森を越えて
ベスティア大森林を進むセウスとセラーナ。手探りで森を進む二人を襲う魔物の群れ。
セウスはここに来る途中で手に入れた剣を手に魔物と対峙する。セラーナは魔術師であるため、セウスが前面に出て戦う必要があった。もとよりそうやって戦い生きてきたセウスは特段それを不平とも思うことはなかった。砂色の髪の青年は何千年と言うブランクを感じさせない軽やかな動きで黒い鋼の毛皮を持つ猿を切り裂いた。そして続けてその横にいた猿を斬る。逃げ出そうとした最後の一匹を逃すまい、と剣を投擲し、見事にその首に突き刺す。
セラーナが詠唱する前に戦闘は終わっていた。
セラーナとしては自分の魔力を余分に使わずに済んでいいのだが、それでもおんぶに抱っこのようで少し申し訳がない。それを察してか、セウスは笑う。
「なに、前線に立つものと魔術師とはそう言うものだ。気に病む必要はないさ」
そう言ったセウスは顔を上げる。
「しかし、本当にこの森のどこかに魔族国があるのか?」
「そのはず。でも、魔族と蔑称された人々はそう簡単に人間が見つけられないようにしているはず」
そう言ったセラーナは、流石に長時間歩きまわって疲れた様子であった。
セウスはちょうど近くにある古代の遺跡を見つけ、ここならば休めるだろう、とセラーナを見る。
セラーナが目を細め、遺跡を見る。魔力の流れからしても、魔物や罠の気配はない。少女が頷くと、セウスは準備を始める。
王とはいえ、もともと王宮にいるよりは線上にいる時間の方が長かったセウスは野営の準備は早く、調理なども一通りはできるようである。魔術や医術に関しては教わったが、家事や作法と言ったものを学ぶことがなかったセラーナは、立つ瀬がない。
闇の中、薪をしながら二人は周囲を見る。
魔力の光で発行する木々。この森林に映える気の名称はユグラド。別名魔出木。
普通の木とは違い、ユグラドは自発的に魔力を発する。なぜ発するのか、定かではないが、もともとはスキルを持ったただの木だった、という説がある。
時にユグラドの出した魔力は幻のような風景を作り出し、人間を魅了する。魔力に耐性のないものにとっては、麻薬のようなもの、とセラーナが読んだ本には書いてあった。
緑色の魔力光は幻想的な光景を作り出す。精霊湖と似たような光である。それもそのはずであろう。精霊湖の水中にもユグラドの仲間が自生しているのだから。
「遠い昔、同じ風景をよく見たものだ」
セウスは静かに言った。セラーナは向かい側から青年の顔を見る。悠久の時を生きる青年は、遠い目で懐かしむように言う。
かつて、彼には志を同じにした仲間がいた。共に生き、ともに戦場を駆けた仲間が。
その後、死に別れ、裏切られ、今はセウスだけがいる。
時間に置き去りにされ、一人生き残る。それがどれだけ辛いことかは、セラーナには想像できなかった。
セラーナは静かに目を閉じる。セウスの側にいると、落ち着く。ここが恐ろしい森の中だとしても。
少女は眠りに落ちて行った。
セウスは少女の眠りを確認すると、自身は寝ずの番についた。
セウスの肉体にも疲労は存在するが、セウスは常人ほど眠りを必要としない。たとえ体調を崩したとしても、それはすぐに治る。
心の傷は治らないが、身体の傷はすぐに治る。
いっそ、心などなかった方が幸せかもしれない、と思ったこともある。だが、それではただ生きているだけ。意味なんてない。
セウスは腰のセアリエルを抜く。半ばから折れた剣は、緑色の光を反射し、鈍く輝いた。
『父上・・・・・・・・・・・・・』
「・・・・・・・・・・!?」
そんなセウスは、聞こえるはずのない声を聞いた。驚き振り向いたセウスは、そこに自分が殺したはずの息子の姿を見た。
自分とうり二つの姿。緑色の魔力で発行する息子、エオスの姿を。
簒奪者エオス。悪しき魔女に操られ、自分に戦いを挑んだ青年。
『どうして、俺を』
セウスは辛くなって、目を閉じた。
次の瞬間には、エオスの姿は消えていた。
目頭を押さえ、セウスは呟いた。すまない、息子よ、と。
エオスは彼とセリーヌとの間の息子ではない。セウス王には腹違いの姉がいた。セウスの父王でさえ知らなかった姉は、本来自身が得るはずだった王座を得るために、セウスとトローア王国に滅亡をもたらそうとした。その過程で、彼女が仕組んだ最大にして最高の罠。それがエオスだった。
巧妙な魔女はセウスを魔術で誘惑し、エオスを生んだ。そして、見事にセウスとトローアの崩壊を加速させたのであった。
エオスをそのような道に走らせたのは、魔女だけの責任ではなかった。セウスにも、責任があった。
息子を顧みなかった。エオスはただ、認めてほしかっただけ。なのに、セウスはそれを理解することができなかった。
王であることに専念し、父親としての義務を見失った。何千年の孤独な問いかけの末に、やっとそれがわかった。
今更、許しは請わない。それでも、エオスに対して一言言いたかった。ただ、「愛している」と。その一言だけを。
望まれた子供ではなかった。けれど、彼は間違いなくセウスの子であり、自慢の息子であった。
あのような反逆をせずとも、いずれは彼がトローアの王となったであろうに。
セウスは一人、ユグラドの緑色の光を見ながら、物思いにふける。
クィル、エノラ、ギーゼラの三人は夜の森の中を歩く。
ユグラドの光もあり、夜中でも足元は明るい。それでも、夜の時間は魔物たちが活発になる時間帯である。
本来ならば、どこかで休み朝を待つところだが、クィルはこの森の安全な経路を今進んでいた。
魔族たちも何らかの理由で外の世界に出る必要があり、その時のための経路がいくつか存在する。クィルはそのうちの知る通路を通り、魔族国に着々と近づいていた。
魔族国の優秀な魔術師が幾重にも張った魔術がその経路にはあり、それによりほぼ大抵の脅威からは守られる。ほぼ、というこてゃ例外もいるわけでが、その例外も滅多に表れるものではない。
ギーゼラに早く安息を与えてやりたかった。クィルはぐっすりと眠る少女を見る。母親と双子の姉を亡くした少女。彼女のためにも早くいかなければならない、と考えていた。それはエノラも一緒である。
それに、アクスウォード・セアノが魔族国を攻める、という噂も気になる。一刻も早く知らせた方がいい。そう思っていた。
幻想的な光の中を、二人は歩く。
「私たち人間のせいで、こんな森の奥まで・・・・・・・・・・・」
エノラの言葉には申し訳なさが多分に込められていた。
「2300年前、この地に魔族国が建ったときは、多くを犠牲にした。けれど、そうやって作られた楽園は、他の魔族国が滅びても、今でも存在している」
2300年前、とある大戦の影響で生存圏を失った魔族は、辺境に自分たちの国を作った。五つの大陸に一つずつ。
しかし、2200年前には現在存在する魔族国を残してすべて滅亡した。内部紛争、または他種族による殲滅によって。
多くの犠牲と教訓を経て、魔族国は団結した。異なる種族が集合し、楽園を守っているのだ。
「どうして戦いあうんだろうね、私たちは」
エノラの問いに、クィルは答えられない。
こうして、触れ合えるほどに近いのに、ヒトは理解しあえない。
スキル、魔力。そんなものは、役に立つことはない。
「この力は、何のための力なんだろうね」
エノラのスキルも、クィルのスキルも、戦うことを前提とした力だ。スキルが神の祝福なのだとしたら、なぜ平和的なものではなく、こうした戦闘を前提としたものなのだろうか。
「一度でいいから、神に会ってみたいな。実際にいるのなら、だけど」
エノラが言うと、クィルも頷く。
小さいころ、母はよく言っていた。神様はちゃんと全部を見ている。いいことをすれば、きっとクィルに還ってくる、と。
けれど、それは嘘だ。
この世界に、神はいない。
目を覚ましたギーゼラ。起きたギーゼラをエノラに預け、クィルは膝をつく。
彼の目の前には、特徴のない、ただ大きな岩が転がっていた。
「・・・・・・・・・・・?これは?」
微かな魔力を感じ、エノラが問うとクィルは口を開く。
「魔族国を覆う結界を攻勢する媒介の一つ、さ。これを少しいじると・・・・・・・・・・・」
岩に触れたクィル。すると、前に存在したはずの無限に続くかのような森の風景がゆがみ、扉が現れる。
「こうして入り口ができる、ってわけだ」
さあ、行こう、とクィルはエノラたちに言う。
扉を開くと、中には歪な空間が広がっている。怯えるギーゼラの手を握るクィル。もう片方をエノラが握る。そして三人同時に扉の中に入った。三人が空間の歪に入ると、空間は瞬時に閉じ、またもとのひしめき合う巨木の風景へと変わった。
「・・・・・・・・・・・・・・・!」
驚くエノラの眼前に広がるのは、街である。
自然の中に造られた不思議な町で、色鮮やかな街並みであった。
街の中を歩く者たちは、いずれも実際には初めて見る種族ばかりであった。
獣人や、魚人、淫魔や吸血種。多くの「魔族」と呼称されるものが歩いている。
多種多様な種族のものがひしめき合うそこは、人間族の国々よりも、穏やかで活気に満ちているようにエノラには見えた。
人間族とは違い、確固たる絆で結ばれている彼らの姿に、エノラは感動を覚えた。
ギーゼラも、かつて住んでいた集落以上に発展し、ひしめき合う人々の姿に驚き、声も出ない。
「いい街だな、ここは。人々の顔を見るだけで、それがわかる」
エノラの言葉に、クィルは照れくさそうに笑う。確かに、恵まれているわけではない。けれど、ここは楽園なのだ。差別され、逃げてきた彼らにとって、最後の楽園。
「ようこそ、魔族国へ」




