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祝福されぬ者たち ―Ungifted Heretics― 完全版  作者: 七鏡
思い通りにならないなんて諦めたくはないから
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追憶 傭兵王と少年 1

傭兵王クエンティン、と言えば知らぬ者はいない英雄または悪党として人々に知られている。

彼の物語はある国では武勇伝として、ある国では子供を寝かしつける脅し文句として、またある国では仇敵として話されている。どの国でも彼は人智を超えた存在として語り継がれている。

そのカリスマ的魅力で傭兵団を率い、魔物を狩り、国々の争いにさえ介入した。

無慈悲に魔物を狩り殺し、敵対する者は誰であろうと切り殺す。略奪と凌辱をもたらす傭兵団、正義の鉄槌を下す傭兵団、国と地域によってその扱いは大きく変わっていた。

傭兵王クエンティンの詳しい素性はあまりわかっていない。

一説には、ある商人の男と貴族の娘に生まれた子供で、駆け落ちした先で両親に捨てられたらしい。

そして、彼は捨てられたその地で、魔物によって育てられた。

もっとも、これは彼の口で語られた話をまとめ上げたものであり、信憑性には欠けた。話した内容も矛盾が多く、どれが真実であるのかはいまだ不明であり、本人が死亡した今、それを探ることは不可能に近かった。

それでも、それが事実と思ってしまうほど、クエンティンと言う男は規格外であり、強力であったのだ。



焼け落ちた村の中を、男たちは残ったものを物色するように見まわす。

焼く前に一通り物を見まわったし、女も堪能したとはいえ、もう少し何かあってもいいのでは、と言う思いがあった。

傭兵である男らは軍の生活がきつくて逃げだした脱走兵であり、信念も何もなく、欲望の身に従う。

野盗崩れとして、国のほうでも賞金が懸けられている。

彼らも殺されたくはないから、こうやって人の少ない村を襲い、それで欲望を満たしていた。

街の娼婦でも買えば、いい思いもできるが、街にいけば殺されるのはわかっている。

それならば、肉突きの悪い貧相な娘で我慢するしかない。

そうやって、村々を略奪し、滅ぼしてきた彼らはとりあえず満足してねぐらに戻ろうとした。

そろそろねぐらを移ろうか、とも考えていたが、こんな辺境に騎士団が来るとも思えないから、まだ大丈夫だろう、などと高をくくっていた。


ねぐらに向かった脱走兵たちは、仲間の出迎えがないのを不審に思った。

いつもならば、食事や財宝を、とむらむらと群がるのに、今日はそれがないのだ。

不審に思い、仲間の一人が目配せしてねぐらの洞窟に入っていく。

しばしの時間がたっても、仲間は戻っては来ない。

いよいよおかしい、と思った脱走兵たち。

魔物かなにかか。そう思う彼らが洞窟に向かうと、その奥から見慣れぬ人物が現れた。

一本のサーベルを肩に担ぎ、笑みを浮かべる大男。

年のころは四十代、といったところで、逞しい口髭と茶色のドレッドヘアが特徴的だった。

浅黒い肌で、ところどころ見える皮膚には無数の切り傷の跡がある。

服装は、どこかの軍隊の制服なのか、それを着崩している。緑色の制服は所々汚れており、傷もついていた。

じゃらじゃらと腰につけた飾りや鍵束が音を立てる。


「なんだ、てめえ」


男たちは警戒しながら現れた男に言う。各々の武器を手に、じりじりと近づく脱走兵たちを男は見る。

蒼穹の色の瞳で男たちの数を数えるように見る。

そして、男は懐から葉巻を取り出し、魔術で火をつけ口にくわえた。

そして煙をふぅ、と吐き出す。煙は宙に消えた。


「俺か、俺はそうさなァ、お前らを殺しに来た傭兵、だ」


そう言い、挑戦的な目で男たちを見る。

舐めた奴め、と男たちは騒ぐ。


「大方、俺らにかかった賞金目当てか。だがな、お前一人じゃ、俺らを相手に勝てるわけねえ」


男は一人、一方脱走兵は二十人はいる。

勝てるものか、そう言った脱走兵の一人を笑ってみる。


「おいおい、俺が一人だって、いつ言った?」


「なに?」


そう言った瞬間、男の背後、闇の中で何かが光り、ヒュン、と音が鳴る。

そして、先頭に立っていた脱走兵の首に、矢じりが刺さる。ふげ、という声とともに、男は絶命した。


「なんだと!?」


脱走兵は驚く。彼らとて、軍の訓練を受け、気配の察知などはできる。男は一人であった、というのはそれに特化したスキルを持つものや魔術師が確認していたはずだった。


「やれ」


男の言葉の瞬間、その背後にいた影が消え、一瞬後、脱走兵の中心に立っていた。


「瞬間移動系のスキルか・・・・・・・・・・・!」


そう呟き、敵に剣を振り下ろすが、その頃には脱走兵の首と胴体は離れていた。

呆気にとられる脱走兵に、男が切りかかる。


「油断しすぎだぜ、馬鹿野郎」


手に持ったサーベルで脱走兵の鎧ごと断ち切る。

信じられない、と言う表情で事切れた脱走兵を押し倒し、次なる敵に切りかかる。


「おい、シュビリーク!あのクソガキは?!」


男は今も瞬間移動を繰り返し、脱走兵を翻弄する青年に声をかける。

青年は余裕の笑みを浮かべ、男を見る。


「アレなら、今頃中でへばっているでしょうなぁ。『あんたとクエンティンがいれば、俺はいらないだろ』だそうですよ」


「あの能無しめ」


シュビリークの言葉に、男、クエンティンは舌打ちして敵をまた一人切り倒す。


「拾ってやったのに、口だけは生意気だぜ」


「まったくです」


シュビリークは目の前の敵の目を潰し、鼻をそぎ落とし、耳を飛ばす。

苦しみ喘ぐ敵を昏倒させ、背後の敵を見る。そして、瞬間移動をしてその背後に回り込み、首の骨をへし折る。


あっという間に殺された味方を見て、脱走兵は地面に座り込む。

そして、近づいてきたクエンティンとシュビリークを見る。

男の顔は真っ青で、そのズボンの股間部分は湿っていた。


「おいおい、失禁するほどこええか、俺ら?」


「いい男だと思うんですがね」


おどける二人に、脱走兵はただただ震えている。


「なぁ、あんたら、傭兵なんだろう?なら、俺らのこともわかるよなあ。生きるためには仕方ねえんだ。女も金も、皆」


「ああ、わかるぜ、それはよお」


同情したように肩に手を置くクエンティン。それを見て、脱走兵は言う。


「これだけ賞金首殺したんだ、あんたら困らないぜ、金には当分。だからさ、見逃してくれよ」


「・・・・・・・・・・」


クエンティンはシュビリークを見る。長身で細い体であるが、筋肉はついている。シュビリークは顔は整っているが、なぜか印象に残りにくい、そんな印象を受ける。

シュビリークが頷くと、クエンティンは「わかった」と手を振る。


「好きに逃げな。お前は自由だ」


そう言い、サーベルを地面に突き刺すクエンティン。

信じられない、と言う顔の傭兵は、クエンティンの早く行け、と言う動作に腰を上げ、歩き出す。

そうして安心した傭兵は、不意に腰に痛みを感じた。そして、腰に触れる。

ぬるりとした感触。

それは血だった。

男は振り返る。あの二人が約束を違えたのか、と。

だが、二人は何もしていなかった。代わりに、二人の男の後ろから、一人の少年が自動弓を構えていた。

振り向いた男目がけて、二発目が放たれる。

それは、男の右目を貫き、男の生命を奪った。

男を射殺した少年は、何の表情も浮かべてはいなかった。


「おいおい、遅れたうえに初撃はずしてんじぇねえよ、クソガキ」


そう言い、クエンティンは少年の髪を乱暴に掻く。

迷惑そうな目で少年は男を見る。

少年の持つ自動弓を奪い取り、シュビリークはそれをみる。


「まったく、弓の才能もないお前にこれを持たせれば、と思ったが、失敗だったな」


力も普通の少年並みの物には、自動弓は使い辛いものだ。だからといって弓を使わせたところでウサギ一匹狩ることもできない。全く使えない、と常々皆言っている。

なぜ、この少年が傭兵団にいるのか、まったくもってシュビリークには理解できない。団長であるクエンティンが常に傍に置いておきたがるため、排除しようにもできないのだ。シュビリークはこの黒髪のガキを見るだけで、虫唾が走る。シュビリークは実力でここまで、副団長までのし上がった。それでやっとクエンティンの隣に建てた。なのに。


「それで、例の脱走兵はこれで全部か」


「でしょうね」


「ようし、これだけの金があれば、しばらくは遊べるな」


ニヤリとクエンティンは笑う。それをシュビリークが苦笑して見る。不満をうまく隠して、団長を窺う。


「次の依頼が入っているんですがね、傭兵王サマ」


「そんなもん、後回しだ。どうせ、依頼主も俺らには手出しできん。困るのはあちらだけだ。俺らにも休息は必要だ。だろう、小僧」


「・・・・・・・・・・・」


無口の少年の頭を再びかき乱すクエンティン。

クエンティンはシュビリークに首集めを頼むと、少年の首根っこを掴み、大股で歩いていく。


「まったく、あのガキになにを求めているのだか」


シュビリークはそう言うと、そこらに転がった死体の首を回収し始める。



傭兵王クエンティンの軍団は、損所そこらの傭兵団とは違う。

一人一人が特殊な技能を持ち、傭兵としての質も高い。

隊長であるクエンティンが見込んだものだけが、そこに加わることができる。

だが、クエンティンがある日連れてきた小僧には、傭兵団の皆も首をかしげた。

スキルがない、というばかりか、武器を扱わせても、魔術を教えてもちっとも使えない。

穀潰しの小僧を邪険に扱うものも多く、隙あらば殺そうとする者もいた。

だが、不思議といつも少年は難を逃れるか、隊長の側にいた。そのため、死ぬことはなかった。

無口で根暗な少年を、団長は馬鹿にしながらも何かと気にかけているように見えた。

鬼のクエンティン、冷酷無慈悲の傭兵王。それが、なぜこの子供に。

そう思うのは、傭兵王の右腕として知られるシュビリークも同じであった。

傭兵王に聞いても、笑って彼は言う。

いずれわかる、と。


シュビリークは少年を見る。

そう言えば、この小僧、名前がないのだったな。

元の名前はあるのだろうが、捨てたそうだ。

捨てた、つまり自分から名を捨てたのだ。

こんなガキが、自分の運命を決めようなんざ、生意気だな。

能力も何もないが、その瞳に宿る闇、というべきか強い光、と言うべきか。とにかくそれだけは厭なまでに周囲に主張をしていた。

シュビリークの視線を受けながらも、少年は剣を振るが、腕の筋肉は震えている。

無理だろうな。

こいつが傭兵王のようになるには、一生かけても無理だろう。



ある日、イヴリス北部の山奥、シレン国に近い森林地帯での魔物退治に駆り出されたクエンティンの傭兵団。

手ごわいガルス鳥の群れを駆逐したクエンティン、シュビリークらはシレン国のエルフから金を受け取りに行くため、上機嫌で森を歩いていた。

エルフたちは下等な人間が、と悪意を隠さなかったが、それでもクエンティンの力を知っているためか、素直に金は渡した。

ロクシュヴァー王の苦り切った顔を見て笑うクエンティンであった。


その一方、クエンティンらが王とあっている間に、少年は一人、森の中にいた。

クエンティンらは邪魔だ、と少年をシレンに入れることはせず、外で待つように言っていた。

とはいえ、おとなしく待つつもりは少年にはない。

少年はある野望を抱いていた。傭兵たちに話せば、鼻で笑われるであろう野望。

神を殺す。もしくは世界を壊す。

誰に受け入れられることもなかった少年。彼は、理不尽な世界を壊したかった。

自分を憐れむわけではない。ただ、この異常な世界を壊したかったのだ。

もう、逃げることには飽きた。慣れてしまうことが怖かった。

少年は腰の剣を抜く。

重い。この細い腕では敵の首を落とすなど、できない。

スキル、という神の恩恵を受けることがなかった自分は、この世界の異端者だろう。

ふん、と自嘲する青年は、ふと悲鳴が聞こえた気がした。

少女の声。助けを呼ぶ、声。

なんとなく、少年はそちらに向かっていく。

別に、人助けがしたいわけではない。

ただ、なんとなく、それだけだ。少年は自分にそう言い訳をした。


少年は森を駆けると、狼たちの声が複数していることに気づく。

レアウルフ。イヴリス全域に棲む狼で、ここにいるのは恐らく森レアウルフか。

狼どもは地面に転がる死体に食いついている。

骨だけと衣服の残骸だけとなったそれの向こうには、一人の少女がいた。

エルフか、と思ったが、どうやら違うらしい。

いや、違うわけではない。


(俺と、同じか)


少女を見ると、少年は剣を抜き、走り出す。

そして、剣に振り回されながら突進する。

不意を突かれた狼の一匹は首を飛ばされる。

異常に気づいた狼どもが少年に向かうが、流石に遅かった。

能無し、と言われる少年でも、傭兵団で教わったことを生かすだけの脳はある。

懐に仕込んだナイフで喉笛を引き裂き、狼を血祭りに上げる。

死んだ狼を踏み越え、少年は少女を見る。

耳やその美貌は確かにエルフのものである。

だが、その髪は美しい金髪ではなく、真っ黒であった。

漆黒の艶やかな髪。それは、エルフ族にとっては忌々しき色。

ダークエルフ。エルフの忌み子。


消炎の足元で、怯えてうずくまる少女。泣いて死体に手を伸ばす。


「父さん、母さん」


狼に食い殺された両親。少女にとって、彼らだけが世界のすべてだったのだろう。

こんなシレンの国より離れた森の中で、おそらく生きてきたのだろう。

忌み子のダークエルフを受け入れてくれるはずはない。魔族、と蔑まされるだけ。


(愚かだな)


理不尽。そう、世界は理不尽なのだ。

神の恩恵などと言っても、それは恩恵などではなく、呪いでしかない。

スキル、などと言う呪いを誰もが背負っている。

ただ一人、少年を除いては。


「おい」


少年の言葉に、びくりと少女は彼を見上げる。


「・・・・・・・・・・なに・・・・・・・・・?」


殺される、殴られる。そんな瞳の色であった。彼女も、自分がどんな扱いをされるのか、よくわかっているのだろう。

だから、少年は言った。


「お前、今の自分の境遇、変えたいとは思わないか?」


「・・・・・・・・・・?」


少女は首をかしげて少年を見る。


「俺なら、お前の望む世界を、作れる。この理不尽な世界を、偽りの神を」


少年の、自信に溢れた声と、野心に溢れる貌。ダークエルフの少女は、なぜかそれに魅かれた。

自分と同じ、黒い髪と黒い瞳。その瞳の奥に宿る、禍々しくも強い光に、少女は希望を見つけた。

深い悲しみを味わった。抗ったところで、変えられない現実。逃げて逃げて、そして逃げ場を失った、孤独な少年の姿を。

ダークエルフの少女の視線と少年の視線が交差した。


「お前の名前は?」


「・・・・・・・・・・・・アセリア」


「そうか、アセリア、か。いい名だな」


そして、少年は少女に手を差し出した。


「アセリア、来い。お前自身の手で、世界を変えるんだ」


少女はその手を取るように手を伸ばし、そこで止まる。

どうした、と言う目で見る少年に、少女はゆっくり口を開く。


「あなたの、名前は・・・・・・・・・・・?」


少年は、少しの間逡巡し、言った。


「俺の名前はアンセルムス。ただのアンセルムスだ」


名前は捨てた。これから俺の名前はアンセルムスだ。

少年がそう言うと、少女はその手を掴む。



当時、アンセルムスは十七歳。少女アセリアは十四歳。

無能であり、傭兵としても認められなかった少年は、その日、野望への一歩を踏み出した。

だが、この時点で少年が世界に災厄をもたらす存在であると認識していたものは、ただの一人もいなかった。

傭兵王クエンティンを除いては。





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