40 辺境の見張り場
今話から新章突入です。
「ふぁぁぁー……」
「お前さん、いくらなんでもそれは気が緩み過ぎじゃないか?」
「…っんん…… そうはいってもなぁ…。」
大の大人がのんびりと欠伸をしているのを横目に、緩み過ぎだと注意はするものの、それも致し方ないものだと思わなくもない。こうも移り変わりのない風景をただただ眺めているというのは、やはりどうしても退屈になってしまうものだ。だからといってそれが自分が気を緩めても良いという言い訳にはならない。そもそもただ風景を眺めているというわけではないのだがら。
「こうも代り映えしないものを監視しろってのも、結構辛いもんだよなぁ。」
「それが見張りの役目だろう。」
「見張り、ねぇ……。 いったい何を見張るっていうんだろうなぁ。」
気の抜けた返事をする男に、キースは苦笑いをするしかなかった。確かにこの男の言うことは理解できなくもない。今キースがいるのは国の境目、所謂国境である。本来であれば、そこは重要な意味を持つ。この先はまさに他国であり、警戒すべき場所である。それが普通なのだ。
だが、現状ここはそんな緊張感とは無縁の空気が漂っている。だが決してこの場所が無意味だというわけではない。もし本当に無意味ならば、こうしてキースやこの男が見張りとして立っているはずがない。
見張りは必要だが暇な場所。それがこの谷縁の見張り場である。
ここは辺境の町イデアランからさらに北に位置する、最北端の見張り場および詰所である。ここから先は隣の国の領土であり、つまり国外ということだ。ならば当然先の話通り、ここは重要な拠点であるはずだ。
本来ならば。だが実際はそうではない。では何故か。それは実に簡単な事だ。ここを利用するものが殆どいないからである。
この見張り場周りは深い森に覆われており、またこの詰め所の先は高い山々が連なっている。その道は険しく、人が通るに激しく適さない地形なのである。だがまったく道がないという訳でもない。渓谷にそうようにして通された道というのも確かにある。しかしそこは一歩足を踏み外せば深い谷底の下に真っ逆さまであり、に不慣れな者がここを通ればまず間違いなく事故を起こす、そんな道……いや、道と呼ぶには少々問題が有る、そんな場所なのであった。
ではそんな場所に何故見張りが必要なのか。
それは至極単純な理由。この道は現在も使われているのである。
確かに険しい道ではあるが、その険しいという事に目を瞑れば、この道は大変有用なものなのだ。イデアランと隣国の街ノ・ルトイとを結ぶこの道は、日数にして二日程度で行き来することのできる距離である。もしこの道を使わずに両街を行き来しようとしたら、最低でも一ッ月は掛かるだろう。両国の間には広大な山々や森が広がっており、それらを避けて迂回道となると、相当な遠回りをしなければならないからだ。
そうした日数の有利を有効に使うべく、情報伝達を主とした早馬や、ごく一部の行商人などがこの道を利用している。また貴族などが移動の際にそれを公にしたくないに場合に利用する、といった事も極稀ではあるが存在していた。
ではそれら以外、例えば商いを生業とした大規模な商隊や、もしくは他国に攻め入る為の軍隊などがこの道を利用しようとした場合はどうなるか。先も述べた通りこの日数の短縮は大変便利であり、利用できるのであれば誰もが利用したい。しかし現実は、それらが利用することはない。では何故か。
これは単純な話、ただ通れないだけである。
険しい山道、そして渓谷に沿う細道、そこはどう頑張っても小さな馬車が一台ギリギリ通れるだけの道幅しか無いからだ。それ以上の大きさのものが無理に通ろうとすると崖下へ真っ逆さまである。とても隊を連れて通るなど不可能なのだ。
また野生生物などが多数存在するというのも一つの要因だ。周りは人間が住むことの出来ない大自然である。無力な者が一人で通れば、たちまちそれらの餌食となるだろう。だからこそ、この道は有用であるにもかかわらず、めったに使用されないといった不思議な場所なのである。
そんな特殊な場所にあるこの見張り台は、そういった数少ない利用者を監視、あるいは救護するために無くてはならない必要なものなのだ。また自然から溢れ出す獣や魔獣などを国境で食い止めるといった役割も担っている。だからこそ、暇な現場であるにもかかわらず、常に一定の人員は常駐しているのであった。
そしてそんな現場に何故キースがいるのかというと、これは冒険者組合からの派遣である。辺境の町イデアランは、この詰所兼見張り場に一番近い町となっていて、そこの冒険者を定期的に派遣しているのだ。そして今回その人員としてキースが選ばれたというわけである。これは戦力を期待しての増援ではない。もし戦力を期待するのであれば、残念ながらキースにはその資格はない。これは第三者の人員確保のためである。見張り場には公式に派遣された兵士が常駐しているが、兵士だけでは何かと不都合になる場合が多々ある。そのため国や街に所属していない冒険者が一定数必要なのである。
戦力はないが、長い冒険者生活のお陰で臨機応変に対応出来るだけの経験がある。キースはまさにうってつけの人員なのだ。なのでこの派遣もこれが初めてではなく、すでに幾度となく経験している仕事なのであった。
そんななれた仕事を飽きもせず見張っているキースに、隣にいる兵は欠伸をしつつ、笑いながらキースに語りかける。
「本当お前は馬鹿正直にやってるなぁ。もうちっと肩の力抜いていいんだぜ。」
「別に力んで見張りをしている訳ではないさ。十分肩の力を抜いている。ただ注意を切らさないで見張っているだけだ。俺は戦力外だからな。これぐらいしかやることがないんだよ。」
「戦力外……ねぇ。ここの連中は誰もお前さんのことをそう思ってないだろうよ。キース、お前は自己評価が少し低くやしないか?」
「低くもなにも、それが現実だからな。」
「まぁ、確かに腕っぷしの強さで言えばそうかもしれんが、別にそれだけが評価の全てではないだろうさ。特にお前さんの薬学の知識は俺らなんかよりよっぽど役に立つぞ。それになんてったって、お前の作る飯は旨い! それだけで俺には十分過ぎるぐらい価値がある存在だ。」
「飯の旨さを褒められても冒険者としてはなぁ。」
キースは苦笑いするしかなかった。ここの連中の作る飯は、お世辞にも旨いとは言えない。こんな辺境の詰所では、人員が限られている。当然料理人などといった気の利いた職人など存在しない。だから食事は料理を作れる兵士が持ち回りで担当しているのだ。だから、少々料理の腕に覚えがあるキースも作るのを手伝うこともあるのだが、それがいたく好評なのである。別にキースの凄腕というわけではない。比較対象が少々残念なだけなのだ。
「もっと誇っても良いと思うぞ。飯は生きる糧だ。これを疎かにする兵なんてただの愚か者だ。そんな奴がいたら俺がぶん殴ってやる。」
「ちょいと過激すぎだろ。」
「構わん! 飯は俺の___」
突然男の言葉が途切れる。何事か、とはキースも思わない。キースも同じそれに気が付きそちらへと視線を向けているからだ。
「___おいあれ。」
「ああ。」
視線の先、まだかなり距離が離れてはいるが、そこに動く影を発見したからだ。ここは周りを山や森に囲まれている。当然獣なども多数存在している。見張りにつけば、そんなもの数え切れないぐらい目にするだろう。しかし、今視界に映るそれは、野生の獣などではなかった。
「こんな時期に馬車_____珍しいな。」
「先触れか何か聞いているか?」
「いや、そういった情報は受けていな_____」
男は目を見開く。キースも同様だ。
その光景を目にし、二人で思わず叫んでしまうほどであった。
「おいおいおいおいっ!! 護衛も付けず何やってるんだ!?」
こちらに向かっている馬車は一台。それが護衛も付けず、後ろに獣を引き連れ、追い立てられるように疾走しているのであった。




