追放者たち
ラカークン大陸中央部に広がった森林地帯。その中心に広がった魔族国は焦土と化し、生い茂るユグラドの三分の二以上が人による一方的な蹂躙によって失われた。瓦礫と煙、死、そして闇の魔力が充満する戦場跡。かつてその中央部に存在したアルトリザリコンは人間の手を逃れ、東南の外海に向かっていった。
流石にアルトリザリコンを追跡することは不可能であったし、とりあえずの目的は達することができた。長年の怨敵を倒したことで、アクスウォードは本格的にバラルを相手にすることができる。バーティマの動きと連動し、敵へと攻め込んだアクスウォード・セアノ連合軍。戦争が終わってから生き残った魔族を殲滅すればいい。所詮、要塞に逃げ込むことしかできない戦力しかないならば、恐れる必要はない。強力な武器を積んでいるならば、あの時使うはず。それができないということはとどのつまり、あの要塞に攻撃機能はない、ということである。
クライシュ大陸とラカークン大陸のちょうど中間地点に当たる場所に要塞は浮かんでいた。
若干無理がたたり、動力炉が今動いていない状況であった。浮遊機能は死んでいないが、連続した動力炉の使用は危険である、という認識を皆に植え付けた。もとより古代の遺跡であり、こうして動くこと自体が奇跡と言ってもいいであろう。ここにいる魔族にとって最後の砦。慎重に慎重を期するのは無駄ではない。
「現在、この要塞に収容されている民のうち戦闘が可能なものは半数にも満たない。これは危険な状態です」
多くの族長が戦死、または行方不明であり、各部族の正式な長も任命されていない状況で、代表格の者たちは全員アルトリザリコン要塞頂上のハズメットの部屋に集まっていた。
その中にはクィルやエノラ、リクター、セウス、セラーナの姿があった。
エノラ、セウス、セラーナのことは多少揉めはしたが、ハズメットが認めたため、それ以上誰も何も言わなかった。この要塞を動かす魔術師としてこの三人の人族は必要であり、殺せ、と言うわけにもいかなかった。一時の怒りで魔族国全体に影響を及ぼしてはいけない、と皆自制していた。
そんな皆を見て、リクターはハズメットに報告した。とりあえずリクターとクィルは魔族国の戦士団の再編をしていたのだが、今ここにいる戦士は若く経験の浅いものばかりである。経験を積んだ老兵は皆先の戦闘で死亡していた。要塞内の民のほとんどが非戦闘員である。
いかにアルトリザリコンが強固な要塞だとしても、中を攻められたらこれではすぐに掌握される。
リクターは特にその危惧感を抱いている。
「それに、このまま要塞にとどまるだけ、と言うのも精神的につらいものがあります。いくら備蓄があろうとも、要塞内での自給自足は限界があります。育ちざかりの若者が多いため、食事を減らす、と言うわけにもいきません」
文官の格好の獣人がそう言い、眼鏡を押し上げた。
「民の中にも、人間への反撃、復讐を、と言う声もあります」
「復讐だと?そんなものをしてどうなるというのだ?我らに止めを刺されるだけだぞ」
リクターの言葉に、クィルも同意を示す。獣人は重く口を開いた。
「北のイヴリスの同胞と組み、戦おう。そう言う者もおります」
伝え聞くところでは、魔族による攻撃が北の大陸でははじまっている。それと合流し、いずれはラカークンも。そう言う魂胆であろう。
だが、ハズメットはそれを赦さなかった。
「無用な血を流すことは許さぬ。復讐が生み出すは新たな復讐。そんなものにこだわるのは愚か者のすることだ。我らを人間と同じ存在へと落とす愚かな行為だ」
羊頭の獣人はそう言い、全員を見回す。
「これ以上、同胞の血を見たくはない」
その言葉に込められた深い感情に、皆沈黙した。
会議の結果はあまり実りある物とは言えない。現状確認に終わっただけであった。
クィルとエノラは親しくなった人間族の少女セラーナとともに動力炉のチェックに向かっていた。
「確かに、人間が憎いのはわかる。だが、それだけではいけないのも、皆わかっているんだ」
クィルはそう言い、ぐ、と拳を握る。父を失ったのは、クィルも同じである。
その怒り、哀しみを超え、共存の道を探していく。それが、死んでいった者たち、ひいては未来の子どもたちのためになる。クィルの思いは一層強くなっていた。
「けれど、どうするんだい?人間と話をしてみようにも、ラカークン国家は聞く耳を持たないだろうし、他の大陸も同じだと思うが」
エノラが言うと、でも、とセラーナは言う。
「クライシュ大陸なら、他大陸よりかは理解があると思う。差別がないわけではないけれど」
それに本での知識だから、とセラーナは言う。
クィルは顎に手を当て、考える。
「大宗主、か。確かに伝え聞く彼の人柄ならば、俺たちも受け入れてくれそうだ。だが、わざわざ火種である俺たちを受け入れるだろうか?仮に大宗主が赦そうとも、それがクライシュ大陸の国家全体の総意ではない」
俺たちの行動が、新たな火種を起こしえない。それを常に考えなければならない。
クィルは頭をグシャ、と掻いた。
「簡単にはいかないな。世が世だから、余計にな」
「焦らないでいきましょう、クィル」
青年の手を握り、エノラは言う。
「下手に焦ってはだめよ。大丈夫、あなたは一人じゃないんだから」
「・・・・・・・・・・・・・そうだな」
クィルはそう言い、エノラにありがとう、と言った。見ていられない、とセラーナは一人先に進んでしまった。
ハズメットの部屋には同じく魔神であるセウスが残っていた。ハズメットに進められ、椅子に座ったセウスを、獣人は目を細めて見る。まるで、昔を思い出すかのように。
「いやはや、あの頃とお姿は変わりませんな、セウス王」
ハズメットの言葉に、セウスは驚く。
「何千年と生きている、とは伝え聞いていたが、まさか私をご存じだとはな」
「あの時、私はまだ魔神でもなければただの子どもでしかなかった。そんな私にとって、あなたは英雄であった。我ら魔族にとっても、トローアは棲みやすい場所であった」
「そうであろうか。私が王となった後も、各地では差別が続いたと言うが」
心底申し訳なく言うセウスに、いやいやとハズメットは首を振った。
「ほかの国や地域と比べれば、可愛いものでした。それにあの当時の魔族にとって、職に就けるという事実は大きなものでした。実力さえあれば、騎士にだってなれた」
セウス王に仕えた騎士の中には魔族も少ないながら存在した。それがセウス王の偉大さを物語っていた。
「あなたが倒れたことは、心底我らを驚かせました。そして、再び暗黒時代が到来することとなりましたが、あなたが施してくれたことを私は忘れたことはなかった」
「・・・・・・・・そうか、私の力が少しでもあなた方を救ったというならば、私もあながち無駄ではなかった、ということだな」
セウスはそう言い、椅子に腰を深く埋めた。
「それにしても、その言葉遣いはやめてくれないか?私はもう、王ではない。今の私はただのセウスだ」
「これは失礼を。では、友として接してもよろしいかな?」
「ああ、そうしてくれるとうれしい」
二人の魔神は笑うと、キッと顔を引き締めた。
「それで、我らはどう身を振るべきだとあなたは考えている?」
ハズメットの問いにセウスは「私もまだ考えている最中だ」と返す。
「今の状況は難しい。誰が敵で味方かもわからない。世界情勢は混乱に至っている。長く保たれたバランスが崩れている。見極めることは難しい」
「・・・・・・・・・・・そうか」
ハズメットはそう言い、ため息をつく。
「長く生きていたとしても、未だに私は迷う。本当にこれでよかったのか、とな」
「私もだ、友よ」
セウスはそう言い、ハズメットを見る。羊頭の獣人の顔に刻まれた皺。長い年月を魔族国に捧げてきたことは、その姿を見ただけで伝わってくる。
国を失う。それは辛いことだ。身を切り裂かれるような痛み。まして自分がその国の長であったならば、尚更だ。
自分の至らぬ点で滅びを招いた。その思いは何円断とうと、薄れはしない。セウスも、今でも夢を見る。
滅びる国の姿を。消える友人の姿。血まみれの息子。バルドバラスとセリーヌ。
それでも、生きているならば過去ではなく、未来に目を向けねばならない。
「道は険しい。だが、諦めてはならない。そうだろう?」
「・・・・・・・・・・・その通りだな、友よ」
セウスの言葉に頷き、重々しくハズメットは呟いた。
「それはそうと、セウス。あなたに見てほしいものがある」
そう言って立ったハズメットは、自室の奥に続く扉を示す。そしてそちらに歩いていく。ついて来い、と言われ、セウスはそのあとに続く。
鍵で扉を開けたハズメットは暗い通路を進む。セウスはその先に何があるのか、と思いながらもついて行く。
やがて見えてきたのは一つの部屋。そして、そこには一本の剣が鞘とともに壁に飾られていた。
セウスはそれを見て、目を見開いた。
「・・・・・・・・・・・・・・! これは・・・・・・・・・・・」
そう言い、壁の剣を取ると、鞘から抜き放つ。ミスリル銀で作られたその剣は、鋭い輝きを放つ。青銀の刀身。それは遠い昔、トローアの王が用いてきた剣であった。
今セウスの腰に刺されている壊れたセアリエル。それと対になる、もう一つのセアリエル。それであった。
「どうして、ここに」
もう一本のセアリエルは、彼の息子エオスに受け継がれ、彼の死とともに失われたはずであった。
ハズメットは剣を抜き、言葉を失うセウスに近づき言った。
「私がそれを見つけたのは偶然であった。トローア滅亡より二百年ほど後のことであったか」
ちょうど、魔族国建国の時代であり、戦いに明け暮れた時代。ハズメットたちは仲間とともに逃避行をしていた。安全な楽園を目指し。その途中、彼はこの剣を見つけたという。
剣はとある洞窟に眠っていた、と言う。傍らには誰の物かはわからない死体があり、死後何十年もたっていたという。
たぶん、トローアの騎士の末裔であろう。トローアの宝剣の意味を知り、それを守らなければならない、と持っていたのだろう。セアリエルを抜けるのは、トローア王の血をひく者のみ。いつか、再びその剣を握るものがいる。それを信じ、守り抜いたのだろう。
ハズメットもまた、かつ手一度だけ目にした王を憶えていた。彼の姿はまさに英雄のそれであった。彼にはその騎士の想いがわかるようだった。
長い時を生きるハズメットは、その剣を大事にしてきた。いつか、再びそれを持つべきものに渡すために。
「そして、あなたはここに来た。これは宿命であろう。今こそ、これをあなたに返そう、セウス」
こうしてセウスのもとにセアリエルが戻った。
いつか、精霊湖の乙女に言われたことを思い出したセウス。二つの剣を一つに。折れたセアリエルと、もう一本のセアリエルを、と。
だが、今はその状況ではなかった。口惜しいが、再びこの剣が自身のもとに戻ってきたことは素直にうれしかった。
セアリエルもまた、それを喜ぶかのように煌めきを放っていた。
ハズメットはかつてのセウスを思い出し、目を細めてそれを見ていた。




