幼馴染の情報収集力
お嬢様が殿下とデート……、裁判の打ち合わせに行ったのを確認して王都の屋敷に戻って来た。
今回は、ステラさんがお嬢様に付いてるしレオナルド様と殿下も傍に居ると聞いているから大丈夫だろう。
ちなみにガーディナ様は、屋敷で留守番している。
「ユリア、待ってたわ。」
「ソフィア。」
「言われていた資料、まとめておいたわよ。」
「ありがと。」
応接室に用意された資料を手に取り、目を通していく。
以前、アルベルトやソフィア、ガゼルに調べてもらっていた内容をより詳細にし、まとめてもらったものだ。
「にしてもアルベルトのヤツ、ユリアが関わったら本当にバカになるわよね。普通一日でこんな情報集められないわよ。」
「アルベルトはやればできる男なのよ、普段やる気がないだけで。」
タールグナー伯爵の次男坊が、失踪…?
死んでいる線が濃厚で、表向き死んだことになっていると書かれている。
「前にアルベルトが調べた時は、ただの行方不明って書いてあったと思うんだけど。」
「広場に来てる吟遊詩人の話だと、ある日突然失踪して何年も帰って来ないから、死んだことにしてるって話よ。」
「吟遊詩人?」
「そ。最近子供たちに人気で、コースター家を良いように語る詐欺師よ。気になったからガゼルに調べさせてたんだけど、どうやらあの吟遊詩人、タールグナー伯爵家の五男坊らしいわ。マーシャル・タールグナー先生の実兄。」
「…………なるほど。」
そうじゃなきゃ良いと思ってたけど、やっぱりか。
「あんまり驚かないのね。」
「まぁ……ね。予想はしてたかな。」
「ふ〜ん?じゃあ、コレはどう?」
ソフィアがニヤリと笑って身を乗り出す。
「マーシャル・タールグナー先生のお兄様、どっかで生きてて、盗賊してるかもしれないって。」
「────」
「ふふ、びっくらした?」
イタズラが成功した子供のように笑うソフィアにため息一つ吐いて視線を向ける。
「なんで盗賊だって断言できるの?」
「情報の裏をとるのに、あちこち調べてたんだけどね。ガゼルが情報収集には娼館が一番だとか言ってたのね。」
乙女ゲームで出てくることのないワードだわ。
しかもなんでソレをソフィアに言ったわけ。
攻略対象だったら口をつぐむ場面よ、ソレ絶対。
あ、モブだわ、彼。
「それで、一緒に行ったんだけど。」
「一緒に行ったの!?」
「うん。それで、二人で話を聞いてたんだけど。そこの常連に、タールグナーの三男坊が居たのね。」
「三男坊って確か……、引きこもりで外に出てる姿をめったに見ることがない巨漢の男?」
「そうよ。引きこもりで趣味が人形遊びで部屋から出ることのないと言われてるハゲデブオヤジよ。」
「外では絶対に言っちゃダメよ、ソレ。」
男爵とは言えど、貴族の肩書を得た女性がそんな直球勝負してはいけません。
「美人に弱いみたいでね。聞いてもないのに自慢話とかいっぱいしてくれるって教えてくれたのよ。すごいわよ?本物。私、娼館では一生働けないと思った。」
「お願いだから働かないで。そこまで困る前になんとかしてみせるから、絶対に相談して。絶対に、ダメよ。」
念押しして言えばニコリと笑って。
「えぇ、もちろんよ。」
いくら貧乏貴族だと言われていても、辺境伯の肩書を持っている。
領地のみんながそんなことを言いださないように、気をつけなきゃ。
「それで、そのハゲなんだけど。」
ついにただの悪口になった。
いや、元々悪口だったけど。
「言ってたのよ。兄上は今、ゴロツキどもとつるんでいて、使い物にならない。今はただの極悪人だ。才能があれど、家を追われればただの罪人、良いコマになるだろうって。」
「………つまり、三男坊は知ってたってわけね。失踪した次男がどこに居るか。」
「えぇ。そしてソレを、末弟のマーシャル・タールグナー先生が利用するであろうことも予想していたわ。」
「…………なかなか曲者じゃない、その三男坊。」
タールグナー伯爵が裏で糸を引いている貴族の一人なのは間違い。
でも、それだけの情報じゃ足りない。
お嬢様を狙ったあの賊が誰の差し金かも含めてキッチリと情報を精査して証拠を集めないと。
「会いたくなった?」
「今はまだ、遠慮しておくわ。吟遊詩人の五男坊に会うのもね。」
「そ?ま、良いけどね。ニーナ誘拐事件には直接関わってなさそうだし、ユリアが接触する必要はないと思うわ。私も当分は会うつもりないし。」
ソフィアがそう言って、お茶を淹れてくれる。
ほんのりと甘いりんごの香りが部屋に漂う。
お礼を言い、一口。
優しい味が、心を落ち着けてくれる。
「アルベルトの情報の裏とりをしてコレってことは、洗い直さなきゃいけない情報が多いのかしら。」
「そうでもないわよ。アルベルトの資料によれば、あの一日で精査しきれなかったのは、この次男坊の生死だけだったみたいだから。他は調べても良いけど、時間の無駄かも。」
アルベルトの資料をパラパラとめくり、ソフィアがまとめてくれた資料をパラパラとめくる。
やっぱり、アルベルトもソフィアも、モブキャラにしておくのはもったいないわね。
でもまぁ、この上を行くのが攻略対象の人たちだから仕方がないのかな。
「はぁあ。あの捕まえた頭領が、タールグナー伯爵の次男坊かどうかだけでも確かめられたら良かったんだけど。」
「できないの?」
「無理よ。王城の地下牢に閉じ込められてると聞いてるし、まだ何も掴めてない状態みたいだから、誰も近づけないと思うわ。殿下ですら、言葉も濁していたもの。」
「拷問されてるってこと?」
「たぶんね。それで口を割るような相手には見えなかったけど。」
「それはそうでしょ。私はその場に居なかったから、聞いた話しか知らないけど腕の立つ頭目だったんでしょ?弱いヤツならまだしも、強かったなら口も割らないわよ。」
断言するソフィアに苦笑する。
やっぱり、ソフィアもそう思うか……。
「でも、極悪人を閉じ込めたりするのって王城の地下牢だったのね。」
「あの頭領に関しては、わからないことが多いから余計でしょ。お嬢様を狙った理由も目的も、指示役も何一つわかってない状態で司法官の管轄には送らないでしょ。」
「ユリアならどうする?拷問しても口を割らない場合。」
「さぁ、どうするでしょうね。少なくとも、話を聞ける人間が一人しかいない状態で、話さないなら殺しましょうとはならないわね。」
「ふふ、やっぱり?」
ソフィアが仄暗い笑みを浮かべるから、ジッと見る。
こういう表情をする時のソフィアは、アルベルトの考えと似た答えを出してくることが多い。
「殺してしまえって思う?」
「殺しても良いんじゃないかって思う。次の騒動を起こしたら、ソレを捕まえれば良いんだし。でも、ソレじゃダメってこともちゃんとわかってるわ。」
ソフィアが真剣な瞳で、カップに追加のお茶を注いでくれる。
漂う香りは甘く優しい。
「でも、どんな理由があろうとニーナお嬢様を危険な目に合わせた男だってことは変わらないでしょ?」
「…………そうね。」
ニーナを危険な目に合わせた野盗の頭領。
でも、標的はお嬢様だけでニーナは巻き込まれただけに過ぎない。
ニーナを狙った犯行だったなら、私もお父様もそれなりの手をうったと思う。
でも、違うから。
「野盗の頭領の彼が、今回の件に無関係だと思いたいわね。」
「マーシャル・タールグナー先生がクロなのは間違いないでしょ。どうするの、これから。」
「どうもしないわ。」
というか、どうもできない。
決定的な証拠はないから。
何より、彼は攻略対象だ。
ヒロインが出てからじゃないと、どうにもできない。
「彼がこれ以上、お嬢様に関わらなければ関わることはないもの。」
「ユリアがそう言うなら良いけど……。一人で勝手なことしないでね。ちゃんと言うのよ?」
「えぇ、もちろん。ありがと、ソフィア。」
約束はできないけど。
心の中でそう付け足して、カップを傾けた。
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