ジンクスの証明
●阿達ムクロ
桜の並木道を越えて見えてくるのは【アーティ高等学校】。
阿達ムクロ高校1年生。今日からぼくはここに入学し生活する。
まあ、芸能活動で忙しいので毎日通うのは難しいけどね。
この学園は学力は高い方ではあるんだが治安がとにかく悪い。
この街には【スラム通り】という怪しげな場所があるのだけど、ほぼこの学園の生徒や卒業生だそうだ。
昭和のヤンキー漫画のような光景が去年まで行われていた。
いや、昨日までが正しいか。
自分で言うのは恥ずかしいのだけれどぼくは人気俳優。
休み時間、ぼくの周りに10人くらいしか群がらないのは奇妙なのだ。
理由は簡単、ぼくなんか霞むくらいのカリスマがいるから。
噂は彼のことで持ちきり。
入学式が始まるよりも先に不良達を手懐けて、生徒会長になったのだとか。
まるで冗談のような話だ。
「ワケ分からん。なんでこんなことに」
生徒会長室で白目を向いている彼の名前は森屋帝一。
ぼくの数少ない友達である。
愛称を込めて『モリアーティ』と呼んでいる。
彼曰く『「あ」じゃなくて「や」だし、伸ばし棒の位置が違う』。
「はは、まさか新入生代表の挨拶と生徒会長の演説をするなんてね」
「他人事だと思って、笑い事じゃないぞ」
前の生徒会長に土下座され頼まれ、回る椅子で遊ぶ新生徒会長。
新入生代表の挨拶はもともと学力トップの恋鳥定さんがやる予定だった。
世界的に有名な華道家、彼女の作品に億単位出す人が何人もいるのだとか。
そんな定さんが『私よりも適任者にお願いしたいです』とモリアーティを指名した。
「なにが適任だ。成績は中の中くらい。僕は噂がひとり歩きしだだけのただの凡人。君達のようなカリスマと比べるのも烏滸がましい」
不良を100人相手にして圧勝しただとか美少女をはべらせて夜な夜な楽しんでいるだとか。出所不明な噂ばかり拡散されている。
彼と話せばそんな人間じゃあないとすぐに分かるのだが、変に説得力があるんだ。
実際、芸能界にいてもおかしくないと思うくらい顔が整っている。
「君は魅力的だよ、モリアーティ」
「よせやいアダム。優しくされたら惚れちまうぞ」
「はは、それは困る。恨まれてしまうよ」
「……くそう、返しもイケメンだな」
苦笑いが返ってきた。
思ったことを伝えてるだけなのだが間違えてるだろうか。
『アダム』はぼくのあだ名。
阿達ムクロを縮めたもの。
なんだか犯罪界のナポレオンみたいで気に入っている。
と言っても彼しか呼ばないけど。
「それで学校にはどれくらいの頻度で通えるんだ?」
「ほぼ来れないんじゃあないかな」
「君もか。同級生に不登校児が多すぎて生徒会長としてこれは大問題だぞ」
他の不登校児といえばぼく達の中学からの同級生の事。幼馴染。
様々な業界で成功していてみんな忙しい。
……引きこもりの子もいるんだけど。
「ごめんね。それと1年の間は来れない日が続くと思うんだ。愚昧灰荘っていう推理小説家を知ってる?」
「聞く相手を間違えてるぞ」
たしかに。
彼の母親は小説批評家として有名人。妹さんも超がつくほどの読書家らしい。
累計4億万部以上のベストセラー作家、知らないほうがおかしいか。
「灰荘先生の小説が映画化するらしくてね。その主役に選ばれたんだ」
「おめでとう。すごいな」
ぼくの芸歴上1番大きな仕事。
妹のマシロが心配しているようなことは起きないと思うけどケガや風邪だけはないように気をつけよう。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
プルルルッ。
スマホが鳴った。
マネージャーの永野さんから電話。
モリアーティに確認して出る。
『ムクロ君……今大丈夫?』
「うん、声が震えてる気がするんだけど元気ない?」
『そ、そんなことないわ。ムクロ君に大きな仕事が決まって私も嬉しいんだから』
空元気というか、不自然さ。
喜怒哀楽が不安定な声。
「いつも助けてくれてありがとう、これから忙しくなると思うけど無理しないでね」
『……』
「永野さん?」
ツバを飲む音。
『いえ、大丈夫……それで今から来れる?』
「つまりデートの誘いだね」
いつもなら『歳上をからかわないの』と恥ずかしそうに怒るのだが……スルーされてしまった。
どうやら冗談に付き合っている気分ではないようだ。
『次の映画の件で君に会いたいって人がいるの。きっと驚くわ』
「誰だろう、他の俳優さん?」
『愚昧灰荘先生よ』
驚きすぎて口をぽかんと開けてしまった。
ベストセラー作家・愚妹灰荘。
新刊が出たら本屋には行列が出来、世界中にファンがいる時の人。
ただし素顔を知っている人物はほとんどいない。
そんな人物がぼくに会いたがっているなら断るわけがない。
ひとつ返事。
場所と時間を聞くが、まず事務所に集合してから永野さんが調整してくれるらしい。
そしてベストセラー作家を待たせるのは悪いから学校を早退してほしいとのこと。
電話を切って、あくびしている新米生徒会長に視線を向ける。
「ごめんねモリアーティ。早退することになった、今日ばかりは友人とゆっくり過ごしたかったのに残念だよ」
「ああ、仕事なら仕方ない」
彼は口が堅いし教えても問題ないか。
「すごいんだよ、愚妹灰荘先生に会えるんだって。妹さん宛にサインをもらって来ようか?たしか穂花さんだったよね」
ぴくりっと眉が動いた。
彼は妹大好きだからぼくが名前を憶えていたことに対する嫌悪感か。
そんな心が狭い男とは思っていないけど妹さんのことになると分からない。
「サインは遠慮する。顔出ししていない推理小説家のサインなんて本物か偽物か分かったもんじゃないからな」
ちょっと傷付くなぁ、そんなつもりはないだろうけどぼくへの信用がないみたいじゃあないか。
愚妹灰荘先生の原作映画の主役、それだけで信憑性は間違いないはずだと思うんだけどな。
「そっか。……じゃあ、また」
でも顔には寂しさを出さず笑顔で離れ、
「アダム」
「ん?」
「いや、なんでもない。上映を楽しみにしている」
「うん、その時はチケットを渡すから。きみの友達として胸をはれる演技をするよ」
友人たちはぼくなんかよりも優秀だ、側にいるためにはもっと頑張らないと。
ぼくが彼らに劣っていないものがあるとしたら演技力くらいなものだからね。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
ぼくが所属している【ベネディクト芸能事務所】の地下2階の駐車場。
永野さんが乗っているのはドイツのブランド車で青色のミニクーパー。
とにかくオシャレで可愛い。
ミニクーパーを見つけて窓をノックしたら助手席のドアを開けてくれた。
「ムクロ君……来てくれたのね」
「呼ばれれば即座に来るよ」
笑顔を向けたが返ってくるのは泣きそうな顔。
心配になって車内に入った。車の中って狭いから少し怖いけどそんなことも言ってられない。
「ごめんなさい、ムクロ君。私なんて……マネージャー失格」
顔を覗き込むがやはり泣いている。
綺麗な顔が台無しだ、ハンカチで涙を拭う。
なんだか、あの日の彼女と重なった。
「学生の貴方を守らないといけない立場なのに」
状況は分からないけどとりあえず背中をさすって落ち着かせようとする。
ジャーナリストに撮られたら大問題になる構図だろうけどそんなの知らない。
お世話になってる人が泣いてるのに見て見ぬふりをするくらいなら芸能界を辞めてやる。
「なにがあったか教え──……っ」
ガバッと。
後ろに隠れていた人物がぼくの顔に湿ったタオルを押し付けてきた。間違いなく睡眠薬。
急いで息を止める。
これでも肺活量には自信があるんだ。
「おっと、テメェのマネージャーが大事なら大人しくお寝んねした方が利口じゃねぇかな?阿達ムクロ君よう」
後ろの席に視線を向けると、ぼくの口を塞いでいる男と永野さんにナイフを突きつけている男。
覆面で素顔は見えない。
違和感の正体はこれか。
……すー。
胸いっぱいに息を吸う。どさりっと横に座っている永野さんの膝に頭を落としてしまった。
妹が言っていたぼくのジンクス。
【運が良い時に限って事件に巻き込まれてしまう】は確かに存在しているようだ。
森屋帝一〔♂〕
謎の噂が絶えないムクロの友人
誕生日・4月14日=牡羊座=
血液型・AB型 髪・黒髪寝グセ
身長・171cm 体重・58kg
性格・ややクール
学年・アーティ高等学校1年A組
好き・数学.爬虫類.コーヒー
嫌い・パクチー料理