64 一粒の涙
「火傷の跡が……ですか?」
「ああ」
キースに言われ、シャルティエルは己の頬に手を添える。火傷跡によりその顔は引きつけを起こしており、瘢痕は今なお顔に残っている。
決して消えることのない跡。
少し前ならば、何を捨ててでも元の姿を取り戻したかったであろう。どんな犠牲を払ってでも。たとえ他者が不幸になろうとも……。
だが今は――――
「――――わかりません」
「……わからない?」
「はい」
シャルティエルは自分の気持を正直に伝える。
「昔であれば、何を置いてでも治したかったと思います。私が不幸になったのはこれが原因、これが全ての元凶。そう思っていました。だから、その原因を作ったこの傷跡、それを消せる手段が存在するのであれば、それに固執していたでしょう。実際、帝国にいる時、私は方々に手を伸ばしました。有名な医者や治療師、そして神官様に助けを求めました。でも結果は見ての通りです」
シャルティエルは淡々と答えていく。
「そんな日々を過ごすなか、ある噂を耳にしました。聖女なる人物、それはありとあらゆる傷を癒やすだろう……と。それを聞いた時、何としてでもこの傷を治して欲しい、そう思いました。強くそう願いました。……ですが残念なことに、聖女様にお目通りすることは叶いませんでした。その辺りからですね。私が全てに絶望していったのは。唯一の望みが失われ、何に対しても無気力になっていったのは」
己の過去を淡々と語るシャルティエル。しかしその表情はけして絶望の淵にいる人間のそれではなかった。
「……今は違う、と?」
「……わかりません。今でも、この傷跡を忌々しく思っているのも本心だと思います。でも――」
シャルティエルはキースを見つめる。
「――今はそんな些細な事に囚われている暇はない。そう思うんです」
そういうシャルティエルの表情は、とても穏やかなものであった。
「そんな治るかどうかもわからないことに悩んで無駄に時間を消費するよりも、今出来ることに時間を費やしたい。そう思うんです」
これは紛れもない本心であった。あの森での生活で、シャルティエルは気付かされたのだ。自分は何も出来ないと。だからこそ、今出来ないことを嘆くより、出来るようになるために動くべきだと、そう考えるようになったのだ。
「もちろん傷跡が治るに越したことはないと思います。多分これからもこの傷を治す手立てを模索すると思います。ですが、それが生きる上での主な目的になるような、そんな人生は歩みたくありません」
笑顔で応えるシャルティエルの表情はどこまでも真っ直ぐで、とても眩しいものであった。上辺だけで述べているのではない。そこに強い意思を、キースは確かに感じるのであった。
「……強いんだな。いや、それがシャルティエルの本当の姿なのかもしれないな」
「それはもう。森で鍛えられましたから」
シャルティエルの笑顔にキースもつられて笑みを浮かべるのであった。
「あっ」
突然声を上げるシャルティエル。いきなりのことで驚いたキースは何事かと尋ねる。
「いきなり大声を出して、どうした」
「治るとしたらどうするって話ですが、一つ思いつきました」
「何か思いついたのか。それはいったいなんだい?」
「さくっと火をつけてやりたいです!」
「……なんだそれ」
「だって悔しいじゃないですか。あんなの私の本当の実力じゃないです! この手が動くようになったら、それはもうさくっと! 私の本当の力を見せてやるってもんです!」
拳をプルプルと震わせ硬い決意を述べるシャルティエル。その姿を見てキースは肩の力が抜けるのを感じていた。
「なんともまぁ……。志が高いんだか低いんだか……」
「そこは上昇志向が高いと言ってもらいたいです」
互いに視線を合わし、そしてどちらともなく声を出して笑い出す。
なんともくだらない。そんなくだらない事を話し合える。そんな日常がそこには確かにあった。
ひとしきり笑いあうシャルティエルとキース。そして笑いも収まってきたところで、キースはひとり語り始める。
「実は、俺の中で迷いがあったんだ。これは気軽に行って良いものではない。過ぎた行為は不和をもたらす。思わぬ厄災をもたらすこともある。だから俺は迷っていた……。そこに道があると知っていてもなお、それを示すことに躊躇していた」
キースが何を話しているのかシャルティエルにはわからなかった。だがキースにとって、それがとても重要なことであるのだと、感じ取ることが出来た。キースの眼差しはどこまでも真剣であった。
「だが……、シャルティエル、君の言葉を聞いて決心がついた」
キースはゆっくりと手を伸ばす。伸ばされた手はシャルティエルの頬に触れていく。そしてその頬の傷跡を確かめるように、ゆっくりと傷跡をなぞってゆく。
「キースさん?」
突然の行動に戸惑うシャルティエル。
だがその戸惑いは、さらなる戸惑いで上書きされていく。
「――――ぇ?」
キースの顔に、妙な跡がうっすらと浮かび上がってきた。最初は僅かな痕跡。それが次第に大きくなっていき、そしてそれはいつしかキースの顔を、覆い尽くしていった。
「え……あ……」
目の前の光景に、思考が追いつかないシャルティエル。これはいったどういうことか。それが理解出来なかった。
だが、そんなキースの顔に浮かび上がった跡に、シャルティエルは見覚えがあった。いや、見覚えなどという生易しいものではない。だがしかし、そんなことが……
シャルティエルは視線を動かす。キースの顔からその身体へ。キースの左手を目にしてシャルティエルはさらなる驚きに支配される。
キースの左腕、そこには大きな傷跡が生々しく浮かんでいた。その傷跡にも見覚えがある。そしてそれは見間違えるはずのないものであった。
「……どういう……」
シャルティエルは手を伸ばす。目の前に浮かび上がったキースの傷跡、それを確かめる為に。
そしてそれを目にした。
「…………なん…で…」
手を伸ばした左手。それはとても綺麗なものであった。
未だ混乱するシャルティエル。そんなシャルティエルの手をキースは己の手で優しく包み込む。そしてその手を上へと移動させてゆく。
包まれた手は顔の前で解き放たれる。そしてシャルティエルの手を優しく自分の頬へと触れさせる。
自身の頬をなぞるシャルティエル。その手から伝わる感触は………
「……キースさん……」
シャルティエルはキースを見つめる。キースの顔には痛々しい火傷の跡がくっきりと映し出されている。
「――ああ、これは気にするな。これは一過性のもので、あとで元通りになるさ。それよりも――」
キースは再びシャルティエルの手を取る。しっかりと強く握られるその手を、シャルティエルは呆然と見つめる。
「――――さくっと火をつけてやる、だろ?」
驚くシャルティエルを前にして、キースは屈託のない笑顔を浮かべる。
「火をつけるのは意外と難しいんだからな。そう簡単に行くと思うなよ?」
どれだけの時間そうしていたであろう。
しばらくして、シャルティルはキースの手を力強く握り返す。
抱えるようにした手を自身の額につけ、そして静かに俯く。
「……うん……」
キースの手に、一粒の涙が流れ落ちてゆくのであった。
長かったシャルティエル編も、これにて一先ず終結ですかね。
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