59 緊張の糸
全身を焼き尽くされるような激痛。その後もたらされる現象。それを目撃したイグナスの混乱っぷりはその表情をみれば明らかである。実際、イグナスは呆けたように口を開け呆然としている。
「き、キースさん……」
「まぁ、その、なんだ。とりあえず大丈夫だ。心配するな」
「心配するなって……。平気、なんですか?」
「見ての通り、怪我はすっかり治ったからな。問題ない」
「問題ないって……。あれだけの大怪我を……?」
ペタペタとキースの身体を触り、その感触を確かめていく。
腕を、腹を、背中を、確かにそこに傷は存在しなかった。
「幻……ではないですよね」
キースの服はところどころ破れており、腹部に至っては大きく爪の跡が刻まれている。怪我を負ったのは紛れもない事実。しかし身体にはどこにも傷が見られない。そのことにイグナスは混乱しているようだ。
イグナスの混乱っぷりをもっと楽しんでいたい所だが、いつまでもこうしているわけには行かないだろう。
「まぁ、そこらへんは追々説明するとして。イグナス、お前が来てくれなかったら正直かなりヤバかった。感謝するよ。助けに来てくれてありがとう」
「え、あっ、いえ!! 俺の方こそ、駆けつけるのが遅れてすみませんでした!!」
姿勢を正し頭を下げキースへ謝罪する。
「いや、イグナスが謝る必要はないさ。むしろこれだけ早く来てくれたんだ。感謝しかない」
顔を上げ、申し訳無さそうな顔をするイグナス。純粋で真面目な奴だと改めて感じさせられる。
「ところで、他の救援隊のやつらはどうした」
「あっ、はい。他の方々はこの森の向こうに居ます。キースさん達のおおよその居場所は分かっていたので、俺だけ先行して駆けつけました」
「そうか。後でソフィアにも感謝しなきゃな」
此処までの道のりはかなりのものであっただろう。そもそも渓谷から落下などしなければ、この場所に来るのに途方も無い労力が必要となる。それをこうして迂回して駆けつけて来たのだ。もしソフィアがいなければ、今こうしてキースとシャルティエルは無事な姿ではいられなかったかもしれない。
「ソフィアさんって、治療院の方ですよね」
「ソフィアのこと知っていたのか」
「はい。何度か治療院でお見かけしたことがあったので。それにしても、ソフィアさん凄いですね。迷うこと無く、キースさんの場所わかっていたみたいです」
ソフィアのスキル。それによってソフィアはキースの居場所がおおよそだが把握出来るという。これは魂を共有したことへの副作用だと思われる。実はこの現象、キースにも言えることで、キースもソフィアがどこに居るのかなんとなく分かるのだ。だがキースからはそれほど正確な位置が分かるというわけではないので、両者の感覚ではその性能に差があるのだろう。
「今回もソフィアに助けられちまったな……。さてと。こうしてイグナスと合流することが出来たんだ。さっさと町に帰ろうとするか。シャルティエル、あともう少しの辛抱だ。それまで――――シャルティエル?」
後ろに振り向くと、そこには顔を下に背け小さく震えているシャルティエルの姿があった。
この数日において、シャルティエルは極度の緊張下に置かれていた。谷底への転落、慣れない森での野営。そこにきてフォレスト・ウルフ、ヒュージベアといった魔物に襲われる恐怖。並大抵のことではない。温室育ちのシャルティエルにしてみれば、それらは常軌を逸した日々であったであろ。そして瀕死の重傷を負ったキースを目の当たりにし、ついに許容しうる限界を越えてしまったのだ。
その事に気がついたキースは、シャルティエルの肩に手を置く。
「シャルティエル、もう大丈夫だ。皆が心配して救援が来てくれたんだ。無事町に帰れるぞ」
「……」
「もう安心していい。あとはゆっくり休めばいい」
シャルティエルはゆっくりとキースへ近づき、服をぎゅっと握りしめる。そして震える身体をキースへと預けてゆく。
「シャルティエル、もう大丈夫だ」
キースは優しくシャルティエルの肩を抱き寄せる。安心させようと、背中をゆっくり、そして優しく叩いていく。
「大丈夫、大丈夫」
子供をあやすように、キースはただ優しく言葉を繰り返すのであった。
―――――――
キースとイグナスは、救助隊がいる場所へと歩みを進めていく。両者ともに無事ではあるが、その移動速度はゆっくりとしたものであった。その要因の一つとして、シャルティエルの存在がある。シャルティエルは極度の疲労感からまともに歩くことが出来ず、キースに背負われる形で森の中を移動している。あまり急いで移動してはシャルティエルに負担がかかってしまうので、このような速度での移動となっている。
「何も怪我をしている――――って、もうすっかり治ってるんでしたっけ。でも疲れてるキースさんが背負わなくても。そういったのは下っ端の俺が代わりにしますのに」
「下っ端でいえば、それこそ俺の役目だろう。お前はC級で俺はD級なんだ。冒険者という立場においてはお前の方が序列は上だ」
「そんなっ! 何いってるんですか。俺がキースさんの上なワケないでしょ!! 変なこと言わないで下さい!!」
「そうして慕ってくれるのは嬉しいが、お前は自分の立場というものをそろそろ理解したほうがいい。いつまでも子供ではないんだからな。だから俺みたいな下っ端に気を使う必要はない」
「でもっ……」
「もっと上を目指せ。お前には才能も素質もある。それでいて努力を怠らない真面目さもある。だからこそ、自信を持って突き進んでほしい」
どこか釈然としない表情をするイグアス。これは素直がゆえなのだろう。イグナスはキースを慕っている。それはいい。だかそのせいでイグナスは、どこか自身を下手に見る傾向がある。それではいけないのだ。
イグナスはこれからの冒険者を背負っていく存在となる。キースはそう感じていた。
「――――今はもう居ないが、少し前に他所の街からイデアランに来た冒険者がいただろ。若い女冒険者だ。彼女の名はエルティナと言うんだ。彼女な、お前とそう変わらない年齢だがつい先日B級冒険者へ昇級したと補佐長から伝え聞いたぞ」
「えっ、 B級ですか!!?」
「全冒険者において上位一割に位置する一流冒険者。彼女は若くして、その頂に上り詰めたんだ」
イグナスは驚いた表情をしてる。B級冒険者といえば、誰もが一度は目指す頂である。だが、その道は決して簡単なものではない。王国内に数千といる現役冒険者の中で、その地位にまで上り詰めたのは現在百人に満たない。それほど狭き頂なのだ。
自分とさして変わらない年齢の人物がその頂に登ったのだ。驚かないわけがない。
「俺はなイグナス、お前もその仲間に加われると思っている」
「俺が……ですか?」
「ああそうだ。今すぐには無理かもしれないが、そう遠くない内に。あと四.五年もすればお前もB級になれると俺は確信している」
キースは心からそう確信している。イグナスの才能は素晴らしいものである。同年代では群を抜いている。熟練の冒険者にもそれは引けをとっていない。だからこそ、イグナスには自覚を持って上を目指してほしいのだ。
「まぁ、今すぐどうこうしろってワケじゃないさ」
キースはイグナスの背中を叩いてみせる。
「さて、さっさと皆のところに行こうじゃないか。町に戻ったら美味い飯たらふくご馳走してやるからなっ!」
「……っ はい!」
久しぶりのまともな飯だ。腹いっぱい食べてやろう。心にそう決め、キースとイグナスは軽い足取りで森の中を進んでゆくのであった。
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