貨1枚で買うことができた。
サイフの残りは、銅貨49枚になる。買った服は、リュックにしまった。
最初の店を出て、スノーさんに指示された次の店に向かう。
移動中に、お互いの普段の仕事の話になった。
「午前中は、道具屋の配達依頼、午後からは、孤児院に行かない日は、
講習を受けたりしてるな。アニーの方は?」
「荷物が多くて大変そうね。私は、一日中、孤児院の仕事ね。大体は、院長先生の
事務のお手伝いよ。後は、子供たちの世話――カルクの世話は、私の専従ね」
「へ~。ベテランを差し置いて、院長の補佐と事務か。
それに子育てと……。料理や掃除なんかもするんだろう?」
「と…当番制なの。で…でも、私、料理と掃除の当番、免除されてるから……」
「それだけ、仕事が大変なのか。赤ん坊の世話も、連日になると疲れるからな。
アニーって俺が考えていたよりも、ずっと優秀だし、信頼もされてるんだな」
「えっ!? そ…それ程でもないわ。……あれ!? 今度のお店は、あそこ?」
話しているうちに、先ほどより高級そうなお店が見えてくる。
どうやら、ここは、新品の既製服を売っている店らしい。
やや敷居が高いが、二人なので、思い切って入ってみる。
「アニー、た…大切な人と会う時に着る落ち着いた感じの服を選んで欲しい」
俺は、スノーさんに指示されたようにアニーに頼む。アニーはやや複雑そうな顔をしたが、黙って服を選んでくれた。幾つか試着してアニーに見てもらい、最初に試着した服を買う。値段は銅貨30枚と俺としては、かなり奮発した。
「ごめん、アニー、しばらく待っててくれ」
俺は、会計を済ませると、こっそり、買ったばかりの服に着替える。
そして、気づかれないようにそっと近付き、しばらくアニーの行動を観察した。
アニーは、スノーさんの予想通りにアクセサリー売り場で俺を待っていた。
並んだ小物の中から、気に入った髪留めを見つけたが、手に取り、銅貨5枚と書かれた値札を見て残念そうに元に戻したようだ。
「アニー! どうだ、似合うか?」
俺は、急にアニーに声を掛ける。待ち合わせの時のちょっとした意趣返しだ。
アニーは、想いの外近くにいた俺にびっくりするのと同時に、買ったばかりの服に着替えていることに驚いているようだ。これも、スノーさんの指示なんだけど。
「わざわざ、着替えて来たの?」
「た…大切なア…アニーと一緒だからな」
スノーさん、これはちょっと臭過ぎませんか?
そう思ったが、アニーは、何だか。とてもうれしそうな様子だ。
「それから、これはお礼の品として、俺がアニーにプレゼントするよ」
俺は、アニーが元の場所に戻した髪留めを手に取る。
「だって、それ………」
「アニーには今回の服の件や魔法の件、そして名簿の件でも世話になりっぱなしだ。 それらのお礼の先渡しと思ってくれ」
俺は、会計を済ました髪留めをアニーに手渡す。サイフの中身は、銅貨14枚だ。
アニーは頷いて、髪留めを受け取り手櫛で髪を梳かしてから着けると鏡で確認した。
「ありがとう! リュウイチ。でも、全部のお礼にしては、少し安い気がするわね」
そう軽口を言いながらも、映す角度を何度も変えて、かなり満足そうに、しばらく鏡を見ていた。
その様子を見ていた俺は、口から本音が転がり出てしまい、慌てて言い直す。
「かわい……!? ……素敵だ。よく似合っているよ、アニー」
俺は、アニーが、知的な大人の女性を目指して努力していることも、それを肯定する言葉を望んでいることも知ってはいた。
しかし、目の前のアニーの年相応の仕草を見て、思わず本音が出てしまった。
20-3.インヴェイジョン -侵攻-
アニーが、何も言わないうちに、俺は次の作戦の地であるカフェへと移動する。
「アニー、少し疲れただろう? カフェで何か飲み物をご馳走するよ」
俺は、先に立ってアニーを案内した。少し歩いた所に、スノーさんお勧めの洒落たオープンカフェがある。周囲をぐるりと幅1m程度の水路に囲まれ、周囲と隔絶した雰囲気を醸し出していた。幅1.5mほどの橋を二人で渡る。
俺は、こちらに来てから、飲料水はすべて水筒からの水で過ごして来た。
久しぶりの喫茶だ。などと考えながら店外のテーブルに腰を降ろす。
流石にアニーのために椅子を引いてやるのは遠慮した。
そこまでやると俺が俺でなくなる気がする。
すぐに店員と思しき制服姿の娘がお冷を2つ持って来る。
「ねえ、リュウイチ。大丈夫? ここ高そうよ」
アニーは、心配そうに言ってきたが、大丈夫だと俺は見栄を張った。
ただのお茶、そんなに高くないだろう。
「……いらっしゃいませ! ご注文をどうぞ!」
ウェイトレスの娘は、一瞬怪訝そうな顔をしたが、ぎこちない営業スマイルに戻り注文を聞いてくる。
お勧めを訊ねると『ショートケーキと紅茶のセット』という答えが返ってきた。
こっちの世界にもショートケーキがあるのかと思いアニーの反応を伺うと目がハートになっている。俺は、アニー用のセットと自分用の紅茶をオーダーした。
何? ウェイトレスの容姿? おいおい、女の子とデート中に、それは流石に止めた方がいいぜ。有名な格言に『片手で両胸試せず』とあるぐらいだ。
……今、この両胸を女子の2つの膨らみと勘違いをした奴は、手を上げてみろ!
だが、それは断じて違うぞ!
意味を解説しよう。この『片手で』というのは戦歴の数を示す。
『両胸』の『胸』というのは、胸を借りるほどの上級者ということだ。
『試す』とは、戦闘行為を意味する表現だ。
つまり、片手で数えられるぐらいの戦歴しかない未熟者が複数の上級者相手に戦いを仕掛けるような身の程を知らぬ行為は止めておけと言う意味になる。
何!? 勘違いしただと! 大丈夫だ、昔は、俺もそうだった。もう、間違えるなよ。
閑話休題
俺は、ここで、昨日の誤解を解いて置くことにした。
事前にきれいに洗って置いた愛用の水筒をリュックから取り出す。
「アニー、店員さんの持ってきた水を一口飲んでみてくれ」
そう言って、俺は自分の分のコップの水の味を僅かに飲んで確認する。
正直、幾分泥臭いような味だ。アニーも俺の真似をして少しだけ水を飲んだ。
「味を確認したら、次は、コップの水を、この水筒に入れて、直接飲んでくれ」
アニーは素直に水筒から水を飲んだ。
「これは!? ……」
「どうだ? 味が変わっただろう?
最後に水筒の水をコップを戻して、もう一度コップから飲んでみると」
アニーは、俺の指示に従って、コップに戻した水をもう一度飲む。
「なっ、アニー! 水の味が元に戻ったろう?
昨日、俺が飲んだ水の味とアニーが飲んだ水の味が、違ったのは、
この水筒のせいなんだよ」
どうだ、俺のせいじゃないよ、とばかりにアニーに説明した。
だが、アニーは『水の味が変わること』とは全く違うことを考えていたようだ。
「リュウイチ、この水筒の水って、もしかして神聖水?」
俺は、水を自分のコップから水筒に移すと、さっきの口直しに一口飲む。
「俺は神聖水とやらを知らないけど、
スノーさんたちは、『教会の水』って言ってたな」
俺は、水筒の水をもう一口飲んだ。
アニーは、ちょっと驚いたように、水筒を見ている。
「リュウイチ、ちょっとその水筒の水、もう一回飲んでもいい?」
俺は、頷いて水筒をアニーに渡す。
アニーは、慌てていたのか俺が口をつけた場所から飲み始めた。
俺は、顔に若干の火照りを覚える。
「やっぱり、これは神聖水ね。リュウイチ、この水筒は、どこで手に入れたの?」
「こっちへ来る前に知り合いから借りたものだ。『水が変わると病気になり易い』
って言われたから、それ以来、ずっとこの水筒から飲んでいる」
アニーは、これまでと一転して真剣な顔になり、何かを考えているようだった。
俺は、その隙にスノーさんから貰った指示書、残り2通の内の1通を取り出し、封筒を開ける。その時、同封の小さな封筒を落とした事に俺は、気付かなかった。
「お待たせしました。ご注文の品です」
それを、読む暇もなく、ウェートレスが、トレーにショートケーキと紅茶を2つ持ってきた。見た目は、極普通のイチゴのショートケーキだった。ただ、アニーの喜び様を見ると、『プレゼントの髪留めは要らなかったかな?』と思えた程だ。
「……!! ……ごゆっくり、おくつごり……寛ぎ下さい!!」
アニーの様子を見て、ケーキについて訊ねてみると、王都で、近年発売されたばかりの大人気のお菓子であり、それまでの一般的な焼き菓子のケーキとは一線を画く美味しさで、かなりの高級品との驚愕の事実が判明した。
高級ショートケーキ!? 小心者の俺は、値段を聞かずに注文したことを後悔した。結局、総額35Gで、ケーキは、20G(約2000円)と高額とは言っても、ある程度常識の範囲だったわけだが、相場の事前確認は、重要だな。
俺は、アニーが、ケーキと紅茶を楽しんでいる隙にスノーさんから貰った指示書を読み始めた。読み終わると、封筒の中やテーブルの下をしばらく探したが、何もなかった。仕方なく、残りの1通の封を切ろうとしたが、時間切れのようだ。
アニーは、皿に一欠片も残す事なく、完食していた。俺は、急いで紅茶を飲む。
店内で会計を済ませた俺たちは、スノーさんの指示通りに、店内の別の扉から外に出た。そこには、幅1mの水路に幅20cmの木製の板が掛かっている。
俺は、先に橋を2歩で渡り終え、右手をアニーに差し延べた。アニーは、自然に俺の手を取り、ゆっくりと橋を渡る。少しひんやりとした、やわらかい手だった。
そして、スノーさんの指示は続く。
『そのまま手を繋いで、城壁の上に登るのよ。
手はあまり強く握らないように、でも絶対離しちゃだめよ』
俺は、第二城壁の内側の所々にある城壁の上に上がれる階段をアニーと手を繋いだまま、ゆっくりと上った。
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まとめ
アニーとは、噴水広場で午後2時に待ち合わせだ。
15分前に来て待ってるがなかなか来ないな。
へ!?君、アニー? 私服も似合うね~見違えたよ。
でもちょっと胸元のサイズが小さくないですか?
古着屋で普段着買って、既製服売り場で大切な人と会う時用の服買って、
すぐに着替えてみました。へへ。
アニーにはお礼に髪留めをプレゼント。
カフェでお茶してショートケーキをご馳走したよ。
楽しく話した後は、手を繋いで、展望台へ。
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