光の英雄と闇の暗躍者
ラトナ騎士団はカラトナ正規軍を打ち破り、首都リッフェを包囲した。
ラトナ騎士団のその一糸乱れぬ連携と、圧倒的な力にカラトナ軍は惨敗を重ねた。
クーデター首謀者サヴォア元帥は首都リッフェでの籠城戦を決意した。
籠城戦に至り、クロヴェイルもさすがにそれまでの攻勢を押さえることとなった。
首都リッフェには民間人が多数いる。いわば人質である。クロヴェイルとしては、民間人の犠牲を出すわけにもいかず、攻めることができなかった。
一方、クロヴェイルとともにリッフェまで進軍してきた傭兵のシュゼイルは攻撃すべきである、と主張していた。
敵は今、足元をくじかれ、戦力もろくに再編できていない。攻めるならば、今をおいてない。こうしている間にも、地方にいる軍が中央に向かっている。いかなラトナ騎士団とはいえ、一国の軍隊全てを相手にはできないであろう。それが、シュゼイルの意見であった。
それは正しいが、それによって出るであろう犠牲に目をつぶれるほど、クロヴェイルは戦争慣れはしていなかった。紛争解決などをしてきたが、本当の意味での戦争を彼は経験していないのだ。
そんなクロヴェイルを傭兵はあざ笑う。
「多少の犠牲には目を瞑るべきでしょう」
「民間人を犠牲にしてまで、か?罪なき民を?」
「罪なき、ね・・・・・・・・・・・・・・」
シュゼイルは意味深に呟く。
「もとよりこの国の争いの原因を放っておいたのは、無関心な国民なのですがねえ。政府にも軍にもいい顔をしてきた国民。考えることすら放棄し、ただただ生きるだけの人間に、救う価値があるのですかねえ」
「・・・・・・・・・・・何を言っている?お前は」
クロヴェイルがシュゼイルを見る。
「民間人、などと言ってこの争いに無関係のように言っているが、それは間違いってことですよ。それにこれから流れる血に比べれば、このリッフェにいる民間人の血など、安いものですよ」
その瞬間、クロヴェイルは怒りに任せ拳を傭兵の顔に叩きつけた。クロヴェイルが今まで見てきたどの人間よりも、腹が立って仕方がなかった。
「ふざけるな」
クロヴェイルが低い声で言う。
「命が安い、だと?命は皆等しく命だ!」
「は、命が等価値だって!?おめでたいね、クロヴェイル様!」
殴られた頬を押さえ、シュゼイルは言う。
「それこそがあんたが何も知らないお坊ちゃんだっていう証拠さ!戦争も、何もわかっちゃいない!」
シュゼイルはそう言い、血の混じった唾を地面にはいた。
「命が問う価値と言いながら、人間は何をしてきたことか!魔族を排斥し、同じ人間でさえ、争わずにはいられない!そうやって戦いの歴史を作ってきた!」
シュゼイルの言葉は、クロヴェイルの心に突き刺さる。
クロヴェイルが知らない、いや、見てこなかった闇。それをこの男は知っているのだ。
「まあいい。ここで初心を加えて見ているがいいさ、団長様!いずれ、わかる。今攻めておけばよかった、ってなあ」
そう言い、踵を返す傭兵を見て、クロヴェイルが呼び止める。
「どこにいくつもりだ!」
「さぁな。もうこの戦争は終わったからな。俺は役目を果たした。あとは頑張ってくれよ」
そう言い、シュゼイルは消えた。
リッフェ包囲より数週間。状況は好転しなかった。むしろ悪化をたどっていた。
敵を打ち払いながら、包囲を続けるラトナ騎士団であったが、食糧事情なども少々辛くなってきていた。
「・・・・・・・・・・・・・」
このまま包囲を続けていても、事態は変わらない。
クロヴェイルは決断を迫られていた。このままか、それとも・・・・・・・・・・・。
クロヴェイルはミランダに指示し、リッフェ突入を敢行することにした。
ラトナ騎士団の総攻撃は、リッフェの城門を壊し、内部のクーデター軍に襲い掛かる。
自身も指揮をしながらリッフェ内に入ったクロヴェイルは絶句した。
リッフェ内部は死体で溢れていた。それは兵士ではなく、民間人の姿であった。
籠城戦により、食糧が限られるリッフェ内部では軍による搾取が行われた。その結果として、民間人は病や空腹に倒れる結果となったのだ。
シュゼイルの言葉が蘇る。
あの時、クロヴェイルが突入していれば、犠牲は出ただろう。戦闘に巻き込まれる者はいただろう。だが、これほどの死体の山が築かれるはずではなかった。
クロヴェイルは言いようもない怒りに、手を震わせる。
クーデター首謀者サヴォアを捕えるべく、彼はリッフェ最高評議会に向かう。
クロヴェイルは兵士を薙ぎ払い、一人サヴォア元帥のもとに向かう。途中向かってくる敵を、その圧倒的な技量で圧倒し、無力化した。クロヴェイルの足を止めることはできなかった。
クロヴェイルはついにサヴォアの前にたどり着く。
「バラルの若き英雄か。遅かったな」
そう言い迎えた老人。その人物こそが、サヴォア元帥であった。
「サヴォア元帥、投降していただこうか」
「・・・・・・・・・・・・・・わかった」
元帥は抵抗の意志すら見せず、従った。
サヴォアの降伏により、このクーデターは終了した。軍も攻撃を止め、主要な将校は皆捕えられた。
この事件で国家の最高権力者、三賢人も死亡した。
このため、事件首謀者に対する処罰を決めることは生き残った政府高官の手にゆだねられた。だが、高官たちは他国の者であるクロヴェイルにも処罰についての意見を求めた。
裁判により、徹底的にその罪を調べあげ、そのうえで罰に処すべきである。クロヴェイルの答えはこうであった。
罪人であるサヴォア以下、クーデター首謀者を牢獄から裁判所に搬送される作業が続いている。
その警備に当たっていたラトナ騎士団。いまだにクーデターを目論む動きはみられており、逃げ延びたものが襲撃する可能性もあった。
牢獄から出てきたサヴォアを騎士が馬車に乗せる。馬が場所をひき、動き出そうとした瞬間。
巨大な爆発が起こった。
「なんだ!?」
「近くの建物で原因不明の爆発が・・・・・・・・・・・!」
その報告に、クーデター派の生き残りの仕業か、と見たクロヴェイルが指揮を飛ばす。
「護衛を増やせ、クーデター派かもしれん!」
一方で爆発の穂以外にあった者の救済のための人員もクロヴェイルは出した。
そちらに気を取られているうちに、サヴォアに近づく影があった。
だが、その影はラトナ騎士団に気づかれずにサヴォアを連れ出した。
クロヴェイルがサヴォアの不在に気付いたのは、それからしばらくしてからであった。
サヴォアがそう遠くまで行っていないことはわかっていた。
クロヴェイルも指揮を執りながらリッフェでの捜索を続けていた。
リッフェの貧民街に入ったクロヴェイル。死の臭いに満ち、死体で溢れるその通りを見て、彼は顔を顰めた。
「ひどい・・・・・・・・・・・・」
死体は放置されたまま。
尊厳も何もなく、こうして死んでいった人々。
その死の直接の原因は、クーデター軍である。だが、あの時自分が決断していれば・・・・・・・・・。そう思わずにはいられない。
クロヴェイルは結局、自分で手を汚したくなかっただけなのかもしれない、などと思っていた。
貧民街を歩くクロヴェイルは沈んだ気持ちで歩く。そんな時、とある建物から微かにではあるが、声が聞こえた。クロヴェイルは耳を寄せ、その会話を聞く。
「どういうことだ、アンセルムス。貴様の計画では、わしらがこの国を支配していたはずだぞ。くだらない民主主義と言うものではなく、旧き良きカラトナ帝国がな!」
そう言う老人は、黒髪黒目の青年を見る。クロヴェイルはその姿を見て驚く。その人物は、あのシュゼイルと名乗った青年であったからだ。
アンセルムスと呼ばれた青年は肩を竦める。
「俺の方でいろいろ細工はしてやった。革命ができなかったのは、それはあんたらが所詮その器じゃなかった、ってわけさ」
「なんだと、貴様・・・・・・・・・・・!!」
「もともと、あんたらみたいな懐古主義者が勝てるなんて思ってなかったけどなァ!!」
はははははは、と嘲笑するアンセルムスに腰の剣を抜き憤怒するサヴォア元帥。
「赦さぬぞ、貴様!誇り高きサヴォアの獅子を怒らせて生きて帰れると思うな」
「あんたこそ、生きて帰れると思うなよ・・・・・・・・・・?」
アンセルムスが嗤う。
「そこまでだ」
その時、クロヴェイルはその間に割って入る。ぎょっとしたサヴォアに対し、アンセルムスは余裕の笑みを浮かべてクロヴェイルを見る。
「よう。そろそろ来るころだと思っていたぞ」
まるで来ることを予期しているような物言いに、クロヴェイルは眉をしかめる。一方のサヴォアはクロヴェイルの登場に泡を食っている。
「聞きたいことは山ほどあるが、シュゼイル、サヴォア元帥。両者ともに武器を置き、手を上げろ」
二人は武器を捨て、手を上にあげた。
「お前たちを逮捕する」
「逮捕、ねえ。殺しはしないのかい?」
「この国の法がお前たちを裁く」
「優等生だなァ」
くっく、とアンセルムスは笑う。
「それよりも見たか、クロヴェイル。この惨状を、ここに来るまでの死体の山を」
アンセルムスが嗤う。
「あれがお前の掴んだ結果だ。輝かしい勝利!その下に流れた尊い血!なんとも感動的じゃあないか」
「黙れ」
「理想だけで世界は動かない!どれだけ願ったところで、世界は残酷なんだよ、クロヴェイル様ァ!お前がいかに神に愛されていようと、神はお前を救いはしないぞ!」
その時、アンセルムスは足元の剣を拾い上げる。そして、クロヴェイルに走ってくる。
クロヴェイルに殺されることで、口封じするつもりか。そう呼んだクロヴェイルは、アンセルムスの脚を切り伏せようとした。その瞬間、閃光が視界を覆う。クロヴェイルは目を咄嗟に閉じた。それでも、剣を振るった。
剣は、アンセルムスの片足を切り裂いた。アンセルムスは血を流しながら、剣を引き抜いた。しかし、狙いはクロヴェイルではない。
戸惑うサヴォア元帥の首をアンセルムスは一振りで切り落とす。そして、外に向かって奔りだす。
視力の回復したクロヴェイルはアンセルムスを追いかける。
アンセルムスは血の流れる足を引きずりながら、城壁に上った。
城壁の下には、川がある。アウラ海まで続く川であり、その流れはいつもよりも強かった。
城壁に立ち、逃げ場のなくなったアンセルムスをクロヴェイルは追い詰める。
「逃げ場はないぞ、シュゼイル」
「・・・・・・・・・・・・」
「大人しく投降しろ」
「そいつはごめんだね。クロヴェイル。俺はお前に摑まるわけにはいかない」
アンセルムスはそう言い、ジリ、と後ろに下がる。
「死ぬ気か?」
城壁は高く、下の川に落ちたとしたらただでは済まない。むざむざ死を選ぶつもりか。そう問うクロヴェイルに、その通り、とアンセルムスは頷く。
そして、迷いなく下へと落ちた。
クロヴェイルがその腕を掴むより早く、その身体は重力に引きずられ落ちて行く。
黒髪の青年の姿が、はるか下の激流に呑まれ、消えた。
クロヴェイルは、無言でそれを見ていた。
この戦いで、クロヴェイルが得たものは何もなかった。
首謀者サヴォア元帥の死亡。黒幕であるアンセルムスの生死不明。これにより、後味の悪い結果だけが残った。
その後、一連のクーデターで荒廃したカラトナは、かつて勇名をはせた帝国としても、民主国家としても死んだ。
クロヴェイルは帰国の途に就いたところで、あのアンセルムスの容姿から、ある人物を思い出した。それは、幼いころにあったアクスウォードの王子であった。
容姿の特徴から、彼こそがその人だ、とクロヴェイルは確信していた。だが、もはや彼は生きていまい、とクロヴェイルは思っていた。
彼の抱える闇。それとともに彼は死んだのだ、と。
とある場所。
全身に傷を負いながらも、命を取り留めたアンセルムスはうっすらと笑みを浮かべていた。
いずれ行う「戦い」のための予行演習としては、結果はまずまずであった。アンセルムスはそう言い、クロヴェイルへの憎しみを募らせる。
いつか、殺してやろう。
持たざる者は、全てを持つ者に対する憎悪を強くする。
首から鎖で下げた指輪を握りしめ、アンセルムスは瞼を閉じた。




