74 凶行
倒れているミィーケの元に急いで駆け寄るキース。周囲には冒険者が居たがそれを無視してミィーケに近寄る。そして目にする。ミィーケはその背中を深く斬りつけられていた。
「ミィーケっ!!」
力なく倒れているミィーケの身体に触れ生存を確かめる。弱々しくではあるもののしっかりと呼吸をしている事にキースは安堵する。
だが安心するのはまだ早い。このまま放っておけばいずれ手遅れになってしまうかもしれない。キースはミィーケの身体に触れながら身代わりを使用しようとし――
「止めておけ」
後ろから近寄ってきたハインズがキースの肩に手を置き、スキル使用を止めさせる。
「今はそれをするべきじゃない。まずは状況を把握することが先決だ」
「ハインズッ!? 何を言って……」
「落ち着けキース」
焦るキースとは対称的にハインズは努めて冷静に徹していた。
「そのチビを斬った相手が何者かもわからないんだ。今身代わりを使ってお前が動けなくなったらどうする。そのチビに犯人を取り押さえさせるのか」
ハインズはミィーケを一瞥する。
「幸いにもそのチビは猫人、獣人族は俺らよりも高い生命力を持っている。すぐに死ぬようなヤワな作りじゃない」
「だがっ……」
「冷静になれキース。何も見捨てろとは言ってない。安全を確保するのが先だと言っているんだ」
ハインズの言葉を、静かに受け止める。
目をつぶり、呼吸を整え、今できることを考える。
「……わかった」
静かにキースはそう応える。
周りにいた冒険者たちにミィーケの事を頼み、キースとハインズは建物の中へと入っていく。入ってすぐの室内は特に荒らされた形跡はない。
「それにしても、治療院内で問題が発生するとは……シルビァーナ氏は留守だったのか?」
「ああ。今は仕事で外に出ている」
「そうか。間が悪かったとでも言うべきか……」
もしシルビァーナがいたのならば、事態は直ぐに収拾していたであろう。ミィーケも傷つくことはなかったはずだ。キースは憤りを抑える為に軽く深呼吸する。今は心を乱している場合ではない。冷静にならなければならない。
キースとハインズは治療院の奥へと入っていく。廊下には傷ついた冒険者が横たわっていたが、幸い命に別状はないようだ。彼らをその場に置きに、さらに奥へと足を運ぶ。そしてある部屋へと差し掛かった所で、中から物音が聞こえてくる。それを耳にした二人はゆっくり室内へ進む。
「――手を離すんだ」
抑揚のない声で淡々と言葉を発するハインズ。だがしかし、そんなハインズの言葉を全く意に介さず、血走った目で目の前をただ睨みつけている者がいた。
「もう一度言うぞ。手を離すんだイールーディ」
イールーディは目を見開き前を睨みつける。その睨みつけた先、そこには首を絞められ苦しそうに悶ているイグナスがいた。
肩に剣を突き刺され、壁に縫い付けられるような状態のイグナスは、抵抗することが出来ずただ首をし絞めれている。ともすれば直ぐに気を失ってもおかしくないであろう、ギリギリの状態だ。
「……っつ、ぐぅっ」
苦しそうに悶えるイグナス。すでにその顔からは血の気が失われている。それでもイグナスは懸命に腕を振り払おうとする。
「離すんだイールーディ」
「……」
「離すんだッ!!!」
気迫のこもったハインズの怒号に、ようやく手を離すイールーディ。開放されたイグナスは盛大に咳き込み、そして肩で息をしながら肺に空気を摂り込んでいく。
「はぁっ はぁっ はぁっ」
未だ呼吸が整わないイグナス。イールーディはそんな彼の肩に突き刺さっている剣の柄を手にし、それを勢いよく引き抜く。傷口から血が吹き出し室内を鮮血で染め上げる。苦痛に顔を歪めるイグナスを、イールーディは怒気の籠もった目でにらみつける。そしてそのままイグナスの腹を力いっぱい蹴り上げる。
蹴飛ばされたイグナスはそのまま壁に叩きつけられ、そしてそのまま力なく床に倒れ伏す。イグナスの元に駆けつけようとキースが動き出すが、イールーディはそれを牽制するかのように剣の切っ先を向けてくる。
「イールーディ……」
「……」
緊迫した空気が室内に流れる。イールーディの状態はとても正常とはいい難い、いつ爆発してもおかしくないそんな状態であった。
「何故こんなことをするんだ」
ハインズの問いかけに、イールーディはその血走った目をギロリと向けてくる。
「何故……なぜ、なぜ? ははっ…… なぜか……」
乾いた笑いが室内にこだまする。感情の籠もっていない言葉、だが次第にそれは異質なものへと変わっていく。
「なぜ なぜ なぜ なぜだと……何故だとっ…!! ……ふざけるな、ふざけるな ふざけるな!!!!」
口から泡を吐き出し頭を振り髪を掻きむしる。あーあーあーと唸るように言葉を発し、ただただ感情を吐露する。もはや正気を失っているかのような状態のイールーディ。だがそんな姿を目にしながらもハインズは冷静であった。
「どいつもこいつも、うるさい、うるさい、うるさいんだよ!!!」
「イールーディ」
「うるさいぃぃ!!!」
感情を爆発させたイールーディが剣を頭上高く振り上げる。
切っ先が誰にも向けられていないその一瞬。それを見逃すハインズではなかった。
素早く間合いを詰め懐に潜り込む。そして剣を握るイールーディの手を掴みそのまま捻り上げる。身体が流れた状態のイールーディの腰を払いそのまま床に投げつける。受け身の取れない状態で床に叩きつけられたイールーディ、その身体の上に覆いかぶさるよに位置し腕を捻り上げ抑え込む。
流れるような一連の動作を一呼吸の間に行っていくハインズ。
「イグナスの様態はどうだ」
イールーディを抑え込みながら、ハインズは倒れたイグナスの様態をキースに確認する。
「……大丈夫、気を失っているが命に別状はないようだ。肩の傷も出血はしているが、そこまで重傷ではない」
すでに肩の傷を治療し始めているキースを見て、ハインズはひとまず安心する。そして意識を未だ抵抗しようと藻掻いているイールーディに向ける。
「イールーディ、自分が何をしているかわかっているのか」
「ぐぅっっ!」
「今回の騒動、単なる言い争いという事で済ませるわけにはいかん。わかっているな」
「っっぐぅっ!!」
床に爪を立て歯をむき出しにして唸るイールーディ。そこにもはや理性というものは見られない。何かに取り憑かれたかのように、ただひたすら感情をむき出しに。いったい何がイールーディをそこまで駆り立てるのか。何故イールーディは凶行に走ったのか。
それはわからない。だがそれはこれから問いただせばよい。ハインズはこれから行うべきことを冷静に判断していく。
未だ暴れようとしているイールーディを背に、キースはイグナスを治療していく。あくまで応急処置ではあるが。だが幸いな事にここは治療院、後でシルビァーナ適切な処置をしてもらえるだろう。
一通りの治療を終えた頃、イグナスがゆっくりと意識を取り戻していく。ボヤける頭が次第に覚醒し、何が起きたのか鮮明に思い出していく。
「……っ!」
勢いよく顔を上げて前を見る。そこには自分を治療してくれていたであろうその人物であるキースの顔が視界に入ってきた。
「キースさんっ」
自分の肩に目をやり、治療された跡をみてイグナスは感謝の意をキースに示す。
「キースさん、ありがとうございま……」
イグナスは言葉を続けられなかった。
目の前にいるキース。
その腹には剣が突き刺さっていた。




