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はじまりの誘拐

挿絵(By みてみん)

●阿達ムクロ



「ごめんなさいムクロ君。貴方が弟じゃないってことくらい分かってるの……でも」


 あの日から狭い場所が苦手になった。


それは【ジュニアアイドル誘拐事件】と呼ばれるようになる。

誘拐されたジュニアアイドル・阿達(あだち)ムクロ。


北条(ほうじょう)小町(こまち)という女性に1週間だけ誘拐され監禁されていた。


暗い地下室の薄気味悪さだけがとてつもなく怖くて。

小町さんの弟であるサトシ君が使っていたおもちゃやテレビではずっと彼が映っているホームビデオが流れている。


誘拐犯の小町さんは幸薄そうなのだがとても美しい女性。

こんなことを言ったら変な奴かと思うかもしれないけど初恋の相手。


誘拐の動機は昔に亡くなった弟とぼくがそっくりだったから、だそうだ。


「気にしないでよ小町さん。気が済むまで側にいてあげる。ぼくにも妹がいるから少しは気持ちがわかるんだ」


阿達マシロ。

妹はものすごく泣き虫でずっと見てないと心配になる。手がかかる分可愛くて仕方がないんだけど。

もしも──。考えたくもないけど妹を失ってそっくりな女の子を街中で見つけたら連れて帰ってしまうかもしれない。


「……大人ね、私なんかよりもよっぽど。やっぱり芸能界を生き抜いてきたから?」


「ははっ、それもあるかもだけど。妹がいるから」


なんの因果か尊敬している人には必ず妹がいる。

友人達は『厄介なだけだ』と言いそうだけど妹という存在は成功への動力源だとぼくは思う。


「そうよね……私も弟がいるときはなんでも出来るような気がしてたもの」


ポトリと小町さんの涙が地下室の床に溢れた。

慰めようと頭を撫でるとボロボロと泣き始める、止めたかったのだが逆効果。


抱きつかれた。

肩が小町さんの涙で濡れるのを感じる。


「ごめんなさい。私はなんてことを……ごめんなさいサトシ」


まるで子供だ。


これでもぼくは朝ドラにも出演したことがあり天才子役としても知られている。

心が痛むけれど彼女の欲を満たすために故人を演じてみせよう。


「もう泣かないでお姉ちゃん。ボクはどこにも行かないから」


テレビに映るサトシ君の真似。どんな口調で話すとかどんな笑顔で笑うのか勉強した。

本人よりも本人らしく。


小町さんの抱きつく力が余計に強くなる、息し辛い。これは器官が締め付けられているからかそれとも柔らかい胸が当たっていることでの気恥ずかしさからか。


弟の名前を呼び続けて喉が枯れるまで泣く女性とそれを慰める誘拐されたジュニアアイドル。

冷静に考えるとおかしな構図。


泣き疲れた小町さんはとうとうぼくの膝枕で眠る。

少しだけでいいからこの偽物の幸福を堪能したいと目を瞑ったのだ。


耳をすませば、パトカーのサイレンと突入してくる警察官達の声が聞こえた。


「夢から覚めるときが来たみたい」


「罪を償ったら迎えに行くよ」


「ふふっ……本当に優しいわねムクロ君は」




地下室の扉が蹴破られ、10人以上もの警察官に取り押さえられた誘拐犯・北条小町。

最後に見せた笑顔は本当に儚いくらい綺麗だった。


そうしてぼくは1週間ぶりに外の空気を吸う。

テレビではぼくと小町さんのニュースばかりが流れていて大騒ぎだったことを知る。


当分病院で生活して回復したらすぐにも芸能界に復帰しようと思う。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 「あ、あにきっ!もう逢えないかと思ったんだから!」


「ただいま、マシロ」



病室で横になっていると妹のマシロが走って飛びついてくる、やはり泣き虫。


続いてお母さんとお父さん。


「マシロったらすごいのよ。インターネットで情報を集めてムクロを見つけたんだから」


「警察の人も驚いていたな。流石だぞマシロ!」


両親の言っていることが分からなかった。

お父さんが今日の新聞を渡してくれて、読むと信じられない事が書かれていたのだ。



───────────────────


【ジュニアアイドル誘拐事件】

朝ドラの出演経験もあり子役としても有名なジュニアアイドル・阿達ムクロ=(13歳)=が1週間もの期間、地下室に監禁されていた誘拐事件。


手がかりが全くなく捜査は難航していた。

しかしまさかの人物からの情報により状況は一変、奇跡的に犯人逮捕まで行き着いた。


情報源の人物とはムクロの妹=(12歳)=。インターネットにて掲示板を作り目撃情報を集めたそうだ。それだけでも驚きなのだが彼女は犯人のSNSアカウントの特定に成功している。


監禁されていたムクロだが怪我も無く命に別状はないそうだが心の傷はかなりのものだろう。

今年中に芸能界復帰は難しいとは思う、ただ彼の無邪気な笑顔を再びテレビで拝見出来る日を心待ちにしている。


犯行に及んだ動機を北条小町被告(32歳)

は「弟に似ていた、また一緒に暮らしたかった」と語っている。

恐ろしい事件を起こした彼女だが儚ささえ感じる美しい容姿に魅了された男性は多いことだろう。


───────────────────



なんとぼくが助かったのは全て妹のおかげ。


証拠が全くなく警察すらお手上げの事件だったにも関わらずマシロは掲示板で目撃者を探してくれていたようだ。

それだけじゃない。独自の方法で小町さんのSNSアカウントの特定までしている。


「……マシロ、これって」


「ふんっ、別にあにきのために頑張ったわけじゃないし!他の奴らがあまりにザ(・)コ(・)すぎるから私が直々に一肌脱いでやっただけだし」


泣きながら仁王立ちして鼻で笑う。


ぼくがいなかった1週間、なにがあったというのだろうか。

あの甘えてばかりの妹がまるで別人のように見えた。






◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 2年後。


ボフッ。


「起きな、あにき!今年から高校生でしょ?芸能活動で忙しいんだから入学式ぐらいは出ろっ!」


重たいまぶたを開くと、ぼくのお腹を左足で踏んでいるマシロ。

髪色は白に近いグレーでツインテール、右目下にホクロ。中学の制服に着替えているのだがスカートの丈が短いせいで下着が見える。


まさか高校デビューの早朝に見るものが妹の縞パンだとは、なんと言ったら良いのか。


「起こしてくれてありがとう。やっぱりマシロなしじゃあぼくはダメだなぁ」


「あ、当たり前だし!ほんとあにきは手がかかるんだから」


たしかに。昔とは真逆である。


マシロは足を下ろしてダイニングに向かった。


ぼくは洗面台に行って顔に洗う。

タオルで顔を拭いて鏡を見ると髪色は黒に近いグレーで天パ、マシロとは逆に左目下にホクロがある男性。……まあ、ぼくなんだけど。

日課である顔の筋肉体操をしてからダイニングへ。


トーストの上にベーコンと目玉焼きが置かれていた。うちの味付けはほとんどケチャップ。

あとはコーンスープとカフェ・オ・レ。


全て妹が用意してくれたものだ。

両親は共働き。ぼくも芸能活動でほとんどいないから手に入れてしまった料理スキル。

頭も容姿もいい。しかも料理が出来るなんて。

完全無欠な美少女かもしれない。


手を合わせ、「「いただきます」」


テレビをつけるマシロ、映るのはかなり前にやっていた朝ドラの再放送。

少年が生き別れの母親と再会を果たし大泣きするシーン。


「もっと感情を出せないのかな。こんな演技じゃあ今までの苦労が表現出来てない」


「この歳でここまで出来れば合格でしょ。好評だったし」


昔の自分にもっとダメ出ししたいところだが、マシロは首を振って否定する。


「あ、そういやあにきに手紙来てたんだった」


「誰から?」


立ち上がって玄関に行って戻ってきたマシロは「んっ」と手紙を渡してくれた。

封を開けて、確認。


「っすごいじゃん!ベストセラー作品の主演決まったって!」


ぼくが読む前に覗き込んできたマシロに全て言われてしまった。



───────────────────


我々はこの度ベストセラー推理小説作家・愚昧灰荘先生作『瑠璃色の瞳』を実写化する運びとなりました。

そして主演/探偵役として〔阿達ムクロ〕様を配役したいと考えております。

所属している〔ベネディクト芸能事務所〕とは契約は取る準備はすでに出来ていますのでご連絡ください。お待ちしております。


【ウィンターボトム映画会社】


───────────────────



内容はベストセラー推理小説の探偵役が決まったというもの。

しかもその作者は世界中で知らない人がいないくらい有名な推理小説家だ。

もちろん快く受けるに決まっている。……かなり大きな仕事。


「じゃあ、撮影期間はマシュマロ様休んだほうが良いかも」


【マシュマロ様】

この街じゃ結構知られているらしい。

ぼくが初めて誘拐されてからSNSにて活動しているマシロの探偵ネーム。


「え。なんでマシロが仕事休むのかな?」


「だってあにきって大きな仕事が決まったら絶対事件に巻き込まれるし」


呆れたようにため息。


確かにぼくは運が良い時ほど運が悪い。

友人達曰く『巻き込まれ体質』なのだとか。

大袈裟に説明すると宝くじ3億円当たった日にぼくめがけて隕石が落ちてくるみたいな。

冗談ではない、これまでもそんなことは何度もあった。

車にぶつかった経験5回、人質にされた経験8回、詐欺にあった経験12回、などなど。


1番多いのは誘拐された経験、36回。


ここまできたらそういう星の元に生まれていると諦めがつくね。

むしろ清々しい気分。


「でもマシロがいなかったら、って考えたら恐ろしくて仕方ないよ」


「ふんっ、当たり前でしょ。このSNS探偵マシュマロ様こと阿達マシロを舐めないでくれる?」


その通り。

あの誘拐事件以来マシロがSNSを使ってなんとかしてくれる。


口が悪い以外は完璧なぼくの妹。





阿達(あだち)ムクロ〔♂〕

 完璧を演じきるイケメン俳優

 誕生日・7月28日=獅子座=

 血液型・A型 髪・グレー(黒)の天パ

 身長・175cm 体重・63kg

 性格・平和主義

 学年・アーティ高等学校1年D組

 好き・映画館から出てくる観客の笑顔

 嫌い・閉所(恐怖症のため)


阿達マシロ〔♀〕

 ツンデレ女子中学生なSNS探偵

 誕生日・8月26日=乙女座=

 血液型・A型 髪・グレー(白)のツインテ

 身長・166cm 体重・45kg

 性格・ツンデレ

 学年・エルキュール中学校3年2組

 好き・SNS.ネットサーフィン

 嫌い・兄のストーカー

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