槍が紡いだ絆
バーティマ革命より、およそ120年前。
北のイヴリス大陸において、一つの戦争が起こった。
きっかけは些細なものであった。エルフ族の住む領域である森での、人間の密輸商人が勝手に気木々を伐採し、その挙句森に出ていたエルフの少女に狼藉を働き、奴隷として売りさばいた。
誇り高く、人間よりもすぐれた種族である、という意識を持つエルフにとって、それはプライドを傷つけられる出来事であった。
シレンの王、ロクシュヴァーは人間たちに対し、エルフ族の少女たちを連れ戻し、犯人たちと責任者の引き渡しを要求した。期日は一週間。それを越えれば、戦争もやむなし、と。
この要求に対し、ハンノ=イヴリス連邦、パラメスら大陸連合は要求を呑むふりをして戦争の準備を進めた。今更エルフの少女の身柄を探すことは到底一週間では不可能であったし、エルフの存在が目障りでもあった。シレンの森に隠された財宝や森林資源。それは人間族に遥かな繁栄を約束するであろう。
エルフなどと言う高慢な隠居者にはもったいない。それに、未だに彼らは人間を見下し、偉そうに口出しをする。そんなことを許しておけはしなかった。
一週間後、交渉のために訪れたエルフの使者を殺し、その首を森に投げ込み、人間側は宣戦を布告。これに対し、シレンもすぐさま宣戦を布告し返した。
およそ十年にわたるシレン戦争の始まりである。
戦争は国力などで勝る人間側に有利と思われていたが、エルフの秘匿してきた魔術などで戦況は思った以上に進まなかった。
シレン本国に攻め込むことはできず、人間側は膨大な金と人手を消費した。エルフ側は森を防衛線として張った。エルフの数からして、打って出ることはできなかった。
膠着した戦線。これに痺れを切らしたハンノ=イヴリス連邦は属国である小ルーハンのセバテモント騎士団を派遣した。セバテモントはハンノ=イヴリスが独自に進めていたとある研究で作られた部隊であった。人工的にスキルを作り出す、という秘密実験で作られたこの部隊を投入しなければならないほどに、戦争は芳しくない状況であったのだ。
部隊が投入され、ついにシレンの防衛線が崩れた。人間側がシレン本国を攻め込んだのが、戦争開始より七年後である。
エルフ側に初めて大きな損害が出た。ロクシュヴァー王も怪我をした。敵を何とか追い出しはしたが、戦線は壊れていた。立て直しを図るために、ロクシュヴァー王の一人娘が鎧に身を包み、前線に出ることとなった。
長い髪を結い、美しい顔を険しくしているエルフの王女は、槍を構え叫ぶ。
「人間たちよ、卑劣な人間どもよ。森を焼き払い、切り開かんとする者たちよ。今に神の鉄槌が貴様らを襲うであろう」
エルフの王女はそう言い、攻め込んできた人間を相手にする。女と言えども、王の娘として教育を受けてきた。武芸も人間に劣るものはなかった。
閃光のような突きと、魔術。それが吹き荒れ、戦場を赤く染め上げる。
「逃げろ、奴は化け物だ!」
怖れをなし、撤退する兵士たち。そんな中、一人の騎士が彼女を見ていた。
黄緑色の髪の、若い兵士であった。右半分の顔には入れ墨が入れられていた。目は、深い緑色。
血に染まった鎧。盾を投げ捨て、彼は槍だけを構えた。
「この私と戦うというの・・・・・・?笑止!我が槍の錆びにしてくれる!」
王女はそう言い、槍を構え突進した。この愚か者に、死の一撃を食らわせてやろうと。
彼女の一撃を耐えて見せた人間は未だいなかった。必殺の一撃。そう言われ、人間に恐れられた王女。
そんな彼のじゅおの犠牲者がまた一人、増えるはずであった。
けれど、必殺の一撃は避けられた。
放たれた槍が、王女の頬をかすかに切り裂いた。信じられない、と言う目で彼女はそれを見る。
同じように頬を切り裂かれた人間の騎士は、ニヤリと笑う。二人は同じタイミングで槍を戻すと、距離を取った。そして、槍を構え、にらみ合う。
外したばかりか、カウンターまで食らわせてきた相手に、王女は舌打ちをする。しかし、相手の技量が自分と同等かそれ以上であることは素直に認めなければならなかった。
決着を、と思った王女だが、人間たちは戦場を後にしようとしていた。形勢不利を悟り、撤退するのだろう。人間の騎士も、槍を構えたまま、それを見ると、名残惜しそうに後ろに引く。
騎士は口を開いた。
「我が名はランドール・クーン。小ルーハンのセバテモントの騎士!美しきエルフの姫君よ、あなたの名は?」
騎士の問いに、王女は私の名前くらい知っているだろう、と思った。だが、その技量に免じて、教えてやろうと思った。
「我が名はロクシュヴァー王の娘、ネフェリエ!」
「・・・・・・・・・・・ネフェリエ王女、今日のところはこの辺でお暇させていただく。だが、次に会いまみえた時は、今日の決着をつけようぞ」
「よかろう。その時は、我が槍の穂先に貴様の首がぶら下がっていることであろう。精々その日まで腕を磨くがいい」
ネフェリエが言うと、青年はニヤリと笑うと、身を翻し去っていった。
追撃しようとする見方に放っておけ、と言い、王女はその背中を見送った。
しばらくして、王女は崩れた戦線を立て直すために動き出した。
ネフェリエ王女と騎士ランドールはその後、何度も戦場で相対した。
けれども、両者の決着がつくことはなかった。
互いの技量が等しく、決着がつくことはなかったのだ。熾烈な戦いは誰も割り込むことはできないものであった。槍と槍の応酬。戦場の中で、二人は死力を尽くし戦った。
そのうちに、戦争開始より十年が経った。いたずらに時間ばかりを浪費し、犠牲を出してきた戦争は、両陣営に多くの損害しか与えなかった。
エルフ王ロクシュヴァーは、種族の衰退を畏れ、人間側に和平の使者を送った。かつて、死者を切り殺した人間側も、これ以上戦争をしてまで得るものはない、とこの和平案を受け入れた。
シレン国において、人間側との和平が結ばれ、戦争は終わった。シレンは今まで通りの独立を保ち、必要以上の人間族の干渉はなし。人間側もそれで同意した。奴隷商や密輸業者が入り込まぬよう、人間国側でも監視をする。それにより、十年前の犠牲はないように、と。
再び平穏が戻ってきた。だが、ネフェリエはどこか空虚な日々を過ごしていた。
鉄の臭いの中、駆け巡った記憶。あの人間と撃ちあった記憶は、彼女を縛っていた。
平穏で退屈な日々。かつての栄光にすがりつき、排他的で傲慢なエルフ族。戦争が終了し、エルフ族は再びその活力を失っていた。
父のロクシュヴァーも、戦時はあれほど立派であったのに、腑抜けてしまった。
ネフェリエは満たされない思いを抱えていた。
「ランドール・クーン」
まるで、恋人を求めるように彼女は宿敵の名を呟いた。
決着をつけるまではあの戦争は終わるべきではなかった。私か奴か。どちらかの死をもってして、終わればよかったのだ、と。
満たされない思いは募り、戦争終結より一年後、ネフェリエは突如その行方をくらました。
ネフェリエ自身の置手紙の生で、人間にさらわれたわけではないことはわかっていた。だが、ロクシュヴァ-はその事態に、人間国への協力を要請した。人間側も再び戦争が興っては堪らない、とネフェリエの行方を捜した。
ネフェリエは捜索の手を逃れ、東の小ルーハンを目指した。
彼女が願うことはただ一つ、宿敵との決着。それまでは捕まるわけにはいかなかった。
森で野宿をし、フードでその耳を隠しながらネフェリエは小ルーハンへ向かった。人間族の生活は酷く不快であったが、それも決着の為ならば、と我慢した。
その槍の腕で魔物を倒し、金を得て、食糧を得た。放浪の戦士の様に生活しながら彼女は旅をした。
シレンを発って早数か月。ようやく彼女は小ルーハンにたどり着いた。
ランドール・クーンについて尋ねると、すぐさまその居場所はわかった。
クーン家と言えば、かつては栄光に満ちた槍の名手の家であったが、先先代の時、小ルーハンはハンノ=イヴリスの属国となった。その際、小ルーハンの英雄クーン家はその富と名声を奪われ、没落したという。
なるほど、とネフェリエは思った。あれほどの腕を秘めながら、前線で泥にまみれていたのはそうした事情からか、と。実に下らない理由であり、そんなもので彼が一兵卒として扱われることに、なぜか腹が立った。
何はともあれ、敵の場所はわかった。クーンの屋敷に向かえば、いるだろう。
夜半。ネフェリエはクーンの屋敷に向かった。
屋敷に忍び込んだ時、おかしいとネフェリエは思った。
あまりにも人の気配がなかったのだ。没落してはいるが、使用人や家族はいるはずだ。
ネフェリエがそう思い、屋敷を見て回るが、人は一人もいなかった。
ようやく見つけた人物は、彼女が捜していた人物であった。
中庭に一人佇み、夜の月を眺めるランドール。ネフェリエは彼の背後に立つ。
「・・・・・・・・・・・こんな月の美しい夜に、何か用ですか。ネフェリエ王女」
振り返らないで正体を言い当てたランドールに、ネフェリエも正体を隠す必要はない、とフードを下げた。
「ランドール・クーン、私がここに来た理由はわかるな?」
「ええ。ネフェリエ王女」
振り返ったランドールは微笑を浮かべてその深緑色の瞳に彼女を映した。その目に、微かな戸惑いをネフェリエは憶えた。
「長い戦いの決着をつけるため。それだけのために、あなたはここにおいでになった」
「わかっているならば話は早い」
ネフェリエはそう言い、ランドールを見る。
「明日、決着をつける。それを言いに来た」
ネフェリエは槍を持ってきていないし、ランドールも武器はない。それに、心構えもない相手を襲うなど、彼女の流儀に反する。
正々堂々と戦い破れるならばそれもよし。ただ、卑劣な勝利だけは避けたかった。
ランドールは彼女を見て、フ、と笑った。
「いいでしょう。ネフェリエ王女、明日で終わらせましょう」
そう言った彼は、寂しく笑った。
ネフェリエは明日の同じ時間帯にここで会おうと言った。それでいい、と彼も同意した。
ネフェリエは去る前に、一つだけ聞きたいと言い、彼を見る。
「この屋敷にはお前以外はいないのか?」
その問いに、彼は笑みを浮かべたまま答えた。
「皆死にましたよ、私以外はね。それに、ハンノ=イヴリスに睨まれている我がクーン家に寄り付きたがる物好きはいませんしね」
「・・・・・・・・・・・そうか、つまらないことを聞いた」
そう言い、ネフェリエは身を翻し、闇に消えた。
ランドールはそれを見て、再び空を見上げた。
月が雲に隠れ、風も吹かぬ夜。
槍を持った二人の戦士が荒れ果てた庭で対面した。
クーン家と言えば、言い伝えではセウス王の時代に彼に仕えた騎士ジュリアス・クーンの系譜に連なる、と言う。その一族の最後の騎士、ランドール・クーンは白銀の槍を構える。
彼から離れた位置には、ロクシュヴァー王の娘にして、次期シレンの王となるであろうネフェリエ王女が立っている。彼女は愛用している黒鋼の槍を構える。
一陣の風が吹き、それを合図に二人は奔りだす。
両者同時に攻撃し、避け、ステップを踏む。
観客のいない舞踏会。華麗に、激しく二人は躍り続ける。
穂先が身を切り裂く。けれど、痛みよりもまず喜びが込み上げてくるのをネフェリエは感じる。
胸の高まり、命のやり取りをしている感触。これこそが生きている証である。
見れば、相手もまた笑みを浮かべている。
そうだ、私たちはこういうものなのだ。ネフェリエは叫んだ。
「ランドールッ!!」
愛するものを呼ぶように、その声は熱がこもっていた。ランドールもそれに答えるように叫ぶ。
「ネフェリエ・・・・・・!!」
槍の応酬。隙あらばその命を奪わんとする必殺の一撃。けれど、それは必殺たり得ない。
風をも裂き、時間すら忘れて二人は躍り狂う。筋肉は痛み、体力は底を突きそうであった。それでも二人は本能が互いを求めあうように、身を寄せ、攻撃した。
朝の太陽が昇り、しばらくして決着はついた。
ネフェリエの槍を握る手を、ランドールの槍が捉え、つく。ネフェリエはそれを防御しようと構え、槍を弾き飛ばされた。
槍は彼女から離れたところに突き刺さり、彼女の首元には槍の穂先があった。
勝負は、ついたのだ。
「負け、か・・・・・・」
ネフェリエは薄ら笑いを浮かべ、呟く。不思議と負けた、と言う実感はなかった。清々しい思いであった。
勝敗などどうでもいい。あの時間、あのやり取りこそ、全てであった。
「条約により、あなたの命は奪えない」
そうだったな、とネフェリエは言う。和平後の条約でエルフが人間を殺すのも、その逆も禁止されているのだ。
とはいえ、負けたのは事実。ネフェリエとしても、このまま名誉の死を選べないとなると、勝者に何かを与えねばならない。
「ランドール・クーン。何か望みはあるか?」
そう問うたネフェリエを見るランドールの目は、未だ熱を失っていなかった。
「望みがあれば、叶えられる範囲で叶えてやろう」
「どのような望みであれど、ですか?」
「私にできる範囲ならば、な」
念を押してきたランドールにそう答えたネフェリエに、ランドールは槍を大地に突き刺し近づいてくる。何を言うのだろうか、と考えるネフェリエにランドールは腕を広げ、彼女を抱きしめた。
驚き、硬直するネフェリエを更にランドールは困惑に落とし込んだ。
彼女のその瑞々しい唇に、己のそれを寄せてつけたのだ。
そのまま数秒を過ごし、ようやく口が離れた時、ランドールは言った。
「ならば、私はあなたがほしい。ネフェリエ、あなたが」
「なんだ、それは。まるで、恋人に会いを呟くような・・・・・・・」
真っ赤な顔で答えたネフェリエに、ランドールは頷いた。
「愛している。そう、私はあなたを愛している。ネフェリエ」
「・・・・・・・・・・・・!!」
馬鹿な、と思ったが、槍を何度も交わしてきたこの男がこんな冗談を言う男ではないことは知っていた。
勝者は彼だ、できる範囲なら何でもする、と私は言ったではないか、と。
それに、不思議とこの男の言うことが厭ではなかった。
愛とか、恋情とかを彼女はよくわかっていなかった。今までそんないてはいなかったし、この先もそんなことを考えてはいなかった。子孫が必要となれば、いつかは。その程度の認識であった。
しばらく迷った後、彼女が頷くと、ランドールは再び彼女を抱きしめた。
とはいえ、二人の仲が公に認められるかと言ったら、それはありえなかった。
ロクシュヴァーがそれを赦しはしないし、ハンノ=イヴリス本国がクーン家の利益を見逃すとは思えない。和平こそ結ばれたが、に種族の間に横たわる壁は大きい。
ランドールは先祖の屋敷と祖国を捨てることをいとわなかった。
どこか、静かな場所で二人過ごそう。彼はそう言った。
その頃にはネフェリエも彼への愛を認めていた。愛の為ならば、王女であることを止めてもよかった。女である幸福。愛する男への思い。それさえあれば、なんだってできる、と。
二人は小ルーハンを旅立ち、とある田舎の村に家を持った。
そこで二人はひっそりとした、だが二人の幸せを満喫した。
そのうちにネフェリエのお腹には彼との子供が宿り、そのお腹は大きくなっていた。
生まれてきた娘を抱きしめ、夫である男は笑った。ネフェリエも生まれてきた我が子を受け取り、その頬をやさしく撫でた。
名前はもう決めていた。
「ネルグリューン」
深緑色の瞳が、薄らとであるが両親を見た。耳は人間よりもとがっている。エルフの血の方が濃いようだが、瞳の色は間違いなく、ランドールのものであった。
深き森林の乙女を意味するその名は、二人で決めた名前である。
家族を失ったランドールは妻と娘を得て、幸せであった。愛を知り、動き出した時間にネフェリエは満足していた。
これから、慎ましいながらも幸せな時間だけが続いていく。二人はそう信じてやまなかった。




