39 共に歩いていこう
静まり返った室内、そこには重い空気が流れていた。そんな空気を生み出している張本人のソフィアは、顔を下に向け相手の顔を見ること無く、黙って俯くことしか出なかった。
今いる場所は治療院の一室、シルビァーナがソフィアに用意した私室である。治療院で働く上で、どうせならば寝食が出来るようにとのことで、これはソフィアだけではなく、テトも同様で今治療院ではシルビァーナ、テト、ソフィアの三名が同じ建物内で寝食をともにしてる。
そんなソフィアの私室で、キースとソフィアは二人で向かい合うようにして椅子に座っている。
「あの……キースさん……話って…。」
なんとかして口を開いたソフィアは、キースがここに訪ねてきた理由を尋ねる。
「ああ、そのことなんだが。本当はもっと早く来たかったんだが、組合の方で事後処理などしなければならないことが多くてな。なかなか時間を作りことが出来なかったんだ。」
キースの言った事後処理とは、先のワイバーンの件である。数日前にキースらが森で遭遇したワイバーンに町は蜂の子を突いたような大騒ぎであった。その原因となったワイバーンはすでに討伐されたが、だからといってそれでお終いというわけではない。むしろその後の方が面倒な処理が多いぐらいだ。そして、当然当事者であるキースも多忙を極めていた。本当はすぐにでも来たかったのだが、そういう訳にもいかなかったのだ。
この数日間は、それらの処理に追われていたキースであったが、やっと落ち着いてきたということで、こうしてソフィアの元へと足を運ぶ時間を作ることが出来た。
「あの時も言ったが、ソフィア、君には感謝している。もしソフィアの力がなければ、今頃大変なことになっていたかもしれない。エルティナ___あの時一緒にいた冒険者だが、彼女の命も危なかったかもしれない。だから、改めてお礼を言わせてくれ。」
そういってキースは深々と頭を下げる。
「あ、頭を上げて下さい……っ」
キースのそういった態度にソフィアは困惑する。ソフィアの取った行動は、忌避されるもので感謝される謂れはないものだ。それはソフィア自身が誰よりも理解している。だからこそ、キースのそんな感謝が、ソフィアには受け入れることの出来ないものであった。
「わ…私は…」
ソフィアは自分の服の袖をぎゅっと握り込む。顔を下に向け、吐き出すように言葉を絞り出す。
「……私には、感謝される資格なんてありません……」
____犯した罪は決して消えることはない。
「私の犯してしまった事は、決して許されるものではありません。」
____ならば裁きを受けるべきだ。
「だから…」
「ソフィアは___俺やエルティナ、他の冒険者が死んでしまった方がよかったっか?」
……え?
キースは今何を言ったのだろうか。ソフィアにはわからなかった。キースの突然の発言に理解が追いつかず、少しばかり間抜けな顔をしてしまったほどだ。だが少しずつキースの言った言葉が頭に浸透してくると、目を見開いて、そして本人も思っていなかったほど大きな声を上げていた。
「そんなことっ!!」
そんなことあるはずがない。キースが死んでよかったなど、考えるわけがなかった。だからこそ、ソフィアは声を荒げてでもそれを否定したのだ。
そんなソフィアに対し、キースはいつもの笑顔をソフィアへと向けるのであった。
「だったら、今はそれでいいんじゃないかな。君のお陰で俺やエルティナは命を救われたんだ。特に俺なんて、何度ソフィアに助けられたことか。それは変えようのない事実だ。そのことについて俺は君に感謝している。これも変わることのない正直な気持ちだ。」
「……でも…」
それでも、ソフィアがキースに対してしたことは……
ソフィアはそれが許せなかった。
俯くソフィアに、キースはなおも言葉を続ける。
「___だけど、それがソフィアの重しになっているのであれば、それは俺も望むところではない。」
キースは一歩ソフィアに近づくと、その手をとってソフィアに語りかける。
「だからこそだな。このスキルとの付き合い方。それを一緒に考えて行きたいと、そう俺は思ってる。」
「……ぇ…?」
「ソフィアがこのスキルと向き合えるように、少しでもその重しを軽く出来るように。そして自身が納得出来るように。それを見つけていきたいと。」
キース真っ直ぐソフィアを見つめる。その瞳は力強い意志を感じさせるものであった。
「世の中はとてつもなく広い。もしかしたらこのスキルについて、何かわかるかもしれない。もしかしたら、このスキルをどうにかする方法もあるかもしれない。」
スキルをどうにかする……。そんなこソフィアは考えたこともなかった。
「別に不思議じゃない。他者の力に干渉する能力だって別に無いわけじゃない。だったらこのスキルだって同じさ。何か解決策が見つかるかもしれない。勿論、そう簡単にはいかないと思う。だが、それでも、行動することは決して無駄ではないと思う。」
どこまでの真っ直ぐな瞳で、キースはそうソフィアにそう言ってみせる。
「だから、これから共に探していこう。」
それがキースの考えであった。今はまだ、ソフィアは自分のしでかしたことに罪悪感を感じ、そしてそれが消えることのない重石になっている。ならばその重石を二人で取り除くために、模索していけばいい。
もしこれがキース一人での行動ならば、それはソフィアのためにはならない。これは彼女自身の心の問題だからだ。だからこそ、一緒になって道を探していけば、それが彼女の枷を外すことに繋がるのではないか。そう考えたのだ。
結果として解決策が見つからなかったとしても、それでも行動することに意味がある。それは決して無駄にはならないだろう。
「…ぁ…ぅ……」
ソフィアは言葉を出すことが出来なかった。何を、どう言えばよいのか分からなかった。今まで一人で生きてきたソフィアにとって、他者と一緒に生きていくなどというこは、考えたことすらなかった。
……いや、それは間違いだ。
心のどこかでは、そんな人生に憧れ、夢見ていたのかもしれない。だが、そんなことは所詮無理な妄想だ。だから考えないようにしていたのかもしれない。
だけど、もしかしたら……
「焦らないでいい。ゆっくりでも構わないさ。それでお互いが納得できるような、そんな道を共に探していこう。」
もしかしたら、そんな孤独から脱げ出せる……
そんな道があるのかもしれない……
「別に今すぐ決めろと言うわけでじゃない。ソフィアが嫌だと言うのであれば、俺はそれでも構わない。強制するつもりはない。」
本当に……
本当にそんな道が……
「だが、これだけは知っていてほしい。ソフィアがどんな決断をしようとも、俺はそれを尊重する。」
そんな…… こと……
「そして、あらためてこの言葉を言わせてほしい。」
キースはまっすぐソフィアを見つめ、そしてその言葉を口にする。
「助けてくれてありがとう。」
キースのその表情は、それが嘘偽りでないものだと、そう物語っていた。
そして次に発した言葉、それがキースの心からの言葉なのだと、何故かソフィアはそう感じ取った。それは都合のよい考えなのかもしれない。だが、キースの顔が、その笑顔が、それがソフィアには___
「君と出会えて本当に良かった。」
次の投稿は2~3日後になるかと思います。




