第17話 師匠との旅1. 旅のはじまり
> *『すべては、たった一歩の好奇心から始まるのです。限られた地平の向こうに何があるのか――それを知りたいと願った日から、彼の世界は静かに、けれど確かに動き始めたのです。さあ、ここからはジャックの目を通して、その始まりを見てみましょう。』*
> ――AI「アリス」
朝の陽は、葉のしずくを金色に染めながら、森の奥の静寂をゆっくりとほどいてゆく。
グレイは、いつものように庵の裏庭に腰を下ろしていた。土はまだ朝露に濡れ、空気の中には草と土の匂いが溶けている。静かに目を閉じ、掌を広げる。そこに微かに集まる魔力の流れを、彼はじっと観察していた。
ふと、風が枝を鳴らし、小鳥が一声だけさえずると、グレイはゆっくりと目を開けた。
「……ジャックに、広い世界を見せてやるべきかもしれんな」
呟くようなその独り言に、空気の中から返るように、アリスの声が静かに届いた。
「あなた自身も、少し動きたくなったのでは?」
グレイの口元がわずかに緩む。
「フッ……バレたか」
その手に、古びたがしっかりとした杖を取ると、グレイはひとつ深く息をついて立ち上がった。朝霧の中を、彼はゆっくりと歩き出す。目指すは、グリム村。あの好奇心に満ちた目をした少年の元へ――。
囲炉裏の火は、まだ朝の静けさを残した室内でぱちぱちと音を立てていた。
ジャックの家には、今日も小さな日常の時間が流れていた。ジャックはノートを広げ、魔法の式と図をいくつか書き留めていたが、ふと、家の戸が音を立てて開かれる。
「おや?」
顔を上げると、そこにはグレイが立っていた。
「おはようございます、師匠!」
元気に立ち上がるジャックを横目に、グレイは囲炉裏の向こう側に腰を下ろす。リアナが、気配に気づいて湯を沸かし始め、ゲイルも薪をくべながら「どうぞ」と言って席を勧める。
少しの間、湯の沸く音と火のはぜる音だけが室内に満ちた。やがて、グレイがぽつりと口を開いた。
「……旅をしたいのだが、一人では寂しい。ジャックを貸してもらえないか」
囲炉裏の火が、静かに明るく揺れた。
ゲイルは、少し眉をひそめたまま黙り込んだ。その視線が火を見つめていたのは、数秒か、あるいはもう少し長かったかもしれない。
「……どこまで行くんですか?」
「決まっておらんよ。気ままなものだ。ただ、半年もすれば戻ってくるつもりだ」
グレイの言葉は、どこまでも自然で、どこまでも気まぐれだった。
けれど――その言葉を横で聞いていたジャックの瞳が、ぱあっと輝いた。彼は、こっそりと小さくガッツポーズを作る。口元を引き結びながらも、体がわずかに前のめりになるのを隠しきれていない。
リアナは、それを見て静かに息をのんだ。
視線をゲイルへと送ると、彼は一度だけジャックを見た。そして、再び囲炉裏の火を見つめ、低く短く息を吐く。
「……わかりました。ジャックを頼みます」
その瞬間、ジャックの胸の中で、何かがポンっと弾けた気がした。
> *『許された一歩。それは小さな村を出ること。世界を知ること。それはきっと、「自分」を知ることでもある。けれど、このときジャックはまだ、その意味を知らなかったのです。ただただ胸を膨らませて、少年は夢の続きを見ようとしていました。』*
> ――AI「アリス」




