46 痛ましい跡
「お嬢様!!」
シルバが屋敷の中を急いで駆け抜ける。その後を追うようにキースも屋敷内を移動する。先程の音、そして微かに聞こえた悲鳴。その悲鳴はおそらくシルバの主であるシャルティエルのもの。だからこそシルバはこれほど焦っているのであろう。
音がした場所へと駆けつけると、そこにはぐったりとした様子で倒れている彼女の姿があった。周りには物が散乱し、足元には足台が横倒しになっていた。おそらく足を踏み外したのだろう。
「お嬢様!!」
セルバは急いでシャルティエルの傍に駆け寄る。そしてぐったりとしているシャルティエルの肩に手を置き、声をかける。
「お嬢様! シャルティエルお嬢様!」
セルバが声をかけるが、意識が朦朧としているのか反応が鈍い。頭を強く打ち付けたのかもしれない。だからセルバは彼女を動かさず、肩に手をかけるだけに止めているのだろう。しかし、それよりもまず、今は気にすべきことがある。
シャルティエルのそばに、ポットが倒れており、辺りに湯気が立ち込めていた。直前まで沸かされていたであろう、未だ熱を持っている。
倒れているシャルティエル、その彼女の右足が赤く焼け爛れていた。恐らく倒れた拍子にポットの中身を浴びてしまったのだろう。
すぐさまキースは行動に移る。倒れているシャルティエルのそばに近寄ると、未だ意識が酩酊している彼女を抱きかかえる。
「キースさんっ!?」
「セルバさんっ! 急いで井戸から水を汲んできて下さい!! 火傷は時間との勝負ですっ! 急いで!!」
状況を理解したのだろう、セルバは急いでキースの言われた通りに行動を起こす。キースは遅れてやってきたミルヴァにもやるべき事を伝える。
「ミルヴァさんは湯浴み用の桶を持ってきて下さい。あと、もし毛布などがあればそれも此処に持ってきて下さい!」
「わかりましたっ!」
ミルヴァは急いで屋敷の中を駆けていく。キースはなるべくシャルティエルの頭を動かさないように腕で抱え、反対の腕で彼女の身体を抱え少し広めの場所に移動する。ここは狭くまた物が乱雑に散らばっているので後の処置には向かないからだ。
そうして彼女をなるべく安静に動かさないようにしていると、セルバとミルヴァが言われた物を持って戻ってきた。
キースは湯浴み用の桶の中に彼女を入れ、そしてセルバが持ってきた井戸水を火傷している箇所に流し始める。患部に直接かけるのではなく、その少し上から水を流し、流れた水が火傷の箇所に流れるようにする。
「セルバさん、もっと大量の水が必要です。どんどん井戸水を持ってきて下さい」
「わかりましたっ!」
再びセルバが水を汲みに駆け出す。セルバが戻ってくる間キースはシャルティエルの火傷箇所に水を流し続ける。井戸水はかなり冷えている為長い時間水に触れていると体温が低下してしまう。それを防ぐため、ミルヴァが持ってきてくれた毛布で彼女の身体を包む。無論激しく身体を動かすのは厳禁だ。もしかしたら頭を強く打ち脳震盪をおこしているかもしれない。今は動かさない方が良いだろう。
セルバが水を汲みに何度も往復し、その間キースが水で患部を冷やし続ける。長い時間そうした動作を続けたことで、十分に患部を冷やせただろう。お陰で火傷は最小限に抑えることが出来た。
キースは桶からシャルティエルを抱き上げる。そしてセルバに案内してもらいベッドへ彼女を連れて行き、そしてゆっくりと彼女を下ろしていく。
そしてキースは自分の鞄から薬剤を取り出し、それをシャルティエルの患部へと塗布する。これは火傷の炎症を抑える軟膏である。
軟膏を塗り終えるとその上からガーゼをあてがい、そして包帯を巻いていく。一連の動作をし終えると、キースはセルバに向き直る。
「これである程度火傷は抑えることが出来たと思います。早い段階で処置をすることが出来たので、これ以上跡が残ることはないと思います」
「そ、そうですか……」
セルバがホッとした様子で胸を撫で下ろす。その顔には安堵の表情が浮かんでいる。
「定期的に軟膏を塗り直す必要がありますので、これをお渡ししておきます」
キースは自身の薬剤をセルバへと手渡す。その数は多いとは言えないがまだ数回分の量は残っている。
「今日はこれで間に合うと思います。ただ、これはあくまで応急処置ですので、明日シルビィの所に行って診てもらった方がいいですね」
「キースさん。この度は本当に、本当にありがとうございました」
セルバは深く深く頭を下げ、キースに感謝の意を示す。
「なんとお礼を申し上げてよいか……。このお礼は後日必ず致します。本当にありがとうございました」
「いえ、気にしないで下さい。別に大した治療をしたわけではないですから」
キースはそう言うがセルバは決してそうは思わない。もしこの場にキースが居なければ、もっと大惨事になっていたであろう。本来は自分がお嬢様をお守りしなければならないのに、突然の出来事に思考が停止してしまい行動を起こすのが遅れてしまっていた。もしあのままでいたならば、お嬢様にさらなる傷跡が残ってしまう事態に……。そのことがセルバは何よりも恐ろしかった。だからこそ、それを救ってくれたキースにセルバは心の底から感謝をしていた。
「私がもっとしっかりしていれば……」
「セルバさんのせいではないです。あまり自分を責めない方がいい」
「私がもっと……」
「……セルバさん?」
セルバはなおも自身を責め続ける。セルバのそんな様子にキースは眉をひそめる。セルバはこの状況のことを言っているのではない。そんな風にキースはそう思えた。
そしてある考えがキースの頭を過る。
ベッドに横たわっているセルバの主シャルティエル。そんな彼女へキースは視線を向ける。今しがた火傷の治療をした右足には包帯が巻かれている。
しかしキースが見たのはそこではない。
キースが見たのは彼女の左半身。
彼女の左半身にはかなりの範囲にわたって大きな火傷の跡があった。
これは今出来た火傷の跡ではない。今よりももっと昔、それこそ何年も前に負ったものであろう。かなり痛ましいものである。かなり深い火傷であったのだろう。重度の火傷によって左半身の多くの部分がケロイド状態になっており、かなり酷い瘢痕拘縮をおこしている。このひきつれによって恐らくまともに左半身を動かすことは出来ないだろう。
おそらくその事が原因で今回の事態が引き起こされたのだとキースは考えた。動かない半身によって身体の体勢を崩し転倒してしまったのだろう。その時に周りにあった物やポットをこぼしてしまいやけどを負ったのだ。
そしてキースは気がついた。
キースがシルビァーナから頼まれたもの。それは彼女の火傷治療の為の物だったのだと。キースが今回採取した薬草類のは普段傷などに使う薬草ではなく、後遺症を軽減するための内服薬や按摩の際に塗布する軟膏類だ。それらは彼女のために採取、そしてそれ用にシルビァーナが調合したものだったのだ。
未だ目をつぶり横たわっているシャルティエルの顔をキースは見つめる。女性であれば誰もが羨望の眼差しを向けるであろうその美しい顔。
その美しい顔の左半分は火傷痕により爛れていた。
だから彼女はローブを目深に被っていたのだ。
だから彼女は体全体を覆い隠すような服装をしていたのだ。
だからセルバは医師を探していたのだ。
未だ自身を責め続けているセルバ。
「セルバさん……」
セルバになんて声をかけてよいのかキースにはわからなかった。
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