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祖霊


「貴方、さっきまでルクルトになってたのよ!?」


「え?」


「ホントもう! 心配させないでってあれほど言ったのに!」



 俺に抱きついてきたオーレリアが、涙を浮かべていた。



「良かったですー! 戻ってきてくれて本当に良かったですー!」



 同じく俺に抱きついてきているルミルナが、鼻水を流しながら言った。ちーん、と俺の服で鼻をかむお約束は勘弁して欲しい顔だが、そんなツッコミを入れられる雰囲気では、とてもない。



「説明が必要かい? ミチカズ・ユウキ?」



 煙草に火を付けながら、メイ博士がこちらを見た。

 俺は首を振る。記憶はないが、事態はだいたいわかった。記憶の飛んでいる間、俺はこの肉体の持ち主である「ルクルト」に戻っていたのであろう。



「……ルクルトって、どんなやつでした?」



 俺は訊ねた。

 自分でも不思議だったが、まず出てきた興味がそんなことだったのだ。ルクルトは、俺でなくとも、ミチカズでなくとも周囲とやっていけそうか。何故かそんなことを真っ先に考えてしまう。



「意外なほど好青年だったよ。キミの中で、半分眠っていたようになりながら今までのことも見ていたらしい」


「そっか。それなら安心だ」



 俺がホッと胸を撫で下ろすと、抱きついていたオーレリアが声を上げた。



「安心!? 安心ってなによ!」


「俺が、俺でなくなったとき、もしも皆に嫌われたら、と心配だった。少し安心した」


「ミチカズはミチカズじゃないっ!」



 不意に赤いラインが見えた。

 オーレリアの平手打ちが飛んでくる、俺はその赤いラインを反射で避ける。オーレリアが体勢を崩した。半身でよろけたオーレリアの身体を、両手で支えてむにょり。



「大丈夫かオーレリア?」


「なんで避けるのっ!?」


「そりゃ避けるよ」



 俺はむにょりと苦笑した。――んっ? なんだこのむにょりって? むにょりと柔らかい感触が、両手に広がっていた。

 両手を見ると、俺はオーレリアの胸をがっつり握っていた。そうやって、オーレリアの身体を支えている。むにょりで支えている。

 俺とオーレリアの目が合った。



「きゃああーっ!」


 

 再びオーレリアの平手打ち。

 今度は食らってしまった。赤いラインも見えない反射的な無心の平手打ちだった。それは避けられない。



「ミチカズのエッチ!」


「不可抗力! 不可抗力!」



 丸くなった俺を、オーレリアがポカポカ殴ってくる。



「ああ、なんかホッとしました。いつものミチカズとオーレリアですねー」



 ルミルナが隣で呑気な声を上げる。



「いや止めてくれルミルナ! オーレリアを止めてくれーっ!」



 一同が笑った。

 メイ博士も、エスダート艦長も笑う。いや。なぜかアイシャだけが、浮かぬ顔をしている。



「どうしたアイシャ? 久しぶりにルクルトと逢えたんだろう? もっと嬉しそうな顔をしたらいいのに」 


「兄さま……」


「兄さまはルクルトだ。俺はミチカズ、これでわかったろう?」


「違うんだ。兄さまの中には、兄さまが融けている。それは今兄さまと話していてもよくわかる。自分よりも他人の心を気にする人だ、それに困ると」



 俺は頭を掻いていた。



「そうやって頭を掻く」



 アイシャは俯いた。



「アイシャはどちらの兄さまも好きだ。だから困っている」



 俺はアイシャに近づき、頭に手を置いた。



「成るようになるさ。困るような話じゃあない」



 自分がなくなったら、という怖さはあった。

 だけど思えば自分はもう、車に轢かれたときに一度死んだのだ。エキストラステージを歩ませて貰ったと思えば、得したと言えさえすれ、怖いなどとは……。


 あれ?

 手が震えている。どうしたんだろう。いや。

 全身が震えている。俺は思わず自分で自分の身体を抱きしめた。ああそうか、怖いのだ。強がったところで、やっぱり俺は怖いのだ。自分の意識が無くなるのが怖い。自分が無くなるのが怖い。闇が怖い、無が怖い、未知が怖い。俺は弱い。



「カカカ。そう無理に意地を張るなミチカズよ」



 と。そのとき通信機から、ウィンクルムの声が響き渡る。

 俺は思わず、家の外に飛び出した。



「ウィンクルム!」


「暇だったのでな。わしもこちらへやってきたぞ」



 いつの間にかウィンクルムが、外の河原に立っていた。

 月明りに照らされて、金属の装甲が滑らかに光っている。鋼線のツインテールが、谷風に揺れていた。



「あまり一人で意地を張るなミチカズ。困ったときは困った、怖いときは怖いと言ってよいのだ。抱え込むものではない」



 そうだ、俺は怖い。

 背後に、皆の気配を感じる。ああそれに、心配を掛けてしまうことが怖い。

 と、そのときオーレリアが背中から抱きついてきた。



「みんなに心配を掛けることが怖い、なんて思ってない?」



 ドキッとした。



「気にしなくていいのよ。みな貴方の心配をしたいの、そこに関して不安を感じる必要はないわ」



 いやあたしは別に、と呟いたメイ博士が、エスダート艦長に窘(たしな)められている。それも含めて、俺の気は少し楽になった。



「わしらを信じろ。弱音を吐けマイパートナー」



 ウィンクルムがバイザーを光らせる。



「あああああーっ!」



 俺は月に向かって叫んだ。



「ちくしょう怖い! 困ったぞどうしよう! なんだよルクルト、今更出てくるなよ! 俺はミチカズだろう!? あーもう、どうしろって言うんだ!」


「このままわしに乗って、ここを離れるか?」


「それはしない! 理由なんかない、それはそれで、すっきりしない!」 


「カカ! それでいい!」



 ウィンクルムは笑った。



「戦えミチカズ! 前のめりにいけ! それが貴様の本質だ!」




☆☆☆




 次の日以降、ウィンクルムの力も借りて、村の外に残っていた魔法石の発掘を行った。指示を出すのはメイ博士、サポートはエスダート艦長だ。

 ルミルナとオーレリア、それにアイシャは本の家で調べ物。村の記録から、なにか情報はないかを探している毎日だ。


 俺はと言うと、日に何度か、ごく短い時間だけルクルトになっているようだった。魔法石の発掘を手伝いながら、気がつくと記憶が飛んでいる。ただ、ルクルトはそのまま俺、ミチカズのフリをしてくれているらしく、まだ誰にも気づかれていない。

 どうやら空気を読んでくれているのだ。「意外なほど好青年」とメイ博士に評されたルクルトとは、どんな人物だったのだろう。俺は話すことが出来ないのでわからないが、会えるものなら一度会ってみたい気はする。



「白い人影が見えるんですよぉっ!」



 その日の夜、またルミルナが言い出した。



「この村を歩いていると、ふとした瞬間に目の端に人影が写るんです! これはもう、居ますよアレが。アレがっ!」


「もうやめてって言ったでしょルミルナ! ミチカズからもなにか言ってやってよ! 今日一日、ずっとこの調子なんだから!」



 横で聞いているオーレリアが耳を塞いで嫌がる。ルミルナが言うアレとは、アレだ。いわゆる幽霊だ。これまた横で干し肉を噛んでいたアイシャが、こちらはこちらで、うんうん頷いている。



「祭りの時期だからな、今度こそ祖霊が帰ってきてるんだ。怖がらなくていい二人とも、祖霊は無害だぞ」


「無害でも怖いのっ!」



 むしろルミルナよりもオーレリアの方が怖がっているようだ。

 欠伸をしながらメイ博士が立ち上がる。



「無害でも怖いのかい? 不思議なものだ」



 と言いながら部屋の戸を開けて暗い外を見た。



「なんじゃ?」



 外にいたウィンクルムが、戸を開けたメイ博士に応える。



「ジ・オリジナル。キミは各種の観測装置を備えているのだろう? その、『白い人影』なるものも、感知できたりするのかい?」


「出来ぬというか、わしもそんなもの見たことない」


「そうか。この辺を観測した感じ、どうだい?」


「特段他と変わったところはあるまいよ。あえて言うなら、ナノマシンの濃くなっている場所があるくらいか」


「ほう?」


「ほれ、あの辺とか」



 と、ウィンクルムはライトをつけた。

 俺たちはちょっと家屋の外に出て、そちらを見てみる。ライトに照らされた場所は、ウィンクルムの言う通り特別なにが変わってるような場所でもない。



「なにもないじゃろ?」



 ウィンクルムはそう言ってライトを消した。その途端。



「ぎゃーっ!」



 と、ルミルナがぺたん、と地面に座り込む。

 隣に立っていたオーレリアが、支えようとして両手を差し伸べた。



「ど、どうしたのルミルナ!?」


「ひひひ、人! 人影っ!」


「え?」


「白い人影ーっ!」



 ルミルナはそう言って、ウィンクルムがライトを向けていた場所を指差した。もうライトは消えているので、そこは真っ暗だ。そこ、とは沢の端、河原の一角である。

 俺たちはそこを見た。じっと見た。だが。



「なにも居ないわよルミルナ?」



 オーレリアが怪訝そうな顔をルミルナに向ける。

 無論俺たちも同意見だ。そこには、なにもない。ただ暗闇がじっとしているだけにしか見えない。


 ドドドドド、と滝の水が落ちる音の中に、虫の声が混じっている。

 この寒い季節でも鳴く虫はいるのだな、と、俺はそんなどうでもいいことを考えてしまった。滝つぼの水面に映った月が波に揺れ形を崩しているくらいで、他になに一つ動くものは見えない。だがルミルナは、



「居ますってー! 見えないんですか皆さん! あ、こっち見たこっちに気づいた! いやーっ! 手招きしてるーっ!」



 一人でパニくっているのだった。――ん? 手招きだって? 俺は確認した。



「手招きって、ルミルナに向かってか?」


「私か私たちにかなんてわかりませんよ! でも手招きしてます! ぎゃーっ!」


「ウィンクルム、ライトをつけてくれ」



 ウィンクルムが再びライトをつける。「あ、消えた」ルミルナがぼそりと言う。要するにライトの光の方が強いのだ。俺は月明かりを頼りに、沢へと降りていく。河原の石に足をとられないように気をつけながら、ライトで照らされている場所を目指した。

 水辺だ。滝つぼから飛んでくる水しぶきを受けてしまう。



「……あ」



 俺は気がついた。



「おーいみんな! ここから滝の裏にいけそうだぞ!」



 そこには一部だけが浅瀬になっている場所があった。ライトで照らしてようやくわかる、膝下くらいまでの深さで、滝の横を回っていけそうな「道」がある。

 水しぶきを全身に受けながらそこを進んでいくと、滝の裏に行くことが出来た。

 洞窟がある。そうだここは、ルクルトが成人の儀式を受けた場所だ。


 俺は中に入っていった。

 真っ暗で進めないと思っていると、後ろから皆が来た。メイ博士が使ってくれたライトの魔法で、光源を確保した俺は洞窟を先に進んだ。



「ここは、成人の儀式を行う場だそうだが」



 こちらに移動してくるまでにアイシャから聞いたのか、メイ博士が興味深げに洞窟の中を見渡していた。洞窟の両壁には、なにやらたくさんの人の形が彫られている。座っている者、立って手を伸ばしている者、歩いている者、その彫り物のポーズは様々だ。



「そうですね。俺はたぶん、ここで儀式を受けました。アイシャは年齢的にまだでしょうが」


「帝国が村を荒らさなければ、来年にはアイシャも受けるはずだった」



 プイ、と横を向きながらアイシャ。

 共同戦線を張っているとは言え、アイシャの立場で帝国へのわだかまりを消すことは不可能だろう。折につけ、メイ博士らには態度が悪いが、そこは仕方ない事とも言えた。



「おいミチカズ! 異様なほどナノマシンの揺らぎが洞窟へと向かっておるぞ!」



 外からウィンクルムが通信機で注意を促してきた。

 それとルミルナが悲鳴を上げたのは、ほぼ同時のことだ。



「ひっ、人影! たくさんっ!」



 今度はオーレリアも「ひっ!」と短い悲鳴を上げた。俺も息を呑んだし、エスダート艦長も無言で目を見開く。

 白い、霧の塊のような人影が俺たちの横を、すーっと抜けて、洞窟の奥へと進んでいくのだ。

 一つや二つといった数ではない、それは何十もの数。洞窟の通路内をひしめくような数の人影が、俺たちの脇を抜けていく。ひんやりとした空気の流れを肌に感じるのは、はたして滝裏に居るからなのかこの人影のせいなのか。



「祖霊だ。兄さま」


「祖霊……、これが」



 俺たちは祖霊たちに導かれるようにして、洞窟を進んだ。


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