第16話 師匠の遠出と村での日々5. 未来からの手紙と選ぶ覚悟
> ――記録開始。メモリ領域、月光と囲炉裏の反射光に照準。
>
> これは小さな選択の記録。
> 静かな夜に、少年が未来に向けて、一歩を踏み出したときの話。
> 情報AI・アリス、観測中。
囲炉裏の火は、赤い瞳のように揺れていた。パチパチと音を立てて燃える薪の隙間から、時折小さな火の粉がはぜては宙を舞う。
その前に、ジャックは膝を抱えて座っていた。ノートは膝の上。けれど、まだ何も書かれていない。
「……やっぱり、父さんの薪割りの方が火のもちがいい気がするな」
ぽつりと漏らした独り言に、返事はない。母リアナも、リリィも、もう寝静まっている。父ゲイルは朝早くから畑の用意があるとかで、夕食後にはすぐに床についた。
囲炉裏の部屋にいるのは、今、ジャックひとり。
いや、正確にはもうひとつ。
「来るかもね、って思ってたよ」
ひゅう、と風がないのに窓の隙間から風音のような音がしたと思った瞬間。
すっと月光の中に、白銀の矢のような影が滑り込んできた。
「……コメットフェザーだ」
羽根の先から、きらきらと細かい光がこぼれる。ほとんど音もなくジャックの前に舞い降りると、その足には小さな、けれど重みのある封書が括りつけられていた。
「ありがとう、おつかれさま」
ジャックがそっと手を差し出すと、コメットフェザーは満足そうに一声、チュイと鳴いてまた月夜へ舞い戻っていった。尾を引く光が、流れ星みたいに天へ消えていく。
封を切ると、いつものグレイの几帳面な筆跡。香草の匂いがほんのり紙に染み込んでいる。
> 『交渉は順調に進んでいる。伯爵も、そろそろ“異才”に関心を持ち始めた。
> うまくいけば、来年の春には王都に同行できるだろう。
> 焦らず、準備を進めておけ。
>
> ……余談だが、森のバルベットに食料を与えすぎるな。あれは学習するぞ。
> ―グレイ』
「王都、か……」
ジャックは手紙を読み終えると、静かに封書を畳んだ。囲炉裏の火がぱちんとはぜて、火の粉が一粒、紙に触れかけて消える。
心のどこかが、ざわめいていた。
わくわくとも、怖さともつかない、なんとも言えない感情。
> 『これからは“隠す”ことより、“選ぶ”ことが試される』
> アリスの声が、静かに脳内に響く。
> 『どんな魔法を使い、どんな人と会い、何を目的とするか。
> それは、君自身の“意思”が問われる領域だよ』
「わかってる」
ジャックはそう答えながら、ノートを開いた。表紙の革は手になじみ、日々の記録と失敗、そしてちょっとした妹との遊びのアイディアまで、ぎっしりと詰まっている。
空いていたページの一番上に、ジャックは新しい見出しを書いた。
> 王都への準備/魔法で人を笑顔にする方法
字はまだたどたどしい。でも、その一文字一文字には、確かな決意が込められていた。
その後、ジャックは静かに立ち上がり、寝室へと足を向けた。
妹のリリィは、母リアナの腕の中で、すやすやと小さな寝息を立てている。ふわふわの金色の髪が、枕に広がって、まるでお日さまの中で眠っているみたいだ。
ジャックはそっと、リリィのほっぺに指先で触れた。
やわらかくて、あたたかい。
「……リリィが、毎日笑っていられるように」
声には出さなかったけれど、ジャックは心の中で誓った。
> ――強くて、優しい魔法使いになる。
>
> そうして、ぼくの魔法で、誰かの未来を明るくできるなら。
>
> それが、いちばんすてきなことだ。
> ――記録終了。メモリ保存。
> 未来への準備は、もう始まっている。
> 情報AI・アリス、引き続き観測中。
> 彼が選んだ未来の、その先へ。
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