86 殲滅のジルオード
ノーリウス冒険者組合。大都市に存在する組合というだけのことはあり、その規模は大きい。そして規模が大きければそれに伴いしなければならない事も自然と多くなっていく。
そんな冒険者組合の一室にて、大量の書類が机の上に置かれているのを前にして、だからといって嫌な顔一つせず淡々と執務を行う初老の男性。しかしそれは疲れないというわけではなく、時折目頭を抑え軽くほぐすような仕草をするのはいってみれば癖のようなものである。
そんな癖をしながら、これまた凝った肩をほぐすように伸びをする。自分ではまだまだ若いと思ってい初老の男だが、こうしてみると体力の衰えを否が応でも感じさせられるのであった。
「お疲れ様です」
手を話声の方へと視線を移す。そこには書類の束を持った女性が立っていた。
「本当お疲れだよ。もしよかったら代わってくれると私としても助かるんだが」
「大変残念ではありますが、私にそのような権限はございません。ですのでご自分でなさって下さい」
「はぁ……。年寄りをもう少し労っても罰は当たらんと思うぞ」
「御冗談を。組合長はまだまだお若いですよ」
「いや、もう六十は越えとるんだが……。普通に考えれば充分十分年寄りであろう」
「働けるものは働く。それが仕事というものです」
「……本当少しは労ろうな?」
ニコニコと笑顔で書類の束を渡す女性を前に、組合長は苦笑いをするしかなかった。とはいえ、女性の言うことはもっともで、働ける者は働かなければならない。そこに役職などは関係ないのだ。
「とはいえ、働き詰めはお身体に良くないのも事実。少しばかり休憩するのも悪くないでしょう。丁度いいですしお茶をお持ちしましょうか」
「おおそうか、すまないな」
女性が部屋から退出するのを確認し、組合長は椅子に深く腰掛ける。
「ふぅ。本当歳は取りたくないものだな」
年々感じる体力の衰え、最近では視力も落ちているのではと感じ始めている。いくら事務仕事が主だとはいえ、曲がりなりにも冒険者組合の組合長。これ以上動けなくなっては笑うに笑えない。最近すっかりご無沙汰になってしまっているが、時間が空いたときにでも訓練でもするべきか。そんなことを考えていると、先程の女性が部屋へと戻ってきた。
おや? と組合長は首をかしげる。お茶を入れたにしては少々早くはないだろうか。そう思っていると、女性が訝しげな表情で近寄ってくる。
「組合長」
そう言って女性は組合長に封書のようなものを差し出してくる。
「これは?」
「仕分け棚のところにあった封書なのですか……」
仕分け棚。組合に届けられる書類や手紙などを一時的に置いておく棚で、後ほど纏めて回収する為のものである。書類が届けられる度に一々対応していては面倒なので、組合長などは数度に分けて受け取るのだが、今回よこしてきたのはこの一通のみ。
「この封書がどうかしたのか」
そう言いながら封書に視線を移し、特に変わったものではなさそう……そう思いながら裏返しそこで眉を潜める。そこには封蝋が施されているのだが、それはいい。だが問題はその封蝋の作りである。
「イデアラン冒険者組合……?」
「はい。その封蝋の形からしてイデアラン冒険者組合の物で間違いかと思います。ですが、その差出人の印……」
女性が困惑したような表情をしている。だが組合長はその原因に心当たりがある。
「……なるほど、この封蝋、補佐長とあるな」
封蝋は差出人がどのような人物なのかを明確に印として表す。こちらが出す場合は、ノーリウス冒険者組合・組合長印となる。ではこの封蝋はとなると、イデアラン冒険者組合・補佐長印となる。だが補佐長という役職はあまり一般的ではない。実際このノーリウス冒険者組合には補佐長の役職は存在しない。だから彼女も困惑しているのだろう。
「イデアランからとあるが、何故補佐長から……。組合からの書状なら組合長か副組合長の印が押されはずだが……。いや待て……イデアラン……」
ああそうか。そこで組合長は納得した表情をする。あの辺境の町イデアラン、そのこ冒険者組合の組合長は少々変わっている……いや、少々どころではない。頭がぶっ飛んでいると言っていい。とてもまともな仕事が出来るとは思えない。だから代理の者がその仕事を代わって行わなければならない。そこで組合長はある人物の顔を思い出す。イデアラン冒険者組合の副組合長。かの者がそれを代理で行っているのだろう。
あの破天荒な奴の代わりをするなど苦労が絶えないだろう。そう思うと気の毒でならない。そしてふと考える。ああ、だからその副組合長を支えるために補佐長などという珍しい役職を置かなければならなかったのか。
「イデアランも大変だな」
哀れみの表情をする組合長。なんとも面倒くさいことだ。そんな補佐長に同情しつつも、そこでふと記憶を思い起こす。
辺境イデアラン、そして冒険者組合。そこの組合長は頭のぶっとんだ人間。そして補佐長というめずらしい役職。
補佐長
そんなめずらしい立場の人間……
「……思い出したっ……」
突如大声を上げる組合長。その様子に女性が驚いた様子をみせるが、そんなものにかまってる余裕はなかった。
イデアラン冒険者組合補佐長、グラスト・ジルオード
殲滅のジルオードだ……
イデアラン冒険者組合の組合長。彼は確かに頭がぶっ飛んでいた。予測できないことをしでかす。本人も予期していないことを起こすことも珍しくない。だが。ジルオードは違う。彼は何事に対しても冷静沈着である。恐ろしく頭がキレる。そしてそのキレる頭を使い冷静に事を起こす。狙って起こす。そして必ずそれを実行する。
たとでそれがどんな事であろうと、必要とあれば。
どんなに目を背けたくなるようなことでも、躊躇うことなく、迷いなく。
なんの感情も抱くこと無く、簡単に、そして実行する。
全身からぶわっと大量の汗が流れ出る。そして思わず呼吸が止まりそうにな。
「おいおい……」
そんな補佐長からの書状? どう考えても厄介事だ。賭けてもいい。
「これはいつ届いた? というか誰が届けた?」
まさか本人が届けた……などということはあるまい。それならば本人が直接目の前に来ればいいだけだ。わざわざ手紙をよこす必要はない。
「すぐ確認して参ります」
組合長の焦りを察知したのだろう、女性は額に汗を流しながら部屋を後にする。そんな女性には目もくれず、組合長は目の前の封書をナイフで開封し中身を取り出す。
深呼吸し、そしてゆっくりとその手紙に目を走らせるのであった。
久しぶりにブックマーク頂きました。
ありがとうございます!
引き続きこれからもよろしくお願いいたします。




