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祝福されぬ者たち ―Ungifted Heretics― 完全版  作者: 七鏡
思い通りにならないなんて諦めたくはないから
21/124

神に祝福されし者

『まるで神童だ』


『奇跡の子どもだ』


『まさに、神話の英雄だ』



バラル帝国の現皇帝ザウシュリッツ、通称『黎帝』には三人の息子と、五人の娘がいる。

いずれも、母親こそ違えど、美麗であり、優れたスキルや魔力、身体能力に恵まれている。

その中でも、末の息子であったクロヴェイルは、兄妹の中でももっとも強く、またこの世界のどんな人間でさえ敵うことがないであろう才能に恵まれていた。まるで、神に愛されているかのごとく。

庶子であったために、皇位継承権は低く、いずれは臣下に降る身ではあったが、父王や兄たちからも一目置かれていた。



幼少期から、彼はその才能を余すことなく発揮し、大人たちを驚愕させてきた。

クロヴェイルは自らにつけられた師範の技をわずか三日で身に着けると、次に槍の技術を三日で身に着けた。

おなじように、格闘術、弓術、棒術・・・・・・・・・・と、次々にこの世界にある武術を身に着けた。

また、隣国から招かれた魔女より、魔術を教えられた時もわずか三日で全てを理解した。

異常ともいえるヴェイル。

彼の所持するスキルは、『祝福されし英雄』。

神より授けられた、万能の力であり、この世界最強の英雄になる可能性を引き出すのだという。

神に祝福されしヴェイルは、高潔で穢れなど知らない、聖人君子であった。

そのため、どんなに狡猾なものでさえ、彼に魅せられる。

本来ならば、嫉妬に狂う兄妹も、そのスキルのおかげか、彼を愛し、尊敬のまなざしを向けた。

息子を皇帝にできないことを、黎帝は惜しく思ったが、長兄である第一王子も、能力としては他国の同年代の王子より勝っている。

むしろ、皇帝と言う地位に縛り付けたりせずに、好きにやらせる方が、この世界のためだ、とさえ皇帝は考えていた。幸い、祖国や他の兄妹、それに自分への忠誠心は持っており、どう転んだとしても、彼がバラルに敵対することはなかった。彼は輝かしいバラルの未来のために尽力するであろう、と皇帝は思っていた。



バラル帝国は長く、アクスウォードとセアノの両王国と戦いを繰り広げてきた。六度にもわたる戦争と、数えきれぬ紛争。最初の対立の理由さえ、もう憶えられてはいない。

ここ数十年は、穏やかな関係ではあるが、些細なきっかけでその状況は簡単に崩れる。それに穏やか、というのは他の国々から見た状況であり、実際はもっと殺伐とした関係である。

和平こそ結んでいるが、いつ戦争になるかはわからない。ラカークン大陸の二国の存在もあり、帝国は強い軍事力を必要とした。

その結果、帝国は世界最強の軍隊を持つにいたった、というわけだ。


ある時、休戦を記念する式典が、バラル帝国首都オーフェンで行われることとなり、アクスウォード・セアノの王族や大臣が招かれた。さすがに公の場で喧嘩を吹っ掛けることもなかろう、と両国の指導者はこの式典に参加した。それに、いざ何か仕掛けたならば、即時開戦するように居残りの大臣に命じてさえいた。

華やかな光景であったが、内実は腹の探り合い、牽制の場であった。

幼き少年、クロヴェイルもまた、その式典に参加していた。

式典の後の、宮殿でのパーティに、兄妹ともに参加した。

周囲には多くの大人がおり、年の離れた兄たちと話をし、姉たちも他国の若い貴族と楽しそうに会話をしていた。

ヴェイルはお付の侍女を探すが、貴族ではない彼女はいないし、兄姉たちは皆、話に夢中であった。

ヴェイルはいい子であったため、邪魔はするまい、と父に断りを入れて、庭に出た。

いかに優秀な彼も、まだ子供であり、政治などわからなかった。彼と同年代の子どもがいない、ということも、彼にとっては問題であった。


庭先に出て、夜風で涼むヴェイルは、ふと、誰かが庭先に座り込んでいるのが見えた。

不審に思うヴェイルは、侵入者か、とも思ったが、その割には身長は小さい。

ふと、茂みを超えてヴェイルが覗きこむと、そこには貴族の子どもの着る礼装をした同年代の少年がいた。

黒い髪で、黒曜石の如き瞳は、鋭利に夜の月の光を受けて輝いている。


(アクスウォードの・・・・・・・・・・)


ふと思い出すヴェイル。

隣国、アクスウォードにいる王子の一人が、ヴェイルと同い年だと聞いたことがある。

まさか来ているとは思っていなかったヴェイルは、話し相手ができた、と少しうれしくなる。

だが、そんな内面のヴェイルとは違い、少年は不機嫌層にヴェイルを見て呟いた。


「・・・・・・・・・・・・・なんだ、祝福されし者か」


「祝福されし者?なんだい、それ?」


首をかしげ、少年に尋ねるヴェイル。

何も知らないヴェイルの、その能天気な顔を見て、少年はち、と舌をうち、キッと睨む。

その目に、びくりと、ヴェイルはのけぞる。

今の今まで、人に嫌われたり、悪意を向けられたりしたことのないヴェイルには、初めての経験だった。


「この世界の神に祝福されて、愛された奴、ってことさ、ヴェイル様」


様、の部分に異様に力を込めて少年は言う。


「なんでもできる、まるで神に愛された少年。まったく、天はお前に一体どれだけ多くのモノをくれたのかね」


少年はそう言うと、自嘲の笑みを浮かべて立ち上がる。


「あ、あの、君はアクスウォードの王子だろう?よければ、僕とお話ししようよ」


そう言い、差し出した手を、少年はじっと見る。

そして、その手に握手をするかと思いきや、その手を強くはじいた。

流石のヴェイルも、これにはムッとして、少し強い語調で言った。


「何するんだよ!」


「馴れ合うつもりはねえよ、クロヴェイル様」


そう言った少年の瞳。黒い瞳の奥深くに、言いようもない深い怒りと悲しみがあった。

それの意味を、ヴェイルは理解できなかった。

出会ったばかりだというのに、まるで長年の宿敵を見るようなその目を。


「俺はお前と違う。お前が『神に祝福されし者』なら、俺は、俺は『祝福されぬ者』。お前と俺は、違う存在だ」


「違う存在?何を言っているんだい?僕たち、おんなじ人間だろう?」


人間、と言うと、少年ははっはぁ、と嗤う。


「人間、ね。俺は王族に生まれなかったら、人間として認められなかった存在さ。この世界の理から外れた、異端者さ」


そう言い、彼は夜の空に浮かぶ、月を見る。

まばゆい星々も、月も、空も、この世界のすべてが少年は嫌いであった。

ヴェイルがこの世界を愛するのとは、正反対の少年は、ゆっくりとヴェイルを見る。


「ああ、なんて面だ。この世界には光しかない、って顔だな」


そう言うと、少年は口を歪める。

ヴェイルは静かに口を開き、その光り輝く眼で彼を見る。


「君は、この世界の何を知っているんだい?この、素晴らしい世界で、どうしてそんなに・・・・・・・・」


「素晴らしい?は、おめでたいな。やっぱり、俺はお前とは永遠に分かり合えない」


そう言うと、少年はヴェイルに背を向けて、宮殿に戻っていく。


「待って、君は・・・・・・・・・・・」


「じゃあな、英雄サマ。せいぜい、この狂った世界で英雄ごっこでもしててくれよ」




この時、クロヴェイルが会った少年はこの半年後に、アクスウォード王家より失踪し、傭兵へと身を落とすこととなる。

そして、アンセルムス、と名を変え、表舞台に登場し、幾度もクロヴェイルと戦いを繰り広げることとなる。

クロヴェイルはそんなことを知る由もない。

後世、残虐非道の魔神として名を残すこととなるアンセルムスと、光の英雄、騎士の中の騎士、と呼ばれたクロヴェイル。

思えば、この時よりすでに二人の運命は決まっていたのかもしれない。





ラトナ騎士団、というものがある。

古くはバラル帝国創世記に登場する、由緒正しき騎士団であり、初代皇帝の弟が団長を務めた。

ラトナ騎士団は皇帝直属の精鋭として、現代まで続いており、そこに所属する騎士は、英雄として他国でも語られるほどだ。

団長は魔神にも匹敵する実力を持ち、人間・亜人の中でも最強と言われる武力を有する。

バラルが「最強」の称号をほしいままにできるのは、ひとえにラトナ騎士団の存在会ってのことだろう。

そのラトナ騎士団の現在の団長の名は、クロヴェイル・ラウリシュテン。

幼少期はヴェイル、と呼ばれ、皇帝の末子として可愛がられてきた。

成人に伴い、王家から臣下へとなり、ラウリシュテン公爵の地位を賜ったのだ。

それと同時に、栄誉あるラトナ騎士団団長に歴代最年少で選ばれた。

バラル国境の盗賊団殲滅で華々しく初陣を迎えたクロヴェイルは、一躍国の英雄となった。

幼少期より、名を馳せたヴェイルは、他国との交流試合を通し、その異常な強さを内外に見せつけた。彼の率いるラトナ騎士団も、他国における紛争解決のために派遣され、その実力をいかんなく発揮した。

かつて「剣の女王」と呼ばれたレヴィア=ツィリア以上の英雄として、彼の名は語られるようになっていた。

クロヴェイルは何の野心も持たず、ただただ己の正義を盲信する。そんな男であった。

およそ悪意など知らず、善意の身を信じる、物語の騎士のような彼を、誰もが愛した。

ただ一人、例外がいるとすれば、いつか会ったあの少年だけだった。

だが、ヴェイルはもはや、あの少年のことなど憶えてはおらず、ただただラトナ騎士団団長としての職務をこなしていた。




クロヴェイルは副官であるミランダ・ライケとともに皇帝のもとへと向かっていた。皇帝よりの直接の命令を受けて、はせ参じる途中であった。

ミランダとは士官学校以来の友人である。女性ながらクロヴェイルに次ぐ次席である。クロヴェイルがあまりに突出しているために忘れられがちだが、彼女もまた実力者である。クロヴェイルさえいなければ、彼女は間違いなく主席であった。

だが、ミランダはそのことを恨んではいないし、こうして副官としていられることに喜びを感じていた。クロヴェイルもこの優秀な副官であり、親友であるミランダのことを好ましく思っていた。


参上した二人を見て、黎帝ザウシュリッツは目を二人に向ける。若き頃より精悍な顔立ちであり、見る者を圧倒する眼光。王者の風格を持つザウシュリッツは口を開く。


「すまないな、急な呼び出しをしてしまい」


「いいえ、陛下。滅相もございません」


臣下の礼を取り、跪く二人に楽な姿勢でいるよう命じ、ザウシュリッツは言った。


「とある国で反乱がおこったようでな。援軍要請が来ておる。返事は保留にしておる。まずは貴公の意見を聞こうと思ってな」


そう言い、ザウシュリッツは反乱の詳しい内容を述べる。クロヴェイルも知るその国では、長年政府と軍が対立していた。民主的な支配体制を作った現政権に、旧体制より組み込まれた軍組織は折り合いが悪いことで有名であった。

そして、今回反乱が起きた。いわゆるクーデター、である。

バラル帝国とも友好的な関係にある。皇帝としても援軍を送るのはやぶさかであはない。


「そういうことでしたら、喜んでラトナ騎士団を派遣しましょう」


「そうか。そう言ってくれて助かる。クロヴェイルよ」


「それで我々はどのように動けば?」


「現地でまずは落ちあい、政府の指揮下に入ってもらいたい、ということだ。指揮下、と言ってもクロヴェイルの裁量に任せることになるだろう」


クロヴェイルが誰かに御せるような器ではない、と父親はよく理解していた。

ラトナ騎士団団長は深く頭を下げ、副官とともに皇帝の前を辞した。



目的地は中央大陸西岸の国、カラトナ。

バラルの誇る高速戦艦でアウラ海を越え、クロヴェイル率いるラトナ騎士団はその地に降り立った。

クロヴェイルを迎え入れたカラトナ政府高官たちは、助かった、という顔をし、クロヴェイルにすり寄る。


「クロヴェイル殿、お越しいただき、本当にありがとうございます」


「いえ、これも当然のこと。・・・・・・・・・・・・それで、状況は?」


「・・・・・・・・・・・よくはありませんな。政府のトップである三賢人は拘束されており、こちらも義勇軍や傭兵軍で対峙しておりますが、何分相手は軍事のプロです」


高官はそう言い、汗を拭う。


「首都リッフェは敵の手に落ちており・・・・・・・・・・・・・」


「リッフェに敵指揮官はいるのですね?」


「軍の指揮官、ザヴォア元帥はカラトナの解放者として、国家元首を名乗っています」


「では、サヴォア元帥を取り押さえれば、抵抗は治まると考えていいでしょう」


クロヴェイルは副官のミランダを見て頷く。


「それでは、我々はリッフェに向けて前進しましょう」


「ありがたい。こちらからも、わずかではありますが、戦力を出しております。リッフェまでは、その者たちに案内させましょう」


そう言い、高官は一人の傭兵を呼んだ。

クロヴェイル達の前に、一人の青年が現れる。年はクロヴェイルと同じくらいである。だが、青年は傭兵と言うにはいささか華奢であり、剣を触れる腕とは思えなかった。


「この者はシュゼイル。我々を敵の手から救ってくれたもので、クロヴェイル殿が来るまで戦況を持ちこたえさせてくれたものです」


「よろしくお願いします、クロヴェイル・ラウリシュテン殿」


強烈な黒い眼光を光らせた傭兵は言い、手を差し出す。黒髪、黒目。その姿に、クロヴェイルはちくりと頭の中でなにかを感じたが、それを気にする余裕はなかった。

手を握り、その冷たさに驚いたクロヴェイルは、すぐに心を切り替え、ラトナ騎士団団長として男に聞いた。


「それでは、案内を頼んでよいか?」


「喜んで」


そう言い笑った男の顔に、何か嫌悪感を感じたクロヴェイル。

シュゼイルと名乗った青年もまた、そんな英雄にわずかな殺気を放っていた。



ラトナ騎士団はクーデター首謀者のいる首都リッフェを目指し、進軍を開始した。

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