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成人の儀式


 俺たちはたくさんの祖霊たちに導かれるようにして、滝裏の洞窟を進む。

 洞窟の奥には大きな鉄の扉があった。装飾が施された、立派な扉だ。俺たちが扉の前に着くと、祖霊たちが一面霧のように拡散した。霧は扉の一点に集中し、そこに大きな宝石のような物を生み出した。

 ――魔石だ。


 扉のくぼみに魔石が嵌め込まれると、扉が重々しい音と共に開かれていく。

 扉の奥には光が灯っていた。魔法の光だ、部屋全体の壁が明るい。眩しさに一瞬目を瞑っている間に、扉は開ききった。


 中は一面、壁にも天井にも幾何学的なレリーフが彫られていた。その幾何学的なレリーフが、脈動するように光を放っている。

 前面には、大きな石像。

 これにはなんとなく見覚えがある、神像だ。アイシャの言う、黒き巨人の石像だった。石像はよく見れば、女性の恰好をしていた。長く裾広がりのドレスを着た、ツインテール髪の女性だ。「ウィンクルムみたい」とオーレリアが呟いた。



「よく戻ってきた、ルクルトよ」



 神像の前に「居た」白い霧の塊が、震えるような声を出した。

 直接頭の中に響くようなその声は、この場の皆にも聞こえているらしく、オーレリアとルミルナが「きゃっ」と小声で身を竦めた。



「どうやら古き祖霊を目覚めさせたようだな」



 神像の前に立つ白い人影は、どうやら俺に語りかけているようだ。俺は言葉を返そうとして、その身を動かせないことに気がついた。



「はい。名をミチカズ、古き古き魂にございます」



 口も思った様に動かない。だが俺の身体が、俺の意思とは関係なく喋る。アイシャが俺の方を見た。



「……ルクルト兄さまなのか?」


「そうだよアイシャ。久しぶり、というのも変か、先日もこんな形で会ったばかりなのに」



 俺はルクルトの会話をぼんやりと聞いている。

 なんだろう、心地がいい。温水でチャプチャプ揺られながら、薄闇の中で横たわっているような気持ちだ。



「兄さま……!」



 抱きついてきたアイシャを、ルクルトが受け止める。アイシャの体温を感じながら、俺はアイシャの頭を撫でたくなった。するとルクルトが、アイシャの頭を撫でる。



「兄さま……、兄さまはこのまま兄さまに戻るのか? ミチカズはどうなるんだ?」


「――」



 ルクルトは、たぶん微笑んだ。

 細めた目でアイシャの頭を撫でながら、微笑んだ。ルクルトの、少し寂しそうな気持ちが俺の中に流れてくる。



「聞いてくれアイシャ。俺は、もう果てているんだ」


「どういうことだ兄さま?」


「『目』のチカラを使い過ぎた。精神が疲弊してしまったんだ。本来は、あのジ・オリジナル――ウィンクルムに決闘を挑んだ時点で、俺は力尽きて死するはずだった」



 ぼんやりと話を聞きながら、俺は考える。

 目のチカラ、それはギフトのことか。

 生まれたときから持つ特殊な肉体能力の総称。これを持つ者は、様々に特化した不思議な肉体能力を持つ反面、寿命が短いと言われている。

 確か、傭兵のポーもギフトの持ち主だ。彼女のギフトは、見たものを写真のように記憶できる「絶対記憶」。ギフトの話は、彼女から聞いたものだった。

 ルクルトは続けた。



「その場で死ぬはずだった俺の中から、ミチカズが現れた。『目』の酷使で疲弊して消えるはずだった俺の精神の中に、彼がいた。今俺は、ミチカズの精神に融け込むようにして辛うじて存在しているだけの存在なんだよ」



 ああ。

 俺も思い出した。その瞬間を。

 ずっと眠っていたんだ。こんな感じに薄闇の中をたゆたいながら。そんな中、突然に、俺にも理解できる声が聞こえたんだっけ。



『ほほう、このわしとの決闘を所望するか』



 その声は言った。理解できる言葉に引きずり出されるようにして、俺の意識は覚醒したんだった。



「……思い出したかい? ミチカズ」



 ルクルトが口を動かさずに、心の中で俺に話し掛けてくる。



「思い出したよ。俺はずっと、ルクルトの中で眠っていた」


「そう、あの時まで。俺は俺の中に祖霊であるキミが眠っているのを知っていた。俺の役目は、可能ならキミを起こすことだった。どうやればいいか、なんてわからない役目だったけどね。上手くいったのは全て偶然さ」



 聞いてみれば、気の遠くなるほど低い確率の偶然だ。

 ルクルトの精神がチカラ尽きる寸前の、精神力が低くなったタイミング。その瞬間に、この世界で唯一俺と同じ言葉を喋る存在、ウィンクルムがルクルトに話し掛けることで俺の意識を表に引っ張り出した。

 どこか一つ歯車が噛み合わなかったら、俺の意識は目覚めることもなく、ルクルトはあの場で朽ちていたのだろう。



「偶然ではない」



 神像前の白い人影が、俺たちの思考を否定した。



「まだ時が来ていないのに、黒き巨人を起こそうとする者がいた。だから対である存在のキミも目覚めたのだろう、ミチカズ」



 対である存在? 俺は心の中で問い返した。



「そうだ。永遠を生きる巨人が楽土を成す為の鍵となる存在、それが古き祖霊だ、と我々の伝承にはある」



 俺になにかさせるつもりか? 俺は警戒しながら答えた。

 なるべく俺は、なにかに縛られたくないのだ。今は軍に所属している、それだけで十分だった。もっとも軍の話は、軍の為というよりもオーレリアやゲルド、ルミルナといった仲間の為という側面もあるのでそこまで苦痛じゃない。



「好きに生きればよい、時がくればやがて物事は収束する」



 そうか、と俺は頷いた。縛られるわけじゃないなら、どうでもいい。それよりも気になるのが、俺のことを「祖霊」と呼ぶことだった。俺は子孫を残したわけでもなく、この世界の住民でもない。彼らの祖霊でありえるのか。



「ミチカズが『一族』であることは確かだ、それは魂の形でわかる。その他の、細かいことはわからぬが」



 細かいこと扱いされた部分が非常に気になるが、なにやら突然眠気が増してきた。ルクルトが、申し訳なさそうに笑う。



「すまんなミチカズ、どうも時間がない。少し俺に身を貸してくれ」



 それは構わないが……、と俺はまた、薄闇の温水に横たわっているような感覚に包まれてきた。 



「アイシャ」



 とルクルトが、アイシャに声を掛けた。



「一年早いが、成人の儀式をしよう。この村最後の儀式だ、俺はその為だけに戻ってきた。かわいい妹分の晴れ姿を、俺に見せてくれ」



 儀式は、簡素なものだった。

 酒を飲み、祖霊から言葉を貰い、騒ぎ、歌う。オーレリアたちも巻き込まれ、儀式の後見人として参加させられていた。笛がないので、口笛を使う。ルクルトの口笛は見事なものだった。オーレリアたちは音頭を取る。酒のせいか、次第、笑い声溢れる陽気な場になった。



「なんだ、アイシャもずいぶん口笛が上手くなったじゃないか」


「兄さまに笑われてから練習をした。いつまでも子供と思うな」


「すまんすまん」



 ルクルトは透明な声で笑った。

 ルクルトとアイシャは、交互に口笛を吹き交互に唄をうたう。朗朗と唄う二人の声は洞窟内に反響して、木霊を残した。ああ、と幸せそうにルクルトは目を瞑る。



「この日を待ちわびていたんだ」



 ルクルトは、この日の為にあつらえておいた、という着物をアイシャに着せて、踊らせる。笑顔で着付けをし、愉快そうに笑いながら一緒に踊る。くるくる踊る。



「似合ってるよアイシャ」


「嬉しいぞ兄さま。でも兄さまの踊りは、相変わらずだ」



 ルクルトの不器用な踊りは、一同の笑いを誘った。アイシャも笑う。くるりくるり、踊りながら、泣きながら、アイシャは笑う。この時間が、ルクルトがルクルトたる最後の時間だと、誰もが悟っていた。だからアイシャは無理して笑う。大声で泣いたら、この時間が壊れてしまうのではないかと、もう少しだけ、笑顔を。



「大丈夫だアイシャ、俺はいつでもミチカズと共に在る」


「兄さまぁっ!」



 我慢できなくなったのか、アイシャが、わぁと泣いた。



「泣くなアイシャ、笑顔でいてくれ」



 大声で泣くアイシャを抱きしめながら、俺の意識は薄くなっていった。



「なあミチカズ」



 暗闇の中で、穏やかなルクルトの声が小さく響いてくる。



「そろそろ俺は眠るよ。アイシャを、よろしくな」



 俺の意識が、プツン、と。



「キミと……おまえと話せて、よかった」



 糸のように、切れたのだった。




☆☆☆




 俺が目覚めたのは、二日後の昼頃だった。

 オーレリアは今回抱きついてきたりはしなかった。



「ルクルトがね、心配するなって」



 ミチカズはちゃんと起きるから、そう言って彼は眠りについたらしい。最後の言葉は「ありがとう」だったそうだ。

 アイシャも、もう泣いていない。変わったところと言えば、服が変わった。昨晩ルクルトがアイシャに渡した服は、これまでの服よりもちょっぴりシックで、大人染みていた。



「兄さまに貰った服を着て、アイシャは兄さまを助ける!」



 そう言ってアイシャは握り拳。もちろんこれからも俺に付いてくるらしい。



「アイシャはもう大人だからな、頼っていいんだぞ兄さま」



 などとふんぞり返っている。だが俺は知っている、彼女が村共同の墓に新しく花を添えたことを。そのとき泣いていたことを、知っている。

 俺は俺が寝ている間の村での出来事を、なぜかぼんやりと知っていた。意識が世界の中に拡散したようになり、俯瞰でこの村を見ていたのだ。


 村の中で、俺たちはさらに一週間過ごした。

 ウィンクルムのお陰で、魔石をいくつか発掘できたメイ博士は、満面の笑顔を浮かべている。魔石と言えば、先日滝裏の扉を開けた魔法石も、物質化したまま残っているそうだ。



「これは、ミチカズさんが持つべきだと思います」



 そう言って譲らなかったのは、ルミルナだ。

 理由を問うと、魔法石から発せられているマナの色が、黄金色だからだそうだ。昔ルミルナは言っていた、俺の纏うマナの色は黄金色に輝いている、と。

 メイ博士は最初文句を言っていたそうだが、他の魔石と違って由来が由来なのと、アイシャの剣幕に負けて納得したらしい。もっとも、他の魔石は全部渡すから、という条件をルミルナが提示したので、ある意味でホクホク顔だったとかなんとか。


 村の記録を調べていたチームは、ここの村が帝国よりもミリーティアよりも古い歴史を持っているらしいことに行き着いた。古来からの教えを守り、黒き巨人の伝承を残す為に、初代の村長が興した村なのだそうだ。「祖霊」として語り部をしていたあの白い影は、その村長なのだろうか? 

 白い影といえば、ルミルナがこんなことを言う。



「今にして思えば、あれはマナの塊だったんじゃないかな、って」



 ほら私、マナが見れるじゃないですか、と眼鏡の奥の目をパチクリさせてみせる。

 ウィンクルムはナノマシンが濃いと言っていたが、ルミルナやメイ博士曰く、ナノマシンというものは今のこの世界の技術ではまだ存在が確認されていないらしかった。古い文献で見掛ける程度の言葉という認識だったそうな。



「マナとナノマシンが混在すると、ああいうのが出てくるんですかねぇ?」



 ルミルナの問いに答えられる者は、それこそおるまい。俺も肩を竦めて苦笑するしかなかった。


 黒い巨人に関する書も、当然あった。

 呼び覚ます為の具体的な方法などが書かれた物はなかったが、儀式をするべき場所が記されていた書物はあったのだという。

 その場所とは、やはりというか、元シュタデル自治都市の中にあるようだった。



「結局シュタデルにも行ってみる必要はあるか」



 俺の言葉に反論する者は居ない。次の目的地は、シュタデルだ。

 一度、ドレッドノートへと戻り、そこから再出発する。その手順で問題あるまい。



「それじゃあ、村を出ようか」



 俺たちは帰り支度をした。アイシャだけ少し遅れたのはたぶん、この村に、ルクルトに、別れを告げていたからだろう。だから誰も咎めない。ただ笑って、俺たちはアイシャを迎えた。



「もういいのか、アイシャ?」


「お待たせだ、兄さま!」



 そう言って笑うアイシャは、村を振り返らなかった。

 ああ、と俺はアイシャの頭に手を置いた。明日に向かって歩くというのは、きっとこういうことなのだ。俺はニッと笑ってみせた。



「わかった、行こう!」



 そしてまた、旅が始まる。


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