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祝福されぬ者たち ―Ungifted Heretics― 完全版  作者: 七鏡
思い通りにならないなんて諦めたくはないから
71/124

そして少女は希望を見る

ハアハア、と荒い息をつき、地に足をつく二人の戦士。その眼前に立つは、血に塗れた魔神。

ハザは血に塗れながらも、その狂った笑みを途切れさせることはない。なおも死をもたらさんと、彼はその鋭い爪を振りかざす。

クィルの竜化した腕を切り裂く爪。竜の鱗も、その下の肉も引き裂く。


「くぅあ・・・・・・・・・・!」


「クィル!」


レイラは剣を握りしめ、魔神に切りかかる。一回剣を振っただけで、二度、三度、と斬撃が降り注ぐ。だが、それすらも魔神は難なく避ける。


「はっはぁ!!」


暗黒の瞳から放たれる光線に、レイラは咄嗟に身をかがめる。彼女の頬をかすめた光線が背後の木々を焼き尽くす。

化け物、と二人は感じていた。

傷を負っていながらも、魔神の実力は二人をはるかに凌駕しているのだ。


「くそ、このままじゃ、エノラたちと合流できないか」


「なんだぁ、合流できると思ってたの?」


俺様が赦すわけねえじゃん、と笑い、にやりと意地悪い笑みを浮かべる。


「もっとも、あいつが逃がすわけがないんだがねえ」


「あいつ?」


クィルがき、と強い瞳で魔神ハザを睨む。ハザはクツクツと嗤う。


「お前たちがどれほど頑張ろうとも、この世界は終わる。お前たちはみいんな、絶望のうちに死ぬんだよ」


「そうはさせない。俺はまだ、何もしていない・・・・・・・・・!!」


クィルは立ち上がり、抗う。こんなところで、終わるわけにはいかない。

だが、彼にもわかっていた。このままでは、勝てないことを。


「レイラ」


クィルに名を呼ばれ、少女は彼を見る。少年は、強い決意を秘めた顔で少女を見る。そして、言った。


「エノラたちが心配だ。行ってくれないか?」


「クィル!?」


一人でこの魔神と戦うというのか。そう言う表情のレイラに、静かに頷く少年。


「完全に竜化すれば、あるいは」


「無茶だよ、そんなの!」


「やってみなければ、わからないよ」


完全な竜化をすれば、彼の彼としての意識はなくなる。ただ、自分以外のすべてを破壊する魔物に墜ちる。

だが、そうしてでも、目の前の魔神だけは倒さねばならない。クィルはそう感じていた。

だから、仲間が近くにいることは、彼にとってはただ邪魔なだけ。

それだけではない。

仮に自分が死んだとしても、レイラが生きてエノラを、子どもを守ってくれるなら、荒廃した世界であろうとも生きていてくれるだろう。

そう言う思いがあったのだ。

だが、レイラはそんなことは厭だった。

エノラに必要なのは、レイラではなく、クィルだ。彼女が愛しているのはクィルで、そのお腹にいる子供の父親は彼だ。

彼を残す、なんてできるはずがない。


「へえ、俺に勝てる気でいるのかよ、紫頭ぁ」


いいぜえ、とハザが嗤う。彼はもう、クィルを逃がすつもりは毛頭もない。


「行け、レイラ・・・・・・・・・・いや、レヴィア=ツィリア」


「!?」


「本当は、あなたが誰かは知っていた。けれど、黙っていた。俺はあんたを利用していたんだ。そうやって同情やらなんやら持ってもらえば、記憶を取り戻しても、ってな」


ずるい男だろう、と笑うクィル。

だけど、そこまでしてでも守りたいものがあった。かなえたい明日があった。

その想いを知っているから、レイラは何も言えない。

ただ黙って、その手の剣を翳す。

騎士としての礼を受け、クィルはふ、と笑う。


「さあ、行ってくれ。もし、彼女に会えたら、愛している、と」


「それは、君自身の口から言え。クィル」


だが、彼がここで死ぬ気なのは彼女とて知っている。

止めることはできない。それは、彼が決めたこと。

レイラはさようなら、と心の中でつぶやき、走り出す。


「逃がすな、ジェネス!」


レイラの前に立ちはだかるエルフの少女。だが。


「我が道を阻むなっ!!」


レイラの、それまでとは違う動きの剣で一瞬で切り伏せられた少女は、信じられない、と言う表情で絶命した。剣聖と謳われた彼女を止めるには、ジェネスでは役不足であった。


「貴様ァ!!」


玩具を壊されたハザの怒りの声。レイラに向かおうとするハザの前に、クィルが立ちはだかる。

魔力がクィルに集まり、その肉体は異様に変化していく。


「通しはしない」


「クソガキがああ!!!」


襲い掛かるハザ。だが、彼の前にぐっと伸びた紫色の腕が魔神を捉えて、大地に叩きつける。

一瞬後には、少年は巨竜に姿を変えていた。

紫色の、獰猛なる魔物の姿。

ぐぉぉ、と低い声で鳴き、そして天に高く吠える。

そして、鋭い爪でハザの肉体を引き裂いた。


「かぁあああああ!!」


叫ぶハザ。ハザは笑みを浮かべていない。その顔には確かに焦りがあった。ハザの焦りなど知らず、クィルだったものは波佐を地面にたたきつける。何度も何度も。

ハザの顔は大きくゆがみ、歯が折れ、鼻がつぶれる。目は大きく腫れあがり、顔からは血が零れる。


「調子に、乗るなぁ、このトカゲ風情がああ!!」


ハザは叫び、両手の爪を伸ばす。光の爪がハザを掴むクィルの手を切り刻む。指が切断され、クィルは苦痛の鳴き声を上げる。

そのままハザはクィルの巨大な頭に飛び乗ると、その右目に手刀を叩きつける。右目をえぐり出し、それを切り刻む。


「痛いかあ、痛いかあ?トカゲやろぉおおおおおおおおお!!」


ふざけやがってぇ、と叫びながらハザはクィルの顔面を叩き、切り付け、破壊する。

クィルの巨体が倒れる。竜の頭部を踏みつけながら、ハザはなおも攻撃を辞めない。


「はははー、ザマァみろ、トカゲ野郎」


ピクリとも動かなくなった竜を見て、ハザは地面に降り立つと、背を向ける。


「このハザ様に敵うと思ってんのかよ、ゴミ蟲め」


そういい、狂った笑い声を上げるハザは、気づかなかった。

背後で竜がわずかにその首を持ち上げ、最期の一撃とばかりに攻撃しようとしていたことに。

ハザが気づいたのは、しばらくしてから。

自身の上を何かが覆っていることに気づいたのだ。


「は?」


「オオオオオオオオオオオオオンッ!!!!」


「!!?」


噛みついてきたクィルの攻撃をすんでのところでかわし、ハザは怒りの一撃を魔力とともに放った。魔弾がクィルの竜の頭を貫き、完全に破壊する。

完全に死んだことを確認し、ハザは狂ったように笑う。

狂ったように笑い続けるハザは、さらなる破壊を求めて踊り始める。






レイラは、いやレヴィア=ツィリアは奔る。

託された思い。それを無下にできるわけはない。

騎士として、約束を違えることはない。

自分は不器用だから、こういう生き方しかできない。だが、それを悔いたことなど、ない。


「・・・・・・・・・・・!!」


エノラらが通ったと思われる道をたどるうち、彼女は一人の男を見つけた。

魔神セウスであった。

魔神は静かに目を閉じ、その腕の中に少女を抱いていた。彼の愛剣は、度重なる戦いによる損傷ゆえか、折れていた。


「セウス」


「レイラ、か・・・・・・・・・・・・」


砂色の髪を揺らし、魔神は目を開く。


「いいや、レヴィア=ツィリアが私の真の名だ」


「レヴィア=ツィリア・・・・・・・・・・ツィリア、か」


セウスはそう呟き、感慨深げに笑う。


「なるほど、その剣はツェツィーリエの持っていたものだな、よくよく見れば」


レヴィアはその名にピクリと眉を動かす。

ツェツィーリエ。初代剣聖であり、レヴィアが持つこの剣、『剣聖剣』の本来の持ち主。

そうか、とレイラは思い出す。セウス王の臣下であり、友人であったツェツィーリエとは、面識があって当然なのだ、と。

レヴィアを見て、セウスは言う。


「エノラは、この先にいった。私はもう、動けない」


そう言い、動かないセラーナを見る。オレンジ色の髪を撫で、セウスは息をつく。


「ツィリアの名を受け継ぐ者よ。汝が誇り高き騎士ならば、頼みがある。エノラたちの子を、守ってほしい」


セウスは静かに言う。


「我々の希望を・・・・・・・・・・・頼む」


その言葉に、レヴィアは頷く。そして力強く言う。


「御意、偉大なるセウス王よ」


ふう、と息を吐き出し、セウスは目を閉じる。


「ああ、安心した。・・・・・・・・・・・・・セラーナが、待っている。それに、眠くなってきた。少し、眠ろうか」


そう言い、長き時を生きてきた偉大なる王は、静かにその命の炎を燃やし尽くした。

レヴィアは自身の剣を掲げ、偉大なる王の死を悼んだ。

そして、託された思いを胸に、再び進みだす。




エノラとリナリーは安全な地を求めて走り続ける。

途中、あの謎の軍勢により多くの人が殺されるか、はぐれるかして、もう二人しかいなかった。

荒い息を吐きながら、二人は奔る。


「クィル・・・・・・・・・・・・・・・」


別れた恋人の身を案ずるエノラ。その手は自身の腹を押さえている。

守らなければ、この子だけでも。そんな思いで、彼女は奔る。

リナリーは何かを案じるような顔で黙ってエノラに付き従う。


そんな二人の前に、巨大な何かが現れる。

それは、何か顔のような建造物であった。

魔神トラキアの作り出した『世界蛇』。

そして、その前に立つ一人の男がいた。

男は、静かに二人にその顔を向ける。

その顔を見て、エノラは絶句する。


その顔を、エノラは忘れはしない。

かつて、アクスウォード王国で幼い彼女と話した兄。

無能と言われ、存在さえも認められず、いつしか消えていた王子。

黒い髪、黒い瞳。エノラと同じ、アクスウォード人の特徴。

その目には、計り知れない絶望と怒りが宿っていた。

エノラは、兄の名を叫んだ。


「アンサズ兄さん!!」


その声に、アンセルムスは静かに顔を上げ、血の繋がった妹を見た。


「エノラ」


かつてとは違い、その声には優しさも何も感じない。

かつて、抗い続けた兄は、もういなかった。


「なぜ、兄さんがここにいるのですか?」


エノラの後ろで、リナリーが目を閉じる。


「エノラ、それは俺がこの事態を引き起こした張本人だからだ」


その言葉に、エノラは目を見開く。

この事態、とはこの虐殺のことか。

そんなエノラの前で、彼は笑う。


「この世界をここまで導いたのは、全て俺だ」


両手を広げ、アンセルムスは高らかに言う。


「俺を認めなかった世界を、この俺が、スキルも何もない俺が壊してやった!!いい気味だなァ、ええ!?」


アンセルムスは狂ったように叫ぶ。エノラは、その声に言いようもない深い絶望を感じた。

エノラは知っていた、兄がどれだけ認められようとしてきたかを。

それでも。


「兄さんは、なんてことを・・・・・・・・・・・・・どうして、どうしてですか!?」


「お前にはわかるまい、エノラ」


アンセルムスは、悲痛な声を上げ、涙さえ浮かべる妹に冷たく言い放つ。


「すべてを持ち、愛する恋人までいて。なあエノラ、お前は幸せだったろう?」


俺にはそんな幸福さえも許されなかった、とアンセルムスは震える声で言う。

この手からは零れていく。それだけではない。何も、掴むことはできない。

太陽の光も、何もかもが憎い。

絶望だけが、彼の友であり、理解者であった。


「俺は、俺にそんな運命を押し付けた神を許しはしない!この世界を、赦しはしない!壊す、全てを、そして、灰の中から再び作り出す・・・・・・・・・・・・・あるべき秩序を」


混沌を。

アンセルムスは暗い微笑を浮かべる。

そして、天に輝く太陽を見た。


「これから俺は神を殺す。だが、その前に俺はお前を殺す、エノラ」


アンセルムスが左手に握る剣を構える。


「お前だけが、唯一俺の家族だった。だが、それは幻想だ。お前を殺して初めて、俺は弱い俺を超えられる!だから」


死んでくれ、妹よ。

そう言ったアンセルムスの剣が、エノラに迫る。

ショックで動けないエノラの胸に、その剣が突き刺さる。


「あ、ぁあ」


エノラが、血を吐き出しながら呻く。リナリーが後ろで息をついた。


「さらばだ、妹よ。安心しろ、お前が再び生まれ落ちた時、きっと世界は――――――――――」


そう言い、妹を強く抱きしめながら、剣を突き刺す。

そして、刃を抜いた。

どさり、と倒れたエノラをもう視ることもなく、アンセルムスはリナリーを見る。


「お前も殺してやろう」


「・・・・・・・・・・・・アンセルムス、あなたは」


何かを言おうとしたリナリーの言葉を遮り、アンセルムスはその剣を少女の腹に突き刺した。

ああ、と悲鳴を上げ、少女は倒れる。

僅かに狙いがそれたせいで、少女は死ななかったが、それでも虫の息。

アンセルムスは剣の血を払うと、興味もなくした様子で世界蛇に向かっていく。

そして、これから神を殺しに行くのだ。

天上で、この世界を見下ろし、自身をあざ笑う神の喉元に剣を突き立てるために。


あはははははは、と空しい笑みが響く。

そして、蛇は天に向かっていく。



その様子を見ながら、少女は身じろぎする。

腹の痛みは大きく、自分の命も長くない、とわかった。

何度も繰り返した。だから、もう慣れた。

それでも、もうこの光景を繰り返したくはなかった。

だから。


「赦して、エノラ、クィル」


やっと、決心がついた。

リナリーは、死したエノラのもとに体を引きずると、その左手を彼女の心臓に当て、そしてその腹に当てる。


「我に与えられし力よ、我が願いを聞き届けよ、そして叶えよ」


エノラ、生き返って。

そして、まだ生を受けていない、最後の子よ。希望を、託しましょう。

もう、こうするしか道はない。


自分がどんなことをしているのか、リナリーにはわかっていた。

本来ならば、自分たちが背負うべきものを、赤ん坊に背負わせようとしていることを。

それでも、もうこの悲劇を繰り返したくはなかったから。

責めならば、いくらでも聞こう。すべてが終わったその時に。

それでも、今だけは。


「お願い、エノラ・・・・・・・・・・・・!!」


その言葉に、死んだはずのエノラの身体がピクリ、と動く。

そして、わずかにその胸が上下に動き出す。

よかった、とリナリーが息をついた瞬間、彼女の肉体に痛みが走る。

焼けつくような、痛み。

それは、スキルを行使した代償。その対価は、命。


「ああ」


死は慣れた。

けれど、


「やっぱり、厭だな・・・・・・・・・・・」


そして、薄れゆく意識の中で、リナリーは仲間たちの顔を思い浮かべる。


「さようなら、皆・・・・・・・次こそは・・・・・・・・」


きっと。








エノラが意識を取り戻して目に見たのは、レヴィアの姿であった。


「気づいたか?」


「レイ、ラ?」


「いや、私の名前はレヴィア=ツィリアだ」


そう言い、彼女の身体を起こす。


「私は、死んだはずじゃあ・・・・・・・・・・・クィルは、リナリーは、ほかのみんなは!?」


エノラの言葉に、レヴィアは首を振る。そんな、とエノラが呟く。

エノラはふと、空が暗いな、と天を見た。

そして、驚愕した。

太陽は、ぼろぼろと崩れていたのだ。


「神が、死んだんだよ」


「・・・・・・・・・・・・・・そう」


兄さんがやったのね、とエノラは呟く。

そして、自身の腹を無意識に撫でる。

お腹の中で、ピクリと赤ちゃんが動いた、様な気がした。

その鼓動に、エノラは涙を流す。

ひっく、と泣きじゃくる少女を騎士は静かに抱きしめた。





しばらくして。

二人の女性は立ち上がり、荒廃した世界を歩き始めた。

希望は、まだ潰えてはいない。

そう、まだ、終わってはいないのだ。






神を殺し、

世界を壊し、

彼は満足していた。


アンセルムスは、ついに勝利者になれたのだ。

やっと、彼は認められるのだ、世界に。


アンセルムスは世界蛇の腹の中の玉座に独り、座っていた。

彼の前には、フォクサルシアの少女が一人、ぽつんと立っていた。


「これで、満足ですか、アンセルムス様」


「ああ、これでいい」


そう言い、アンセルムスは目を閉じる。


「キアラ、よく今まで、ついてきてくれたな」


「・・・・・・・・・・」


そう言い、立ち上がり少女を抱きしめるアンセルムス。

そして、その懐から光る何かを見つけ、キアラは目を見開き、そして諦めたように呟く。


「私も、あなたにとっては所詮、道具だったんですね」


「・・・・・・・・・・・・・」


沈黙を返したアンセルムスは、短剣を少女の胸に突き刺した。

少女は痛みを感じる間もなく、死んだ。


「すまないな、キアラ。俺は、誰も愛せない。もう、誰も」


それに、これから俺に待つ運命は、とアンセルムスは呟き、そして玉座の間に入ってきた陰たちを見て笑う。


「遅かったな、クロヴェイル」


その視線の先には、クロヴェイルがいた。

おそらく、キアラが招き入れたのだろう彼らは、自身を殺しに来たのだと、アンセルムスにはわかっていた。

クロヴェイルが来ると思い、ハザをよこしたのだが、どうやらあの魔神もクロヴェイルには叶わなかったのか。

だが、それももうどうでもいい話であった。


「アンセルムス」


怒りのクロヴェイルに、嘲笑を浮かべ両手を広げるアンセルムス。


「どうした、クロヴェイル?俺はここだ」


「アンセルムスゥ――――――――――!!」


クロヴェイルの剣が、アンセルムスの胴体を薙ぎ払った。

そして、

クロヴェイルが偽りの勝利を掴むとともに、世界蛇は爆発した。英雄もろともに。アンセルムスが自身の命尽きた瞬間、爆発するように細工を施していたためだ。

天高く、太陽をも巻き込んで世界蛇は崩壊し、地に堕ちる。

全てが終わった。







かくして、光を失い、神の祝福もなくなった世界は、

死に溢れ、絶望に染まり、

新たな生命が生まれることはなかった。

生き残った生命も、死を恐れ、打ちひしがれていた。

そんな祝福なき世界で、

でも確かに、生き続ける生命があった。

母親と、騎士に見守られ、その子どもは健やかに育っていった。

そして、いつか誓った。

未来あすを、取り戻そう、と。



「母さん」


エノラは、笑った。儚げに笑う母の手を握り、彼女は泣く。


「私は、変えてみせる。絶対に、絶対に!!・・・・・・・・・・・・だから」


そんな彼女を撫でて、エノラは言った。


「ええ、いつまでも見守っているわ。だって、私はあなたのお母さんだから。だから、私はあなたの想いを尊重するわ。辛い道でも、あなたなら、きっと乗り越えられる」


そう言い、衰弱したエノラは吐き出すように言った。


「愛しているわ、この世界の誰よりも」


そして、彼女は愛する夫と仲間たちのもとに逝った。

母の死を見た彼女は後ろでその様子を見守っていたレヴィアを見る。


「師匠」


十数年を共に過ごしながらも、容姿の変化がないレヴィア=ツィリアは頷き、少女を見る。


「覚悟は、変わらないか」


「はい」


そうか、とレヴィアは呟くと、その腰に下げていた剣を外し、少女に渡す。

少女は驚く。それは、レヴィアが師より授かり、自身の相棒とまで言っていた剣であるから。


「これを、餞別代わりに」


「師匠、でもこれは・・・・・・・・・・?」


「古代トローア時代から伝わる名剣です。私もこれを師より受け継いできました。これを、あなたに託しましょう。我々の希望とともに。そして、今日から、あなたがツィリアの名を継ぐのよ」


「師匠・・・・・・・・・・・・・」


涙ぐむ少女を見て、騎士は笑う。


「おそらく、あなたの向かう世界では、私とも会うでしょう。ですが、その時の私は敵かもしれない。けれど、忘れないでください。あなたと過ごした私は、決して偽物ではない、と」


「・・・・・・・・・・わかりました」


その金色の輝きを放つ瞳からは、涙があふれて止まらない。そんな様子を見て、騎士は「困った子だ」と苦笑する。


「まったく、いい大人が泣くんじゃありません。・・・・・・・・・さぁ、生きなさい、ミアベル」


そして、レヴィアの眼にも、光る何かが見えた。

その時、少女の身体を何かが縛る。周囲の空間がゆがみだす。

戸惑う少女に、最後に笑みを浮かべてレヴィアは言った。


「世界を、頼みましたよ」


「師匠――――――――――!!!」


泣き叫んだ少女の姿が、掻き消えた。

そして、違う次元に飛んだことを確認すると、レヴィアは静かに息をつく。

彼女がどこの時代に跳んだかはわからない。だが。

これが、レヴィアにできる最後のこと。

レヴィアと言えども、世界を、次元を超えるなど、規格外のことである。それをやってしまったからには、安い代償では済まない。

悠久の時を約束されていながら、希望のためにレヴィアは命を差し出した。


「フフ、まったく。泣き虫ですね」


居なくなった少女を思い出し、笑う。強情ぶっていながらも、内心は優しく、涙もろい少女。

果たして、彼女に帰ることができるだろうか。


「いや、私が信じてやらないとどうするのでしょうか」


寝室に横たわり、もう動かないエノラの手を握り、レヴィアも目を閉じる。


神が死に、生命は滅びを待つしかない世界。


「思えば、いろいろなことがあったな」


それも、今では過去の出来事。


「ああ、眠くなってきたなあ」


目を閉じて、寝台の横に身を置くと、そのまま騎士は動かなくなる。




そして、少女は夢を見る。






剣を見つめて、少女は呟く。


「母さん、師匠」


そして、天を見た。同じ空のもと、この空を見ているであろうアンセルムスに向けて、彼女は言う。


「思い通りにならないなんて、諦めたくないから」



硬い決意と希望を胸に、彼女は歩き出す。







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