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祝福されぬ者たち ―Ungifted Heretics― 完全版  作者: 七鏡
思い通りにならないなんて諦めたくはないから
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追憶 祝福されぬ者 3

「ああ、そういうことなんだ。君が気にしていたのは、それかぁ」


ナターシャはわずかに微笑み、俺を見た。

思っていた反応とは違い、俺は唖然とした。

動揺もせず、失望も見せず、憐れみもせず、ただただ俺を見る彼女の目は、先ほど俺を好きだと言った時の目からさほど変化はないようであった。

なぜだ、なぜなんだ、と俺は思った。

俺は「祝福されぬ者」で、だから誰からも受け入れられることはなくて・・・・・・・・・!

今までも、これからも、ずっとずっと一人で・・・・・・・・・。


「どうして」


「え?」


「どうして、受け入れられる・・・・・・・・・俺のことを・・・・・・・・・」


信じられなかった。

俺を受け入れてくれる彼女と言う存在が、急に遠い存在に思えてきた。

湖面は揺れる。


「今まで、誰もが俺を認めてこなかった!親も兄弟も、誰一人として、俺を人間として、この世界に生きるものとして、認めてくれなかったのに!なのに、どうして、どうしてお前は・・・・・・・・・!!」


俺の中の心は、混沌の様相であっただろう。

言いえぬ感情が、胸の中でのた打ち回る。

あの冷笑、あの目、あの悪意。


『お前なんて、生まれてこなければよかったのに』


生みの親の、冷酷な言葉。


『さっさと死ねば、面倒も少なくなるのに』


敬うべき王家の子どもを見て、嘲笑う貴族たち。


『醜いなあ、人間のふりをした人形が』


才能あふれる兄たちの嘲笑。



我慢し、努力し、それでも、越えられなかった。

逃げ出すしかなかったあの日々。

まるで、そんな俺の苦悩をなかったかのように、平然と受け入れてしまうナターシャが、俺は信じられなかった。


嘘だ、嘘だ、嘘だ。


理不尽、理解不能!


そんな目で俺を見るな、俺を見るな!!


「俺を、そんな目で見るな!!」


こちらを慈愛のこもった目で見るナターシャに、俺は叫ぶ。

今までも、これからも、俺は独りだ。

この世界で俺のことを理解できるのは、俺一人なのだ。

俺以外に、この苦しみは理解できない!

俺は知らぬ間にその目から涙を流していた。その涙が頬を伝い、地に落ちる。

ナターシャは静かに俺の前に立っていた。

悲しそうな顔、美しき瞳は俺をわずかに見上げている。

拒絶するように泣き喚く俺に、一歩、また一歩と彼女は近づいてくる。


「そうやって、我慢していたんだね」


「・・・・・・・・・・・っ!!」


彼女の匂いがふわ、と舞い込み、俺の鼻をくすぐる。

柔らかな女性の腕と体に抱きしめられる。

確かな熱。

今まで、自分以外の誰かとここまで触れ合ったことはなかった。

いつも、身体のどこかで感じていたあの芯から感じた寒さ、それがなぜか今では感じない。

ナターシャは俺を強く抱きしめる。


「俺は・・・・・・・・・・・・・・」


言葉にならない思いを、それでも俺は言葉にしようとし、詰まる。

そんな俺の頭を掻き抱き、言わなくてもいいよ、と彼女は言う。


「私の恩恵は、他者との共感。五感や感情とか、そういうものを分かち合う力。でも、私自身にはコントロールはうまくできないの。だから、君のその悩みを、私、知っていたんだ」


その告白に、驚く俺。


「勿論、最初は君がスキルがないって知って、驚いた。本当にそう言う人がいるなんて、思ってなかったから。でもね、一緒にわかったんだ。君の思いを、今までの努力を」


だから、嫌いになんてなれるわけなかった。

震える声で彼女は言った。俺はただ、嗚咽をこらえてその言葉を聞くことしかできなかった。


「君にとって、スキルがないってことは大きな、大きなハンデだと思う。けどね、そんなこと、私にはどうでもいいんだ。・・・・・・・・・・・私は、君と言う人間が好きなんだ。完全でないけれど、そんな君が私は好きなんだ」


「俺は、・・・・・・・・・・・俺、はッ・・・・・・・・・・」


「もともと、この世界に完全な人はいないんだ。スキルだって、万能の力じゃない。スキルがその人を決めるわけじゃない」


胸元の少女の顔を見る。

美しく笑う少女の顔に、俺の目から零れた涙が落ちる。

背こそ高いが、年下の俺をなだめるように頭を撫でる。


「こうして、甘えることも愛されることも、認められることもなく、けど必死に頑張ってきた」


「・・・・・・・・・・・・・・」


「もう、いいんだよ。我慢しなくて、無理しなくて。ここが、君の居場所だから」


ナターシャはそう言った。

その言葉は、きっと今までの人生の中で、もっとも俺の心に響いた言葉だった。


「本当に?俺は、ここにいていいのか?」


「ええ。みんな、あなたを受け入れてくれるわ」


ナターシャはそう言い、背伸びをして、俺の頬に口をつける。


「神様が祝福してくれないのなら、私たちがあなたに祝福を上げる、だから」


自分を卑下しないで、あなたはここにいるのだから。



抑えていた声も、涙も、もう止まりはしない。

大声で、見っともなく鳴く俺を、優しく胸に抱きながら、ナターシャは何時までもそこにいた。





二人、湖面の近くの草原にその身を横たえ、星空を見る。

満天の星空。

今まで、世界のすべてが敵に思えていた俺にとって、今日の空は、なぜだかとてつもなく美しいもののように感じた。


「綺麗だな」


「そうね・・・・・・・・・」


空を見ながら同意するナターシャに、俺は苦笑した。


「なぁに?」


「いや、君がきれいだ、って言おうとしたんだ」


そう言うと、ナターシャは真っ赤になって、「もう!」と言う。


「あなた、性格悪いわよ!」


「でも、そんな俺が好きなんだろ?」


俺が笑うと、口ごもりながらもうなずくナターシャ。

それがとても愛おしくて、俺はつないだ手を強く握った。


「・・・・・・・・・・ありがとう」


「お礼なんて、言われることしていないわ」


「いいや。俺は、きっと誰かに認めてほしかったんだ。ここに、俺がいる。確かに生きている、って」


だから、といった俺の手を握り返すナターシャ。


「ナターシャ?」


「何度でも言ってあげる。あなたは確かに生きている。ここにいていい。私はあなたが好き」


照れもせずに言うが、やはり恥ずかしかったのか、すぐに紅くなる。

それがおかしくて、俺は笑う。つられて彼女も笑う。


そんな時間が、永遠のように感じた。

ずっと、このまま時間が止まってしまえばいいのに。

やっと、俺という存在が世界に認められた気がした。

俺の中での世界への憎しみは消え、俺の止まっていた時間は動き出した。






一座の中での俺の担当は芸やらなんやらではなく、専ら金や宿や公演の手配、といったものであった。

才能こそからっきしだったが、幸い、こういった事務やらをやる分には俺は知識があったし、一座のために役立ちたい、と言う意識もあり、憶えることができた。

俺が無能力者と知っても、一座の人々は受け入れてくれた。

もともと、この一座の人も、他人からの差別やいろいろな事情でこうして旅する身となった人ばかりで、そう言った境遇に少なからず理解があった。それに、子どもたちの頼れる姉であるナターシャの思い人とあれば、強く出ることなどできるわけもない。

祝福の声をあげ、俺を受け入れてくれた。




俺はナターシャと正式に付き合いだして、一か月後、彼女にあるプレゼントを渡した。

それは、指輪であった。

俺がなけなしの金で買ったもので、盗みとかではなく、真っ当な手段で買ったものだ。

安物だが、俺の気持ちを形にしたかった、と言うと、少女は笑い、自身の指にはめて笑う。


「ありがとう」


その笑顔が、何よりもうれしかった。

いつか、本物を渡せるときになったら、改めて彼女に言おう。

ともに、命の終わるその時まで一緒にいてくれるか、を。




ある日、俺は一座が次の後援で立ち寄る街に一足先に向かっていた。

宿の手配やらいろいろとすることがあるからだ。慣れたもので、もう一人でも大丈夫だろうと負かされたのだ。

ナターシャは俺との時間を惜しんでいたが、これも俺が一座の中で認められているゆえだというと、納得してくれた。

お前は躍りしっかりな、と言うと、笑って頷いた。

俺は、彼女の笑顔を見れれば、何もいらなかった。

意気揚々と出かけ、俺はもろもろの手続きやらを済ませた。

そして、一座が来るまで街で何かナターシャへのサプライズでも物色しようか、と思った。

そんな俺は、街の入り口近くで何やら騒ぎがあることに気づいた。

なにやら、傷だらけの兵士のような男がいて、倒れているのを街の人々が介抱していた。

血を吐きながら、兵士は何かを言い、意識を失う。

人々が大きな声で何かを言う。

俺は気になって近くの商店の男に話しかける。


「何があったんです?」


「なんでも、傭兵崩れのやつらが、現れたらしくてあの人のいた行商を襲ったらしい」


この街の南の方らしい、と呟いた言葉に、俺は唾をのむ。

南。


(ナターシャたちのいる方角―――――――!!)


俺はいてもたってもいられず、近くにいた馬に乗る。

持ち手の男がそれを見て俺に何か言っているが、俺は気にせず馬を走らせる。

馬は機嫌が悪そうだったが、そんなこと関係ない。無理やり走らせ、俺は南の方角に向かう。


俺が言ったところで戦力にはならない。だが、警告くらいは、できる。

一座にも、腕の立つ人はいる。大丈夫かもしれない、けれど。


不安だけが、胸の中にあった。


無事でいてくれ。

そして、俺は天に祈る。


(なあ神様、俺はあんたのこと信じてねえし、祈りもしない。けれどお願いだ、ナターシャを、皆をすくってくれ・・・・・・・・・・・!!)



闇の中で、やっと見つけた俺の希望を、奪わないでくれ。

やっと信じられる気がした。やっと、認めてもらえた。

俺がいてもいい場所を。

もしも、世界がすべての人々に平等ならば、俺からその場所を奪わないでくれ。



俺は急いだ。死ぬほどに息を切らし、ただただ必死に。

俺にできることはないかもしれない。それでも、それでも。

だから神様、お願いだ。俺から奪わないでくれ。俺がやっと手に入れたものを、俺から奪わないでくれ。
















そして、俺の見たものは、絶望であった。




焼け跡。

恐らく戦ったのだろう、腕の欠損した焼死体がいくつかあった。

子どもたちは逃げることもできずに死んだのだろう。助けを求めるように空を仰ぎ、手を挙げている。

苦しかったろう。

その手を握りしめると、手は炭化し、風に吹かれて崩れる。


その子の死を悼みながらも、俺はナターシャの姿を、生存者の姿を探す。

けれど、これを行ったものはきっと生存者を残すはずはないのだ。

犯し、奪い、殺す。きっと、そんな奴らなのだから。

それでも、俺は彼女を探し求める。

燃え滓。

あれほど笑い合っていた人々も、あのテントも、全て焼けてしまった。

思い出はもはや、俺の中にしかない。

昨日まで一緒に笑い合っていた一座の仲間は、死んだのだ。

空虚。

涙からは、静かに涙が零れる。

止められない、止まらない。

ナターシャを探す。

彼女を、探す。

けれど、もはや炭化した死体に、見分けはつかない。

と、俺はふとある死体の指を見て、絶句した。


死体の指に光る指輪。それは、俺がナターシャにプレゼントしたものであった。

やすっぽいそれは、業火の中でも溶けてなくならなかったようだ。

色こそ変色していたが、間違いはなかった。



「ナターシャ」


動かない、もはやただのモノと化した恋人を抱きしめる。

強く抱きしめたせいで、炭化したそれは崩れて、風とともに俺のもとから去っていった。

俺の腕の中に残るのは、あの指輪だけだった。


浮かぶのは、彼女との思い出。

一年と数か月。

その時間の記憶が、流れては消える。

初めての幸せ。俺の本当の人生。それは、あっさりと消えた。


「なぜだ・・・・・・・・・・・・・」


俺は小さくつぶやき、空を見る。

爛々と輝く太陽。その輝きは、あまりにも残酷だ。

人の死すら、天にとっては関係のない、些事でしかないのだ。


「何故、俺から奪っていく!?そうまで俺が憎いか、世界よ、神よ!!」


やっと見つけた。やっと・・・・・・・・・・・。

何も与えられずに、やっとつかんだ幸せ。それすらも、俺から奪っていくというのか!


理不尽だ、あまりにも理不尽だ。

許されない。

赦されない。

ユルサレナイ。



彼らが一体何をした?

ナターシャが一体何をした?

なぜ、彼女らは殺されなければならなかった!?


おかしい。

この世界はおかしい。

平等などない、おかしな狂った世界。

皆それを知らない。この狂った世界で、神の思うままに動いているということを。


恩恵?

違う、これは呪いだ。

神の呪いだ。

世界は呪われている。得体の知れない存在の手で。


赦されるか、否。

赦しはしない。


報いを与えよう。

彼女たちを殺したものにも、この理不尽な世界も、その世界でぬくぬくとただ生きる人々も、全て。

偽りの世界を壊し、あるべき姿に戻すのだ。


たとえ、悪魔と言われようとも、

たとえ、孤独であろうとも、

我はあえて修羅の道を行かん。



死んでいった者たちのために、なにより自分のために。

止むにやまれぬ、この憎悪。

行き場のない怒り。

激動だけがこの身を動かす。



「ナターシャ」


愛しきものの名を告げる。


「いつか、再び君がこの地に生まれた時、その時こそ、君は幸せになれる」


そのために、この世界を浄化しよう。









数か月後。




傭兵崩れが何者かを探りだした俺は、奴らに接触した。

未だ俺の身体では低級の魔物一匹倒せないが、それでも悪知恵だけは一人前のつもりだった。

俺が知ったのは、あの事件の主犯の名前。

シュビリークと言う男。聞くところによると、「あの」クエンティンの右腕であるという。

傭兵王の右腕、ということは相当の腕利きだろう。俺のような奴がかなう相手ではない。

だが、だからといって俺は逃げるつもりはない。

殺す。

絶対に、殺してやる。


シュビリークと言う男の独断である、ということを俺は確信していた。

伝え聞く傭兵王の人物像を、俺はなんとなく想像していた。

だから、傭兵王の前に俺がいれば、傭兵王は俺を拾うであろうことを。

傭兵団ともなれば、いろいろと動き回ることもできる。それはいずれ世界を滅ぼすために必要なことを得ることができる。



俺は、右手に握った指輪を見る。

錆びつき、色は変わってしまったそれは、ただのゴミでしかない。

だが、それこそが彼女が、彼女たちが生きていた証である。

これは俺の誓いだ。

俺は決して忘れない。あの悲しみも、あの優しさも、全てを。

それを胸に秘め、俺は世界を壊す。

たとえ、どれほどの血が流れようとも。




『―――――――――』


ふと、

彼女の声が聞こえた気がした。

だけど、それは幻聴だ。


歩き始めよう、終末をもたらす為に。

俺は進む。地獄のようなこの世界を。

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