おののく者たち
バラル帝国帝都オーフェン。
国内では戦争の兆しが目に見えてきていた。
それまでは一応ラカークン大陸から入ってきていた布や食料品が来なくなり、商人たちも近寄ろうとはしない。
セアノやアクスウォードにあった大使館の駐在員の首が丁寧に布にくるまれて送られてきていた。
そして、その前に起こった国境地帯での事件。
もはやバラル帝国内でも和解を唱える者はおらず、全面戦争を唱えていた。
数年間の休戦状態はもはや終わり、世論も戦争を支持している。
皇帝ザウシュリッツは、帝国軍に長きにわたる因縁を終わらせるよう言い渡した。
とはいえ、帝国の敵はラカークン大陸の国家のみではない。
急速に力をつけたバーティマの台頭。
同盟国ゼレフェンを併合した後は、帝国に対しても宣戦を布告。
皇帝はこの事態に対し、ラトナ騎士団に早期鎮圧を命じた。
騎士団団長であり、皇帝の庶子クロヴェイル・ラウリシュテンは勅命を受け、バラル帝国東部国境地帯を目指していた。最前線に駆り出されていた彼らだが、バーティマの方が今では脅威と化していたのだ。アクスウォードのカッシートを目前にしながら、クロヴェイルは騎士団を連れ、撤退せざるを得なかったのだ。
さて、東部国境地帯は穀倉地帯であり、帝国の食糧事情のかなめともいえる場所。そこを潰すためにバーティマ軍が動き出している、という情報を掴んだのだ。
最強のラトナ騎士団は全軍を投入。その数は一万。
一方のバーティマ軍はそれよりも多い一万五千。傭兵や併合されたファムファート諸国の連合部隊。
五千、というハンデがある、とバーティマ側は考えているだろうが、それは大きな間違いである、とクロヴェイルは思っていた。
精鋭ぞろいであり、最強と言われたラトナ騎士団。その力をもってすれば、バーティマ如き一ひねりだ。
クロヴェイルはそう考え、早急に決着をつける気でいた。
しかし、ヴェイルは知らない。このバーティマ軍の襲撃情報はアンセルムスの企みであるとは。
「団長、敵が見えてきました」
ミランダは軽装鎧に身を包み、その手に大きなハルバートを持ちながら、隣の英雄を見る。
白馬にまたがり、光り輝くラトナ騎士団。
一方の敵は、騎兵は少なく、歩兵ばかり。ろくな兵器もない烏合の衆。
「所詮は勢いに乗って攻めて来ただけ、か。こちらは遊んでいる余裕はない。早急に決着をつけましょう」
クロヴェイルはそう言うと、自身の後ろに控えるミランダら十二人の各隊長を見る。
「出し惜しみはなしです。各隊殲滅してください」
「了解です、団長!」
十二人の各隊長。彼らはラトナ十二騎士と呼ばれる精鋭たちである。
英雄クロヴェイルほどではないが、その実力は一騎当千。確かな腕を持ち、誇りに満ち溢れている。
今まで彼らが敗北したことは一度としてない。ラトナ騎士団が最強と呼ばれる理由であった。
「全軍、突撃」
「油断しているな、クロヴェイル」
バーティマ軍の後ろにある陣の中でアンセルムスはそう言った。
「アンセルムス、どうするつもりだ。真っ向からではこちらに武はない。お前の策を聞かせてはくれないか?」
アンセルムスの言の通りにゼルはこの地域への進軍を進めた。そこに勝つ為の秘策がある、という傭兵の言葉を信じて。
だが、一向に男はその策をゼルに教えようとはしなかった。
「適度な時間を稼いだら、こちらは撤退します」
「なに?」
「そうしたら、敵はこちらを追撃するでしょう。そうしたら」
机上の地図を指さすアンセルムス。
戦場となる草原の後ろを指す。
「この沼地に敵を誘い込む」
「沼地に?」
ああ、とアンセルムスは笑う。
「この沼には細工をしていてな」
何でもないように言うアンセルムス。
だが、細工を施すような時間も人手もなかったのでは、とゼルが問うと、アンセルムスは笑う。
「何年もかけて仕込んだものだからな、そんじゃそこらでは作れないさ」
「・・・・・・・・・・まさか、貴様は数年も前からこのような戦争を考えていたのか?」
ゼルは嘘だろう、という視線でアンセルムスを見るが、アンセルムスはただニヤリと笑うだけだった。
あらためて、この男の恐ろしさをゼルは感じた。
戦闘が開始された。
数の優位のあったバーティマ軍は勇猛果敢に攻めたが、最強のラトナ騎士団の前に、あっけなく突き崩された。
光り輝く騎士たち。
圧倒的な機動力を誇る騎兵による包囲殲滅。ラトナ騎士団の各部隊の連携は、結成されて統率のとれていないバーティマ軍を追い詰めた。
「ぬるいな」
ラトナ騎士団のある隊長はそう言い、ほくそ笑む。
大したことはない。この程度で、栄えある帝国にたてつこうとは。
「万死に値する!」
「リガー、突出しすぎだ!」
「黙れ、ミランダ。愚かな身の程知らずに、正義の鉄槌を与えるのだ!」
逃げ出すバーティマ軍を、追撃し始める各部隊。
その中で、ミランダだけは疑問に感じる。
(おかしい。おかしすぎる。こうまで容易いとは、バーティマを陥落させたものの策とは思えぬ)
同じ思いを、後方から様子を見ていたヴェイルも抱く。
そして、バーティマの逃げる方向に、沼があることに気づく。
「沼・・・・・・・・・・・・?」
クロヴェイルは国境地帯の守備兵が見張りをしており、彼らは何の細工も沼にはされていないと証言していた。
彼らは洗脳の魔術も施されてはいないから、嘘ではないだろう。
だが。
クロヴェイルはこの一連の戦乱の影に、ある人物の影を少なからず感じていた。
その人物の名はアンセルムス。
クロヴェイルに何度も煮え湯を飲ませてきた傭兵であり、元アクスウォードの王族。
(もしや、あれが何かを仕掛けていたとしたら・・・・・・・・・・)
アンセルムスという底の知れない悪意だけの男の策略だとしたら。
そして、あの男ならば、何年も前にそれを仕込んでいるかもしれない。
アンセルムス、と言う男をクロヴェイルは厭と言うほど知っていた。
「いかん、全軍、追撃を辞め――――――――――――」
クロヴェイルの命令が全軍に届く前に、大きな爆発音と煙が沼の方で上がった。
「なんだ、あれは・・・・・・・・・」
ゼルはバーティマ軍とラトナ騎士団双方を巻き込んだ大爆発を見る。
沼で突然起こった爆発で沼は蒸発し、そこは混沌の戦場へと変貌していた。
「魔導地雷だ。数年前、とある場所から強奪してな。いつかこの地帯を攻めるために、と思って仕掛けたんだ」
その当時はまだ、バラルも平和ボケしていて、気づくことはできなかった、とアンセルムスは言った。
アンセルムスの手には、その地雷の起動キーが握られていた。
「アンセルムス、貴様、まだ味方がいたのだぞ!?」
「ゼル、大人になれよ。お前のしていることは英雄ごっこじゃなくて戦争だ。犠牲なくして戦争はできないぜ」
「だとしても・・・・・・・・・・・!」
「あいつらの犠牲のおかげで、油断したラトナ騎士団は大打撃だ」
笑うアンセルムス。
普段のラトナ騎士団ならば、冷静さを欠くこともなかっただろう。
だが、今はアクスウォード、セアノとも戦争をしている状況。故に、バーティマなど早急に片つけよう、と焦りも生まれる。
そこに付け込む隙ができる。最強を自負するラトナ騎士団。いくら団長が英雄であり、優れた人物であろうと、末端までそうとは限らない。
ゼルは、この状況を作り出したアンセルムスを、驚愕の目で見る。
バーティマも、バラル帝国も、アクスウォードも、この男の掌の上で踊っているにすぎないのだ。
この男を殺すべきか、とゼルは考える。
だが、この男を殺しては戦争に勝てない。
ゼルの最愛の女性の心を穢したバラル帝国。
それを倒し、理想郷を作る。
そのためならば、この男を逆に利用してやろう。
ゼルは内心の憤りを隠し、アンセルムスに言う。
「全軍に、反撃を。ラトナ騎士団を倒す」
「了解」
そう言うと、アンセルムスも立ち上がり、剣を手に取る。
「アンセルムス、どういうつもりだ?」
「少し、奴に挨拶をと思ってな」
アンセルムスはそう言い、ゼルに手を振り戦場に向かう。
その背を、忌々しくゼルは見た。
「全軍、一時後退!」
混乱する沼地跡地。
クロヴェイルは自ら赴き、前線指揮を執る。
先の爆発で隊長のうち数人と連絡が取れなくなっている。
先の爆発中には、魔術を阻害する物質が含まれているようで、魔術支援部隊は全くの使いものにならない。
「まさか、これほどのものを・・・・・・・・・・・」
クロヴェイルは唸る。
皇帝陛下にどう申し開きをするか。いや、そもそもこの事態をどう収拾すべきか。いかに敵がバーティマ、そして状況のせいで焦りが生まれていたとはいえ、これはあまりにも。
「いや、今は人入りでも多くの兵を生かすことを考えろ、クロヴェイル」
そして、クロヴェイルは剣を抜き、撤退するラトナ騎士団に襲い掛かるバーティマ兵を切り伏せる。
馬に乗るクロヴェイルは、歩兵たちを切り倒し、敵騎兵を馬ごと葬り去る。
襲い掛かる矢をその魔力で止めると、矢の向きを変える。
魔力障害のせいで帰った矢の半数は射手に戻らなかったが、残りの半数を見事に死に追いやった。
混乱状態にあるラトナ騎士団であるが、その騎士団の団長は一騎当千の実力を発揮していた。
彼の前に、追撃の兵士はことごとく撃ち死んでいった。
「相変わらず、化け物みたいな男だなァ、クロヴェイル・ラウリシュテン」
突如聞こえた、聞き覚えのある声に、戦闘をしながらクロヴェイルはそちらを見る。
ヴェイルの目は捉える。
黒い馬に乗り、嘲笑を浮かべる黒髪の男、アンセルムスを。
「やはり貴様か、アンセルムス!」
「久しぶりだなァ、え、クロヴェイルゥ!」
敵兵を切り伏せながら、クロヴェイルは懐に手を入れるとそこから一本の短剣を取り出す。
そしてそれを遠く離れたアンセルムスに投げつける。
彼の尋常ではない力と魔力が載せられたそれは、正確にアンセルムスに向かう。
だが、突如アンセルムスを庇うように兵士が現れ、彼を庇う。
虚ろな目の兵士の首に短剣が突き刺さり、血が噴き出る。
アンセルムスはその兵士の後ろで、嗤っていた。
「アンセルムス、貴様ァ・・・・・・・・・・・・」
「大変だな、クロヴェイル・・・・・・・・・同情するぜ」
惨状を見回してアンセルムスは楽しそうに言う。
思わず、クロヴェイルの顔は憎しみに歪む。
「殺してやるぞ、悪魔め」
「やれるのか、クロヴェイル?お前に」
笑うアンセルムス。
彼に近寄ろうとするクロヴェイルの前に立ちふさがる敵兵。
そして、クロヴェイルがアンセルムスに近寄ろうとすれば、彼の横を敵兵が通り過ぎ、味方に襲い掛かる。
「さしもの英雄も、味方護りながらじゃあ、きついだろう!おまけに魔術もうまく使えない!」
アンセルムスは不快な声で笑う。
ギリリ、と歯を食いしばるクロヴェイル。
諸悪の権化であるアンセルムスを倒したくはあるが、そのために味方を殺されるわけにはいかない。
これ以上、殺させてなるものか。
彼の中の良心、騎士としての誇りが、アンセルムス殺害を断念させた。
ヴェイルは敵兵を薙ぎ払うと、交代する味方の殿を務める。
そして、アンセルムスを睨みながら敵兵を打ち払う。
「そうさ、尻尾を巻いて逃げろ、英雄サマ!いつかその首を俺が獲る日まで、精々首を洗っていろ」
バラル帝国は、東に広がる穀倉地帯をバーティマに奪われた。
しかし、クロヴェイルもただではそこをくれてやるつもりはなかった。
撤退をしながら、彼は敵にわたるくらいならば、と穀倉地帯に火を放った。
苦渋の決断に顔を歪める英雄は、そこからわずかに離れた帝国の要塞の一つ、カテンフェルに逃げ込んだ。
そこで怪我をした騎士たちの治療と、体制の立て直しを図ることにした。
一方、バーティマ側では。
犠牲は少なくはなかったが、目的である敵穀倉地帯は奪取した。
敵の補給のかなめであるここを失えば、バラル帝国はアクスウォード・セアノ相手に苦戦は間違いはない。
バーティマ側にもバラル帝国への攻撃がしやすくなった。
ラトナ騎士団を倒した、という風評は広がり、志願兵はどんどん来る。
失った兵力はすぐに補充可能であった。
錬度は劣るが、そんなもの最初から問題としないアンセルムスの策略の前には今回の犠牲は痛くもかゆくもない、と言うことなのだ。
「くくく、あっはっはっはっは、あぁははははははははははっ!!!」
アンセルムスは死の広がる大地で狂ったように笑う。
気に喰わないクロヴェイルと帝国の顔に泥を塗ってやった。帝国はさぞや困惑するだろう。
だが、このままでは帝国はアクスウォード・セアノ、もしくはバーティマに敗けかねない。
それではいけないのだ。
アンセルムスが求めるのは、もっと混沌とした戦争。世界を巻き込んだ戦いなのだ。
「さて、どうするかな」
狂気の笑みを浮かべるアンセルムスの胸中では、死の方程式が今なお動いていた。
戦乱を求める無能力者の悪意はとどまることを知らない。
響き渡る笑い声が、空しく空に木霊した。




