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祝福されぬ者たち ―Ungifted Heretics― 完全版  作者: 七鏡
追い求めるは理想と未来、捨て去るは過去と宿命
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旅人たち

バーティマにおいて、密偵から受けた報告書に目を通しているアンセルムス。報告とは、あのミアベル=ツィリアについてのことであった。

結論から言えば、『不明』である。そう、何一つわからなかったのだ。わかったことは、彼女と言う存在がいない、と言うことである。彼女の姿が確認されたのは、パラメスが初めてであり、それ以前に彼女はこの世界に存在していなかった、と言うことだ。

それに、未だ魔神レヴィア=ツィリアはいて、彼女が弟子をとりもしなければ、剣聖の称号を譲り渡した、と言う事実も確認できなかった。


「いったい、何者だ・・・・・・・・・・」


アンセルムスは紙の束を放り投げると、苛立たしげに声を上げた。

ミアベル=ツィリアの動向は掴めておらず、今後どのように動くかは全くわからない。アンセルムスの手の中で動き出していた歯車。それを止めることはもはや不可能であるが、それでも何らかの妨害があるやもしれない。

相手はこちらのことを何か知っている様子であった。おそらく、こちらの計画をある程度は知っている様子である。この先、事態はどう転ぶか。それは、アンセルムスにはわからない。

緻密な計画と、長い年月をかけた。それをイレギュラーの存在で覆させてなるものかよ。黒髪の青年は静かに唇をかんだ。


「アンセルムス様、どうされましたか」


いつの間にか部屋に入ってきていたキアラが尋ねる。フォクサルシアの少女を見てアンセルムスはいや、と首を振った。


「キアラ、お前はイヴリスに向かい、計画を進めろ。もしかすると、思わぬ妨害が入るやもしれん。慎重にな」


「はい、アンセルムス様」


キアラは頷くとイヴリスに向けての準備を始めた。

『魔神殺しの刃』と、北の争乱。だが、計画通りに進むとは思えない。今、ミアベル=ツィリアがどこにいるかは不明だが、いるとすればまだイヴリス大陸であろう。


「・・・・・・・・・」


とんとん、と指でこめかみを叩くと、青年は静かにため息をついた。





ミアベルはラーシェ大雪原を越えた。無数の化け物どもを倒し、極寒の中を抜けてきた少女はようやく、銀色の世界を抜け、暖かな緑の上にたどり着いた。

そして、これが本当の始まりなのだ。ぐ、と拳を握りしめ、ミアベルは顔を上げた。

天に輝く太陽も、空も、風も、すべてが新鮮である。ミアベルのいた世界には、それらはすでに消え失せて久しかったからだ。

美しい世界を守る。それが彼女の決意であった。

とはいえ、ミアベルには未だ、アンセルムスの野望を止めるために何をすればいいのかはよくはわかってはいなかった。彼女一人の力で、世界を救うことができるなどとは考えてはいない。いくら彼女が剣聖であろうとも、それは不可能なのだ。

まずは、南のラカークン大陸に行こう、とミアベルは思っている。ラカークンには、母と父がいる。たとえ、娘のことを知らずとも、母ならば耳を傾けてくれるし、きっと父も。そう信じていた。

まだ、魔族国への侵攻はされていない様子である。急げば、間に合う。悲劇が起こる前に、止めることができるかもしれない。

ミアベルはそう思い、ラカークンまで行くための船が出ている港町を目指すことにした。


幸い、金に関してはアラン・ミードから手に入れていたため、困りはしなかった。途中で馬を買い、ミアベルはそれに跨って、ラカークンの南にある港町へと馬を走らせた。中央大陸を経由して、ラカークンに向かう定期船に乗れれば、どうにか間に合うだろう。

途中で伝え聞く話では、バーティマ革命とそれに対するファムファート大陸の各国家の動き、それにアクスウォード・セアノとバラルの戦闘についてであった。

戦争は始まったばかりであり、まだ泥沼にははまってはいない。


「早くしないと」



ミアベルが辿りついた場所は、寂れた漁村であり、人は一人もいなかった。ただ、無数の墓が立つだけの、寂しい村であった。

いや、ただ一人、生きている住人がいた。ミアベルはその人物を見ると、声をかけた。


「すまないが、ここはどこだろうか」


少女の問いに、黒い髪の少年は顔を上げた。


「ここは、イマニエラだよ」


「定期船の出ている港はこの辺にはないだろうか?」


ミアベルの問いに、少年は唸ると、ああ、と喋った。


「それなら、東のほうだよ。定期船が出ているのは」


「そうか。ありがとう」


そう言うと、ミアベルは少年に背を向けて歩き出す。それを少年が呼び止めた。


「なあ、あんた、独りで旅をしているのか」


「そうだが」


少女が答えると、なら、と少年は声をかける。


「途中まででいい。ついて行ってもかまわないか」


「あなたはこの村の住人ではないのか」


「もう、違うさ。俺は、探しに行かなきゃいけないものがあるんだ」


そう言った少年に、ミアベルはじっと見つめるが、息をつき、頷く。どちらにせよ、案内は必要だ。独りで旅をしようにも、同じようなことがあっては困る。


「わかった。私はミアベル、だ」


「タムズ・ギャレッセンだ」


よろしく、と二人は握手を交わし合った。




道中でタムズのために馬を買い、二人は東の港を目指す。

タムズの案内と馬のおかげで、時間は大幅に短縮されていた。

そんな二人は、港街まであともう少し、といった場所で、少しばかりの休憩をしていた。森の中の少し開けた場所で、二人は二を下ろし、休んでいた。すぐ傍らに馬が身体を寝そべらせている。馬も長時間走らせたために疲れ果てていた。


「ミアベルはどうして旅をしているんだ」


焚火をし、途中で狩った動物の肉を焼いているとタムズが問う。ミアベルはバイザーを上げ、その金色の瞳をわずかに伏せた。


「守りたいものを守るため、かな」


「そう、か」


「そういうアンタは、どうして?」


ミアベルが問い返すと、少年はにかっと笑った。


「大切なものを、きっと、大事なものを見つけるため、かな」


それが何かは自分でもわからないけれど、とタムズは言う。

それでも、見つけなきゃいけないんだ。そう少年は言う。その様子に、ミアベルは彼もきっと、自分と同じように何かを求めているのだろう、と。

そんな二人は、ぎゃあぎゃあ、と叫ぶ獣たちの声を聴いた。


「なんだ?」


「魔物か。誰か、襲われているのか・・・・・・・・・・・!?」


タムズとミアベルは立ち上がると、各々の武器を持つ。剣聖剣を構えたミアベルを見て、タムズは頷くと、大鎌を持って同時に走り出す。

走る二人の耳に、獣の雄たけびと争う音が聞こえる。

二人は前方で、黒装束の誰かが魔物たちから逃げようとしているのを見つけた。


「アレは、リーザスケツァルコアトルか」


襲い掛かる魔物たちは、トカゲの胴体と、鷲の翼、それに人間の頭部を持つ、歪な魔物である。獰猛な魔物であり、群れで獲物を狩る。強靱な肉体を持ち、ある程度の魔力を弾き返す鱗を持っている。人間の頭部は大きく口が裂ける。その中には無数の牙を隠し持っている。人間を喰らう、恐るべき怪物だ。

黒装束はどうにか逃げようとしているが、何分数が多い。一匹一匹はそれほどではないが、俊敏であり、なおかつ十数匹の群れで行動するために、逃げることは難しい。


「く・・・・・・・・・・・ッ」


苦無を両手に構え、黒装束は樹を背にした。周囲を囲まれてしまっており、逃げようにも逃げられない。

もはや、これまで、と思った黒装束に、「伏せろ!」と言う声が聞こえた。黒装束が咄嗟に伏せると、怪物たちを剣戟が襲う。

怪物たちは乱入してきたミアベルを見て、ぎゃあぎゃあと叫ぶ。獲物が増えたと喜ぶ彼らだが、その上から別の影が降ってくる。


「はあぁあぁぁぁぁ!!!」


漆黒の鎌を振り上げ、地面ごとコアトルを切り裂いたタムズは、鎌を軽々と振り回しさらにコアトルを斬りつけた。

ミアベルも剣でコアトルたちを切り裂きながら、黒装束のもとに向かう。


「無事か?」


「え、ええ・・・・・・・・・・・」


黒装束は、どうやら女性のようである。背丈はミアベルと同じくらいであり、華奢である。全身が黒装束であり、顔もほとんどが隠れている。目元だけが、しっかりと見えている。深紅の瞳がミアベルを見る。


「虹色の、髪・・・・・・・・・・・・・」


呟いた黒装束の少女の声は、剣戟と怪物の叫びで彼女以外には聞こえなかった。

ミアベルとタムズはそのままコアトルどもを駆逐した。



怪物を片付けた二人は武器の汚れを払うと、助けた少女を見る。

少女はところどころ戦闘のダメージはあっても軽い傷であった。命に別状はない。


「助けていただき、感謝する」


そう言った黒装束の少女は、ミアベルとタムズを見て礼をした。


「いや、無事でよかった。コアトルがいるこの森に、どうして一人で?」


タムズやミアベルの様に護身ができるものでも、そうそうこの森には入り込まないであろう。よほどの急ぎの用事でもない限り。

少女はしばし考えると、「そうでしたね」と言った。


「私も、とある急ぎの用がありまして。急ぎ、定期船に乗らねばならない用事がありまして」


「他大陸に行くのか、どこに行くつもりなのだ?」


タムズが問う。少女はラカークンに、と簡潔に答える。


「同じ場所を目指しているようだな」


ミアベルがそう言うと、少女は目をピクリと動かしたが、二人はそれに気づかなかった。


「そう、ですか。それでしたら、すみませんが港まで同行してもよろしいですか。先ほど、逃げている途中、足をくじいたらしく、この先もあのようなことがあると、少し」


「大丈夫だ、いいだろう、ミアベル」


「ああ」


二人が頷くと、少女は再び頭を下げて礼をした。


「ああ、名前を言っていませんでしたね」


そう言い、少女は頭巾を外し、顔の下半分を覆っているマスクを外した。銀の短髪が揺れ出て、彼女の顔の右半分に描かれた刻印が現れる。


「ゼーレイネです。よろしく」


「・・・・・・・・・・・闇の一族か?」


話では知っているだけのタムズが言うと、そうです、とゼーレイネは頷く。

そのために碌な護衛も雇えないと言う彼女はまだ半人前であるらしい。戦闘にはあまり向いていないのだ、と言う。


「短い間ですが、よろしくお願いします」





とある町の酒場で酒を飲んでいたネフェリエ。こうして酒場などで情報を集めるために、彼女はよく酒を飲んでいた。昔はよく、夫と二人酒を飲みかわしたが、それももう遠い思い出だ。

荷物と槍をそばに置き、酒を煽ったエルフの隣に、紅い髪の美女が座った。


「あら、美しいエルフの方が、こんな場所で一人、お酒ですか?」


そう言い、微笑んでネフェリエを見る美女をちらりと横目で見て、空いた盃を置く。


「あなたこそ、こんな場所でどうなさったのですか?あなたほどの美女を放っておくなど、男どもは見る目がないな」


「ふふ。それは嬉しいお言葉。ならば、代わりに付き合ってもらえますかしら」


そう言い、盃を掲げた美女を見て、ネフェリエは笑う。

たまに、誰かと飲むもいいだろう、と。


「じゃあ、乾杯」


そう言い、盃を合わせ、二人は酒を仰ぐ。美女は結構な強い酒だというのに表情を崩さない。ネフェリエももう結構な量を飲んでいるのだが、表情に変化はない。もともとエルフは酒には強い種族だ。彼女にはまだまだ、と言ったところなのだろう。

二人は互いに名前こそ名乗らなかったが、いろいろな話をした。美女は占い師であるらしく、ネフェリエが探し物をしている、と言うと、ならば占って差し上げる、と言った。お代はなしでいい、という彼女にネフェリエも無下に断れず頼むことにした。

ネフェリエの手を握った彼女が目を閉じると、二人の間に魔力が交わされる。なるほど、占い師かどうかは不明だが、それなりの魔術師らしい、とネフェリエは思った。

そんなエルフの手を握ったまま、美女は目を閉じながら呟く。


「探し求めるのは、温もり。遥か昔に失せたもの。そうね」


「・・・・・・・・・・・・そうだ」


「それは、黒い霧で覆われている。けれど、きっと見つかるでしょう。港町が見える。そこにいる、虹色の髪の少女を探しなさい。彼女が、あなたを導くでしょう」


紅い髪の美女の言葉に「どういうことだ?」と問うネフェリエ。そんな彼女に、早く急いだ方がいいわよ、と美女は言う。


「早くしないと、船が出てしまう。さあ、お行きなさい。誇り高きネフェリエ」


「あなたは、いったい・・・・・・・・・」


呆然とつぶやくネフェリエに微笑んだ美女は、人差し指を唇の前に運ぶ。そして、片目を閉じて微笑む。

次の瞬間には、そこにいたはずの美女はいなかった。

ただ、一輪の薔薇だけがそこに残っていた。


「いったい、なんだったんだ」


そう呟いたネフェリエが薔薇を手に取る。

思い浮かんだのは、女の言葉。

虹色の髪の少女。そんな奇抜な人物が、娘へと導くというのか。

馬鹿馬鹿しい、と彼女は想いながらも、その足は歩き出し始めていた。

もとより当てのない旅だ。占いでもなんであろうとも、可能性にかけてみるだけだ。

槍を手に持ち、酒場を出ていくネフェリエは、港へと向かう。定期船が出る港町は、限られている。


「駄目で、元々さ。そうだろう、ランドール」


それでも、私は。その言葉を飲み込み、旅人は去っていく。





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