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祝福されぬ者たち ―Ungifted Heretics― 完全版  作者: 七鏡
思い通りにならないなんて諦めたくはないから
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家族の絆

久方ぶりにその姿を現したクィルの姿に、街の人々は驚いた。街を出ていくものはそうはいないので、皆クィルを心配していた。特に最近ではよくない噂を聞くため、クィルの安否は人々の話題の一つであった。

そのクィルが人間を連れてやってきた。その話は瞬く間に国中に広がった。魔族国に純潔の人間が入るのは、実に何千年ぶりだろう。人間との混血種がいないわけではないし、クィルのようなハーフも少ないながらもこの国にも存在する。

エノラの姿に、人々は騒がしくなる。この国の物の多くは人間に迫害されてきた。一部例外としてエルフやドワーフと言った種族から虐げられたものがいるが、人間への怨みを持つ者の方が圧倒的に多かった。

遠巻きにエノラを見る人々。その視線から庇うようにクィルが前に立つ。

エノラはクィルの後ろでギーゼラの手をつなぎ、様子をうかがっていた。


「騒がしいな」


喧騒を掻き分けてやってきた人物に、クィルはピクリと眉を動かし、後ろ髪を振った。

群衆を掻き分けてやってきた人物は、長身であった。引き締まった筋肉と、精悍な顔立ち。髪の色はクィルに似た紫色の髪であり、それを短く首元で切りそろえている。身体にはうっすらとうろこ状のものが見え、彼がインヴォテールであることがわかる。

エノラはその姿を見て一目で彼がクィルの父親である、と理解した。


「父上・・・・・・・・・・・・・・」


「クィルか、無事で何よりだ」


クィルは父ヨトゥンフェイムを見る。息子を見てヨトゥンフェイムは無表情に返し、エノラとギーゼラを見る。


「人間に、ハーフの子どもか。どういうことか説明してもらおうか、クィル」


父の言葉にクィルは頷くと、口を開く。

魔術学院での事件と、それから魔族国に至るまでの話。それを事細かにクィルは話す。

最初は警戒心を抱いていた魔族も、クィルがエノラに救われた、と言うことを知ると、多少気を許したようであった。とはいえ、完全に信用されたわけではない、というのを彼女は肌で感じていた。

ヨトゥンフェイムはエノラとクィル、それにギーゼラを見て、顎に手をやる。彼が何を考えているのかを表情から読み取ることはできない。

ヨトゥンフェイムもまた、かつてはヒトとの間に情を交わした。その結果、クィルが生まれた。彼はエノラをどう見ているのだろう、とクィルは気になった。

話を一通り聞いたヨトゥンフェイムは、周囲で警戒する魔族たちに手で制し、エノラに危険はないことを認めた。


「事情は分かった。エノラ殿、我が不肖の息子を救っていただきながら、疑うような真似をして申し訳ない。言い訳をさせてもらうならば、我らにとってここは最後の楽園、故郷。いささか過敏に反応する者もいることをご理解いただきたい」


「いえ、大丈夫です。わかっています」


エノラはそう言い、丁寧すぎるヨトゥンフェイムの言葉に恐縮した。


「エノラ殿、あなたを魔族国の客人として歓迎しよう。あなたの身の安全はこのヨトゥンフェイムとアルゲサス家が保障いたしましょう」


魔族国を統治する部族長の一人、ヨトゥンフェイムがこういったとあれば、エノラに対して嫌悪を抱く者も納得するほかはない。ヨトゥンフェイムが統治する部族は、インヴォテール、リザードマン、淫魔族と精力的にも大きな部族であり、ヨトゥンフェイムは部に優れた人物として知られている。人望も厚い。そんな人物の決定に逆らう者はいない。

ヨトゥンフェイムは色々と聞きたいこともある、と言い、息子とその客人たちを自身の家に招いた。

魔族たちの好機の視線の中、エノラは若干の戸惑いを浮かべながらクィルとギーゼラとともにヨトゥンフェイムの後について行く。

道中、様々な種族が街にいるのをエノラは見る。


「すごい・・・・・・・・・・・・・」


多種多様な種族の集まりに感嘆の息を漏らすエノラ。


「こんなに多くの種族が集まっていると、トラブルもあるんじゃないですか?」


「皆無ではないが、人間ほどトラブルを起こすわけではない。皆、そう言う争いの無意味さをよく知っているからな」


ヨトゥンフェイムは歩きながらそう言った。


「同じ苦しみを分かち合ってきた者たちだ。話し合えば、分かり合えることができる」


「人間と、あなた方も、いつかは分かり合えるとお思いですか?」


エノラの質問に、ヨトゥンフェイムはちらりと息子を見る。やはりその表情からは何も読み取れない。しばしの沈黙の後、ヨトゥンフェイムは一言呟いた。


「そうであってほしいものだ・・・・・・・・・・・・」




ヨトゥンフェイムの屋敷は、部族長と言うだけあり、大きいが質素で機能性重視のものであった。装飾などはなく、無駄がないつくりであった。

クィルは勝手知ったる自分の家で、使用人に荷物を預ける。エノラも荷物を預ける。ギーゼラは今までの疲れもあるため、人の好さ気な老婆に預けた。

これからヨトゥンフェイムと話をするのかと思ったエノラだったが、ヨトゥンフェイムは息子に「サーシャにも顔を出しておけ」と言った。

クィルもそのつもりだったらしく、静かに頷き、エノラを伴って屋敷から少し離れた墓地に向かった。





墓地は各部族や種族の慣習にのっとった様式で葬っているため、なかなかに混沌としていた。名が刻んであるものもあれば、ただ石だけおいてある。そんな墓もあった。これも、多くの種族がいる魔族国ならでは、と言うことなのだろう。

目的の場所は、案外すぐに見つかった。クィルの母、サーシャは人間ではあるがインヴォテール式の墓に埋葬されていた。

巨大な石に名が書いている。

ヨトゥンフェイム・アルゲサスの妻にして、クィル・アルゲサスの母、ここに眠る。それだけが書かれている。

魔族国前で息絶えたサーシャ。反対を押し切り、ヨトゥンフェイムは彼女をここに埋葬したのだという。


「その時の父上の姿は、皆一生忘れない、と言っていたよ」


冷静沈着で、表情を変えることは滅多にない彼が、声を上げて泣いたという。そして、幼い息子に謝り続けたという。


「父上を俺は最初は軽蔑していた。母と俺を捨てた、ってね。けどさ、あんなに謝られたら、恨めるはずねえよな」


それからは、母に代わって愛してくれた。お世辞にもいい父親ではなかった。不愛想で、不器用で。

けれど、それも愛ゆえだった。

母親の墓に、彼女が生前好きだったという花を添え、クィルは母の名をなぞる。


「そっか。いい人なんだね、お父さんは」


エノラはそう呟くと、クィルは頷く。

家族、か。エノラは心の中でつぶやいた。自分にとって血の繋がった家族は王族である。だが、彼らは家族である前に王族であった。彼らの間に、親子の情、きょうだいの情などなかった。

あったとすれば、それは幼い時に彼女の前から消えたあの兄だけだったろう。兄の喪失。その悲しみは今でも忘れられない。


「母上、見ていてください」


クィルは墓石に向かっていった。


「今はまだ無理でも、いつか必ず、ヒトと魔族が共存できる世界を作ります。だから、俺を見守っていてください」


クィルの肩に手を置き、エノラは少年に微笑んだ。クィルはそんな少女の手を掴み、ありがとうと呟いた。






墓参りを終えたクィルだったが、その後友人たちにつかまりどこかに行ってしまった。エノラも誘われたが、ギーゼラに顔を出したかったので辞退した。それに、全員が全員エノラを歓迎しているわけではないことは理解している。下手に刺激することもないだろう、と今は退くことにした。この先、徐々に理解を深めていければそれでいい。

アルゲサス邸に戻ってきたエノラはぐっすり眠るギーゼラの頬にキスをして、自分のためにあてがわれた部屋に向かう。ギーゼラの部屋の隣で、クィルの部屋からもそう離れていない場所である。

そこで寛いでいたエノラだったが、ヨトゥンフェイムの使いがやってきて彼が呼んでいることを知らせた。

エノラは立ち上がり、ヨトゥンフェイムの書斎を訪ねた。

扉を叩くと、「入りなさい」と答えが返ってくる。エノラは扉を開け、中に入る。

中には書物が並んでおり、彼が使うのであろう武器が飾っている。その近くには、人間の女性の絵が飾っている。美しい女性で、儚げな雰囲気を漂わせている。その女性がクィルの母であるサーシャなのだとエノラはすぐに分かった。


「休んでい所をすまないね」


「いえ」


謝罪するヨトゥンフェイムに首を振ったエノラは、彼が座るよう促したため、対面にあるソファに腰を下ろした。椅子に座り、机に向かっていたインヴォテールは顔を上げ、エノラを見る。


「このたびは息子を助けていただき、本当に、感謝に絶えない」


「いえ、そんな、顔を上げてください」


男は深く頭を下げる。エノラに言われ、顔を上げたヨトゥンフェイム。仮にも長の一人である彼が、体面も気にせずこのような行為をするのだ。それだけ、彼とってクィルは大切なものだということなのだ。


「クィルのことを、愛しておられるのですね」


「愛した女性との間の子だ。愛さないはずがあるまい。もっとも、私は不器用だからな。あの子に少しでも伝わってくれているとよいのだが」


あれの母親を死に追いやったのは自分だ。あれが私を恨んでいないか、それが怖い。大の大人であるが、彼はそれを恐れていた。長である前に、彼もまた一人の父親なのだと知り、エノラは安心した。


「大丈夫ですよ。ちゃんと、伝わっていますよ」


「ならば、いいのだが・・・・・・・・・・」


父親はそう言い、深く腰掛けた。


「エノラ殿、どうかあれを支えてやってほしい。私たちではできなかったことを、あの子に背負わせてしまった。どれほど大変なことかは、私自身がわかっている」


ヨトゥンフェイムはそう言い、過去を顧みる。歩み寄ろうとしても、異なるものが同じ道を目指すことは困難極まりない。築き上げられた壁を破壊することは、ついにできなかった。そのうちに、夢も希望も理想もなくなってしまった。現状維持。それがヨトゥンフェイムが達した結論であった。


「いつかは私も死ぬ。世の中が世の中であるし、どうなるかわからない。だからこそ、あなたに頼みたい。勝手なお願いではあるが」


「・・・・・・・・・・・ともに歩みます。彼の夢見る世界を」


エノラはただそう言い、ヨトゥンフェイムを見る。

ヨトゥンフェイムはエノラにもう一度深く頭を下げた。




エノラが去り、ヨトゥンフェイムは部屋の窓から空を見る。

青い空。この地上のどこからでも、空は青く見えている。

遠い空の向こうで、彼女は笑っているだろうか。


「サーシャ」


愛おしい人の名を呟いた。共にいた時間はあまりにも少なかった。それでも、思いは未だ色褪せない。

ヨトゥンフェイムは開いていた本を閉じ、目を閉じた。

彼女の声が聞こえるような気がした。




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