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半亜人(ハーフ)と共に行く精霊世界ーエスティールに吹きあがる炎  作者: 水素(仮名)
第2章 魔性の銀髪
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2-2 美しすぎる少年


 翌日、ルジェが起きた時、すでに外では8時の鐘の音が時刻を知らせていた。

 

「しまった、遅刻するッ!!」

 

 彼は着替えて、最低限の用意(この前と違って保存食の乾パンも用意したぞ!)を整えたうえで階段を下りる。

 

「なんだぁ、ありゃあ……」


 朝っぱらから飲んだくれているバークスとダグに怪訝な目で見られながら、『子羊の戯れ』を出て待ち合わせ場所へ急いだ。

 

 

 待ち合せ場所の目抜け通りのパン屋。焼かれたパンのおいしそうな匂いが漂う中で、依頼人はすぐに見つかった。

 

「……なるほど、聞いていた特徴と一致する」


 彼の第一声はそれだった。銀色の、まるで金属がそのまま生命を持ったかのようになびく長髪。端正な切れ長の目。髪の毛と同じ色の怜悧な瞳。

 

 しかし、その低い声は、彼が男性であることを如実に表していた。

 

「……初めまして、君が依頼を受けてくれる冒険者で、間違いないかな?」


「ど、どうして、それを……」


「失礼、先に名乗るべきだったね。僕の名はセト。セトフェア=ラティオーニ・デ=ファーマーン。今日はよろしく頼むよ」


 小さな荷車を背に、彼は微笑んだ。ファーマーン人特有のやや色黒な顔で、同性のルジェでさえ魅了するほどの可憐なほほえみを彼は作り上げた。


「ル、ルジェです」


 ルジェは少し気押されつつも、セトに自らの名を名乗る。……フルネームを相手に名乗ることは、この世界では相手に対する最大の敬意を表すことになる。(逆に言えば、相手にそれを強要するのは最大の不敬である)ゆえに、ルジェは相手の意図を測りかねた。

 

「お、俺なにかやっちゃいましたか?」


「いやいや、僕が無理を言って依頼を受けてもらったんだ、このくらいは当然だよ」


 と相手は返すが、冷静さを取り戻したルジェは、彼の衣装を観察した。……神権政治の国である西のファーマーンは、精霊との交信を行う神官たちが多大な権力を持っているという。

 

 セトはまさしく、神官の正装である白いローブと、天の精霊の神官であることを示す黄色いストールを着用していた。……正直、往来では目立つことこの上ない。

 

「その、セトさんは神官様なのですか?」


「ああ、この格好ね。もともとはそうだったけど、破門されちゃったんだ。いやー、可愛かったなぁ、アーニィちゃん、ベッドの中で初々しくちぢこもる姿がなんともそそ……あ、これは失礼、はっはっは」

 

 破門されたことと、その理由をペラペラと漏らすセト。ルジェは大丈夫かこの人と、冷めた目線になってしまうのだった。

 

「と、ところでそろそろ本題に入りましょうか」


「そうですね、君には僕と一緒に、北街区にある母さんの隠れ家に来てもらうよ。依頼の詳細はそこで話すけど、」


 といったところでセトは荷車を指さし、

 

「まずは、それを頼めるかな?」


「は、はい……」


 ルジェは荷車を押しつつ、粛々と足音を立てずに歩くセトの後を追った。

 

 

 ― バイハラ北街区。

 

 ルジェは、冒険者になった時から、そのうちここにも足を踏み入れることになるだろうと覚悟を決めていた。

 

 しかし、その日がこんなに早く来るとは……

 

 目抜け通りの突き当りは、出発した南街区とは同じ街とはとても思えぬほどの、ありていに言って廃墟だった。

 

 かってこの三叉路を見張っていただろう、兵士の詰め所だった建物は、焼け焦げた石壁がそのまま放置されている。ここまでは石で舗装されていた道は、所々に地面がむき出しになっていた。

 

「せめて入口くらい、整備してもいいだろうに……」


 それがルジェの、素直な感想だった。

 

「総督府は見せつけたいんだよ。自分たちに逆らうと南街区もこうなると。それ以外に理由があると思うかい?」


 セトは少しルジェの方へ向き返す。

 

「怖いかい、ここより先に進むのが」


「……怖くないといえば、恐怖が和らぐとは思いません。だけど、俺だって男です。ここまで来た以上は引きませんよ、案内してください」


 そうルジェが言葉を紡ぐと、セトは満足した表情で、


「ふふ、分かったよ」

 

 と返して前方へ向き返り、その歩みを再開した。

 

 

 裏通りへとつながる路地は、あちこち『立ち入り禁止』と書かれた木の板を打ち付ける形で封鎖されていた。

 

 道行く二人を見る衆目の顔は、ある者は物珍しさに輝き、……あるものはよそ者に対する敵意をむき出しにしている。

 

 ボロボロの衣服を身にまとった子供が二人にすり寄る。ルジェの後ろに回り、腰の袋、彼の全資産が入ったそれに手を伸ばそうとするが……

 

「…………」


 ルジェは、反射的に子供へ後ろ蹴りを食らわした。子供は、後ろ向きに吹っ飛び倒れる。

 

「……躊躇ないね、君は」


「俺にとって手持ちの金は全資産、守るのは当然です。…………だけど」


 さすがに気まずいと思ったか、ルジェは袋から1ディルハム硬貨を取り出し、彼の方向へぶん投げた。

 

「この子たちは俺のような機会すら与えられなかった」


 ルジェは思い起こす。チェザレアに拾われた、まともな標準語を話していたハーフの孤児たちを。

 

 彼らは限りなく幸せなのだ。ハーフのくせに。この子たちは純粋な人間なのに、まともな教育の機会すら与えられなかったのだろう。

 

 ルジェは子供に声をかける。

 

「それで機会をつかみな。そうすれば、この街にはきっと希望がある」


 上から目線でものを言っているものだとルジェ自身も思うが、立ち上がった子供が1ディルハムを拾った後、

 

「こ……このチン〇コ野郎、覚えとけよ!!」

 

 おそらく極めて貧弱な知識の中から選んだ、この上なく下品な捨て台詞を吐いて立去るのを見て、コイツらよりは下になるまいと改めて誓うのだった。

 

 

 それにしても……ルジェは思う。

 

「見た感じ、ここにいるのは普通の人間ばかりですね。もう少し小鬼オークやハーフがいてもおかしくないと思ってたんですが」


「ええ。小鬼オーク達の犯罪組織、……いいえ、それどころか今なお魔神王を信奉し続ける暗黒教団が潜伏しているという噂はあるけど、この街の住民の大概は元々北街区に住んでいた人々の子孫か、あるいはほかに行き場のない者たちのどちらかだよ」


 前を不敵に進むセトがいなければ、自分は一秒たりともこの場にいたくない。そう感じるに十分なほどの邪悪な気配を、ルジェはこの街に感じていた。

 

 それこそ……その小鬼オークの暗黒教団が息をひそめていてもおかしくはないほどに。

 

「何より、小鬼オークはこの街では支配階級。ここには寄り付かないよ」


 小鬼オークは野生化すれば、あらゆる文化、文明を否定するという。……この街にすら居付けまい。

 

 そして、そんな連中を軍隊として組織し、このバイハラを征服した大ハーンという偉大なカリスマ。ルジェの中で、彼への敵意は徐々に、興味へと変わりつつあった。

 

 あの時、奴は気付いていたのか、自分の殺意に。いや、気付いていたに違いない。

 

 ……奴とルジェの間に横たわる、長大な距離。あの時感じてしまった、ルジェ自身も気付いてしまった壁。

 

「……奴だけは乗り越える」


 現実の彼は、吹けば飛ぶような一介の冒険者に過ぎない。その壁は余りにも遠く、高すぎた。

 

「何か知らないけど、余り気負わないほうがいいよ。気楽にいこうじゃないか」


 セトののんぼりとした声が、ルジェを現実へと返した。いつの間にか、距離がだいぶ離れている。

 

「あ、待ってくださいよッ」


 ルジェは必死に荷車を押していった……

 

 

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