56 フォレスト・ウルフ
情けない宣言から翌日。
いつもと同じように焚火の前で簡単な食事をするキースとシャルティエルであったが、その日はいつもと様子が違っていた。
「……」
「……キースさん?」
シャルティエルに声をかけられるが、キースはそれに応えることなく森の向こうへと注意を向ける。そんなキースの様子に何かを感じ取ったのかシャルティエルもその方向へと顔を向けていく。
「……シャルティエル、こっちに」
シャルティエルは立ち上がるとキースのそばへ駆け寄る。キースはシャルティエルの手を取ると自身の方へと引き寄せる。
「俺の後ろへ。決して離れるな」
腰に携えている山刀を手に取り構える。そして油断なく森の中、茂みの先を睨みつける。しばらくすると、その視線の先から唸り声のようなものが聞こえてくる。それも複数。
「キースさん……」
「フォレスト・ウルフだ」
フォレスト・ウルフ。森に生息する狼型の魔物の総称であり、その高い知能と身体能力で獲物を追い詰める厄介な魔物だ。そしてさらに面倒なことに、フォレスト・ウルフは群れで行動する。その数は群れ毎に異なるが、多いと数十を超えるものもあるという。
「だが、今回は運がいい……と言えばいいのか。出会った時点で不運ではあるがな」
周囲にいるフォレスト・ウルフの数はそう多くないようにみえる。だが楽観視していい状況ではない。驚異には変わらないのだ。
周囲を警戒している中、フォレスト・ウルフがいきなり茂みから飛び出しキース等に襲いかかってくる。
「スゥッ!」
飛びかかってきたフォレスト・ウルフの牙を山刀で受け止め腹を足で蹴飛ばす。そして直様身体の向きを変え、横から飛び出してきたフォレスト・ウルフを斬り捨てる。
フォレスト・ウルフは狩りの際に連携して獲物に襲いかかる。目の前に飛びかかってきた奴だけに注意を向けていると背後から襲いかかられてしまう。常に周囲に気を向け隙きを作ってはいけない。
再び襲いかかってくるフォレスト・ウルフに前蹴りを食らわせ牽制する。無理に一度で切り捨てようとする必要はない。倒すのではなく、無事生き残れるように立ち回るよう心がける。ましてや今はシャルティエルが一緒にいる現状、彼女を守りきらなければならない。一人で突っ込めば良いというわけではないのだ。
山刀を構えるキースの左側に位置するフォレスト・ウルフが飛びかかる。蹴飛ばそうと足を突き出したところで、そのフォレスト・ウルフが急停止、直後横に飛び退くことでキースの蹴りを回避する。身体が流れたキース。その瞬間横から別のフォレスト・ウルフが襲いかかる。しかしその牙はキースへ向かうことなく、後ろに控えているシャルティエルへと突き立てられる。
「ッ!!」
牙を剥き出しにしてシャルティエルの腕に噛み付くフォレスト・ウルフの首を上段から叩き切る。頭部を失ったその身体を足で蹴飛ばし引き剥がす。すぐに身体の向きを変え、反対方向から飛びかかってくるフォレスト・ウルフの牙を、血だらけの左腕で受け止める。腕に噛み付いたフォレスト・ウルフは首を左右に激しく振りキースの腕の肉を引き裂いていく。痛みに顔を歪めるキースだが、そこで止まること無くその左腕を上へと持ち上げる。腕に食らいつくフォレスト・ウルフも当然上へと持ち上げられる。そして無防備となったその腹へ山刀を勢いよく突き立てる。腹を貫通し背中から突き出た山刀を下へと振り抜き半身を両断、力なく垂れ下がるフォレスト・ウルフを左腕を振り払い吹き飛ばす。
「ふぅ……」
左腕に力を入れて感触を確かめる。大丈夫、まだ十分に動かすことが出来る。派手に噛みつかれたが傷は大したことない。
目前にはまだ複数のフォレスト・ウルフがいる。その数三頭。キースは注意深く周囲の気配を探る。それ以上の数は確認出来ない。だが茂みに隠れているという可能性がゼロというわけではない。気を抜くことは出来ない。
「キースさん……」
「もうちょっとの辛抱だ。大丈夫、切り抜けてみせる」
額に流れる汗を拭うことなく、キースはフォレスト・ウルフを睨みつけるのであった。
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計六頭のフォレスト・ウルフを排除したところで、キースはようやく腰を地面へ下ろす。結果として最初に姿を表した六頭以外にフォレスト・ウルフはいなかった。多ければ数十という群れへと巨大化するフォレスト・ウルフであるが、今回はかなり少数の群であり運が良かったと言える。おそらくまだ若い個体同士の群れだったのだろう。狩りもどことなく未熟なように感じ取れた。
「キースさんっ」
後ろに控えていたシャルティエルがキースの元へ迫る。その表情は険しく蒼白である。魔物に今まさに魔物に襲われていたのだ、そうなっても仕方がない。
「ふぅ……。大丈夫だ、もうフォレスト・ウルフの気配は感じられない。おそらくもう近くにはいないだろう」
安心させる為に今の状況を説明するが、シャルティエルは首を振る。何事かと思ったが、その視線の先をみて何を言いたいのかを悟る。
「ああこれか。大丈夫、思った程傷は深くない。結構血が出ているから不安に思うかもしれないが平気だ」
噛みつかれた左腕、そして左足を軽く叩いてみせる。流石に無傷に切り抜けるということは出来なかったが、こうして致命傷を負うことなくフォレスト・ウルフの群れを排除できたのだ、むしろ上々といえるだろう。
だがここでダラダラと長居するべきではない。懸念すべきことはまだある。
「とりあえず、場所を移動するぞ」
「!? そんなっ!! キースさんこんな怪我しているんですよ! じっと安静にしていなきゃ……」
「そうしたいのはやまやまだが、そうも言ってられないからな。移動した後で説明する」
とりあえず簡単に止血の処置だけをし、その場を後にする。
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引きずる足で向った先、それは渓谷に流れる川である。キースは傷だらけの身体でそのまま川へと入水していく。
「キースさんっ!?」
「シャルティエルもこっちに来るんだ」
手を伸ばし自身を呼ぶキースに、戸惑いながらも近寄りその手をとる。シャルティエルの手を握ったキースは、膝上まで水が浸かる程度まで川の中へと進んでいく。そこで一度立ち止まると、キースが徐に腰をかがめ全身を水に浸ける。
「結構な返り血を浴びたからな。こうして血の匂いを消さないと魔物や肉食獣に嗅ぎつけられてしまうんだ。あのままあの場に留まっていたら、さらに襲われる可能性がある。だからこうして川で匂を消すんだ」
そう言いながらキースは、身体に付着したフォレスト・ウルフ、そして自身の血を洗い流してゆく。
キースの行動を確認したシャルティエルも、同じように川に浸かろうとしたら、それをキースに手で止められる。
「返り血を浴びたのは俺だけだからな。シャルティエルは膝が浸かる程度で構わない」
一通り血糊を洗い終えたキースは、その濡れた身体のまま今度は川を遡上してゆく。川の中は藻や水苔で滑りやすくなっているため、シャルティエルが足を滑らせないよう手をつないでの移動である。
「なぜ川の中を移動しているのですか?」
「これも匂いを消すためだ。フォレスト・ウルフと戦った場所から川まで血の匂いべったりで移動したからな。その匂の痕跡を辿って他の獣が追ってこないとも限らない。だから川の中を移動してその痕跡を消している」
結構な距離を移動して十分離れたと判断したのだろう、キースはシャルティエルの手を引いて川から上がってゆく。そして軽く身体を拭った後改めて自身の傷を手当する。
何をするでもなく治療の様子を側で眺めているシャルティエル、いや、何もすることができないと言ったほうがより正確なのだろう。傷の手当の仕方など令嬢のシャルティエルに出来るはずがなかった。
「……」
この傷はシャルティエルを庇って出来た傷だ。なのに自分は何もしてあげることが出来ない。その事に対し、歯がゆさ、悔しさ、情けなさ、そういった感情がシャルティエルの中に渦巻いていた。
「気にするな」
シャルティエルの視線に気がついたのか、キースはただ淡々と言葉を口にする。
「あの場はあれで良かった。君に無理に動かれて場が混乱する方がよっぽど不味い。だからただ動かずじっとしていれただけでも上出来だ。だから気にするな」
「……」
「よしっと。これで一応応急処置は出来だ。それじゃあまた移動するぞ。いつまでの川岸にいるわけにはいかないからな。濡れたままで申し訳ないがもう少し我慢してくれ」
そう言うとキースは川岸から森の方へと歩いていく。その後ろ姿を黙って見ていたシャルティエルが、俯くようにしながらゆっくりと歩き出す。
「……ったく。ほら、行くぞ」
その様子を確認したキースは踵を返し、俯きながらゆっくりと歩いているシャルティエルへと近づく。そしてその手を握るとシャルティエルを導くように森の中へと歩いてゆくのであった。




