17-8 プロポーズ
― 何も、分からない。
ただただ白い平原か何かが広がっている。
俺は、『俺』と相対していた。
「なぜ、チェザレアを助けた」
俺は訪ねる。
「お前と俺がそう望むからだ」
「お前が、望む?」
「そうだとも」
こいつは、一体誰だ。
『告死のニヒル』なのか。
「……お前は、誰だ」
「俺はお前だ、
……かっては違ったかもしれんが、
俺がルジェだという事に
してしまった」
そうか。
ずっと、返してほしかった。
だから、粘り強く言い続けた。
「返して、くれるんだな」
「……俺なしで、やれるのか」
「何とかするさ」
『俺』は、俺に近づいて……
一つに、なった。
「忘れるなよ……」
「なんだ」
『俺』が答える。
「お前は、チェザレアは
万骨からは
逃れられない。
いつか来る。
*虚無*がな」
いや、一つになど、
なってはいなかった。
俺が腹の方へ目をやると、
『俺』の持つ短剣が、
そこには深々と……
「うわああああっ!!」
― 天精の年、6月17日 午後4時
見慣れた、天井だった。
「やっと起きたね、ルジェ」
『子羊の戯れ』。ルジェの傍らには、見慣れた背の低い半エルフの姿が見える。
「……カーラ、……お、俺、何日寝てた……、チェザレアは無事なのか?」
「3日半寝通しだよ、全く。チェザレアさんなら今大統領府で、新大統領に対する引継ぎの準備をしてる」
「へ……」
「選挙、投票は22日だから立候補するなら今日が期限だよ」
「えええええーッ!!」
ルジェは大急ぎで国民同盟本部へ向かう。
「セトッ、済まない、いまの状況は?」
「お帰りルジェ君。……遅かったね、もう立候補は3時で締め切られたよ」
ルジェは口をあんぐり開ける。
「第一、……君が、国民同盟党首が今大統領になったら国としては困るんだ」
「どういう事だよ、説明してくれ」
「チェザレア様は魔神信仰派……真=ドゥネ=ケイスを国家として承認し、申し合わせて半年以内での互いの国名の変更という条件を講和の際に飲んだ。これは国民同盟の支持層には受け入れられない話だ」
……そんな条件を、大ハーンの後継者を自認していたアイツが受け入れざるを得ない状況だったのか。
「君は知らないかもしれないが、彼等は飛空艇団を連れてこの条件を共和国に飲ませた……飲まなければ先制攻撃で軍が壊滅させられたのち、泥沼の総力戦に突入しかねない状況だったのさ」
……弱気な、とルジェは思うが、一方でそれは彼女なりの現実認識が働いた結果であり、それを尊重しなくてはならないとも考えられる。
「……大統領には、このままだと誰がなる?」
「内閣唯一の生き残りである、外相兼首相代行マクガイダだね。ほら、通常種の小鬼の閣僚が一人いただろ、彼だ」
「……そう、か」
彼はチェザレアと連名で講和条約に調印した人物だ。講和を守るのならば、彼以外の選択肢は考えにくい。
国家の象徴として、ベストではないがベターな選択肢だった。
「僕としては、君を国政に関与させるのはマイナスだと現時点では思っている。但し、党首が無位無官では党員が納得しない。そこで、」
話しながら、セトは書類をめくる……
「前職が憲兵隊に粛清された職の中に、君の地位として適当だろうと思われるものがあった。選挙は国政選挙の翌日に行われるし、立候補の締め切りも明日までだ」
セトが出してきた書類、そこには余り聞きなれない言葉が入っていた。
「バイハラ、市長……」
一応バイハラ市内の内政責任者だが、目立たない、空席でも政治的に余り影響のない、そんな地位だった。
「まあ中間管理職だね、これなら政権と主張が異なる人物がやっても国政に影響はない。実務はほぼ秘書に付くのが確定しているチェザレア様に投げていいよ」
「ちぇ、ちぇざえらが俺の秘書……?」
驚き過ぎて口が回らない。
「いやあ、退任後の大統領の職としても悪くないんじゃあないかなと思ってね」
こうして、バイハラ市長ルジェの誕生がほぼ確定した。
立候補を申し出る為、ルジェはセトを連れて官庁を巡り……そして大統領府にも立ち寄る。
「…………」
チェザレアは彼が来訪すると聞いて、兎に角そわそわしていた。
「大統領閣下、主任、あいえ国民同盟党首のルジェが閣下への目通りを……」
「分かったわ。ディアナ、ここまで通して」
ルジェとセトが、大統領執務室に通される。
「……」
「……」
二人とも、緊張のしっぱなしで何を言っていいか分からない。
数分後、ようやくルジェが口火を切った。
「だ、大統領閣下に、バイハラ市長への立候補を表明することをご報告に参りました。つきましては……」
「……分かってるわ。あなたの思う事を成しなさい。私は、あなたを全力で後援するでしょう。……大統領としてではなく、つま……」
「わーまった待った、……いいのか、チェザレア?」
慌てるルジェを、落ち着いてチェザレアは諭す。
「あなたと私の関係から燃え上がった火はまだ燻っているわ。鎮火する方法は、一つだけよ」
それは、極めて不器用なプロポーズだった。
「……本当に、いいのか」
「いいのよ」
こうして、口数少なくこの日の二人は別れた。




