12:決別
見知らぬ土地の見知らぬ部屋で息を引き取った彼らは、生き残りの隊員たちの手によって、ブラッディレイ作戦隊員の証拠である数字の刻印されたヘルメットを外された。
そして、生き残った彼らは自分たちのヘルメットを置いていく。02番の田中中尉のヘルメットは作戦隊長の峠大尉が被った。04番のラットローグ曹長のヘルメットは同期生の笹原少尉が被った。05番の雪村のヘルメットは菊田が、06番の杏奈のヘルメットは有島がそれぞれ被る。
叩き割られたガラス窓から色濃い陽光が差し込んでいる。宙に漂う塵芥がきらめいていた。車両はいまだ炎上し続けており、たびたび小規模の爆発音を打ち鳴らす。
「俺たちは生きなければならん」
と、峠大尉が4人の死体を眺めおろしながらつぶやく。
「俺たちが生きなければ、こいつらの死は無駄になる。こいつらがここに死んでいったことを、俺たちは天進橋に戻り、皆に伝えなければならない」
「あなたたちのおかげでレイ暗殺の任務を遂行できました」
笹原少尉が亡骸に語りかける。1人1人の髪を愛おしげに撫でていく。
「田中。残していった家族は私がしっかりと面倒を見させてもらうから安心してね」
菊田は見ていられなくて窓の外の炎に視線を移している。洋瑛は治癒で回復したものの、度重なる高速運動がたたって、圭吾に肩を借りながら、瞼をぐったりと落ち窪ませている。
「ニシ。くれぐれも地獄には行っちゃ駄目だからね。田中と一緒に天国の近田教官に挨拶しに行くんだからね」
有島の頬には涙がつたっていた。千鶴子は目を真っ赤にして睨みつけていた。
「雪村。最後までごめんね。あなたにばっか頼りきりで。教官失格だね。でもさ、不平不満は田中に言ってね。主任教官は田中なんだから」
片岡は嗚咽している。そんな彼を、隣からワイルドキャットが改造メリケンサックの刃物をかちゃかちゃと鳴らしながら、忌々しそうに睨み上げる。
「穂積――」
と、微笑みを浮かべながらでいた笹原少尉は、杏奈の頬に掌を添えるなり、両肩を震わせた。
「穂積、ごめん――」
由紀恵が袖で瞼を拭う。圭吾はうつむいたままでいて、小銃を握りしめながらも鼻水を鼻の頭から垂らしている。
「もういいよ。もうやめてよ。笹原のオバさん」
と、ワイルドキャットが唇を尖らせて、二本柳が涙を垂れ流すままに気まぐれ奔放猫を睨みつけた。
「ワイルドキャットが最初から全部やってくれればみんなこんなことにならなかったんじゃない」
「よせ、ヤナギ」
「だってっ、キャプテン――」
二本柳は両膝から崩れ落ちると、革手袋の両手で顔を覆い、激しくむせび泣いた。
「近田くんだって、ワイルドキャットだって、最初からそうしてくれれば、藤中くんだって真奈先輩だって」
「お前っ! まだ言っているのかよ!」
菊田がわめく。菊田は二本柳に駆け寄る。彼女の襟首を掴み上げてしまう。
「そんなこと言ったって何も始まらねえだろっ! 近田だってワイルドキャットだって必死だったんだよっ!」
「やめろよ!」
と、由紀恵が割って入って菊田を二本柳から引き剥がせば、さらに声を上げて号泣する二本柳を有島が抱きかかえる。
「もういい。もういいから」
「ヤナギが聞き逃しているのが悪いんじゃん」
ワイルドキャットが言った。千鶴子が怒鳴りつける。
「おいっ! 久留美っ! お前、もういっぺん言ってみろっ! 何もしていなかったのはお前だろっ!」
ワイルドキャットの目がたちまち真っ赤に染まる。
「何もしてなくないもんっ! 私が全部ぶっ殺したじゃんっ!」
「やめろっ!」
峠大尉が大喝した。
「ニシが――、ラットローグがお前らに言ったことを忘れたのかっ! 今、仲間割れを起こして、死んだこいつらが浮かばれるのかっ!」
「私は何もしてなくないもんっ! 私はちゃんとぶっ殺したのにヤナギが言うんだもんっ!」
ワイルドキャットはわんわんと泣き出した。いったい、傍若無人のかぎりを尽くしていたすさまじさはなんだったのか、ただの駄々っ子だった。
「私はパパの仇を取った! みんなの仇を取った! 私はちゃんとやった!」
「久留美――」
と、洋瑛が笑いながらつぶやく。
「お前はよくやったよ。でも、ヤナギだってよくやっただろ?」
ワイルドキャットはぴたりと泣き止む。ずずっと鼻水をすすると、兄を睨みつける。
「うるせえバカ。お前がちゃんとやればよかったんだ。何もできないくせに」
「そうだな――」
洋瑛は笑う……。
その薄べらな唇は震えに止まらなくなる。
「そうだ。俺が殺しちまった」
「おいっ! 近田っ!」
菊田が振り返ってくる。胸を揺らす洋瑛に歩み寄ってくる。洋瑛の胸ぐらを掴み上げる。
「お前がめそめそ泣いてんじゃねえよっ! お前の泣いているところなんか藤中だって雪村だってカピちゃんだって真奈先輩だってなっ、ぜってえに気色悪くて仕方ねえんだよっ!」
そう言う菊田の瞼からも溢れ出ていた。もはや、誰しもが感情を抑えられなかった。泣いて怒って慰め合うしかできなかった。
「10分後にここを出る」
と、峠大尉は言った。
「貴様ら、ひとつだけ言っておく。まだ作戦は終わってない。泣きわめくのはすべてを終えてからにしろ。いいか」
「ふざけんなキャプテン」
千鶴子だった。
峠大尉は眉間に皺を刻みこみながらも、切れ細の瞼を当惑にしかめながら千鶴子に向く。
「勝手なことばっかり言ってんじゃねえ。うちらは誰のせいだの自分のせいだのって言い争いしているけどな、本当は全部あんたのせいだろうよ」
「何が言いたい」
「うちらをここに連れてきたのはあんただろ。うちらをあれだけ痛めつけておいて、2年も一緒にいた仲間を殺されてあんたはそれかよ。だいたい、ここでテロリストとやり合ったのだって、あんたの指示はめちゃくちゃじゃねえか」
峠大尉は千鶴子を睨み据える。しかし、言葉が出ない。
そして、峠大尉に疑惑の眼差しを注ぐのは千鶴子だけではない。泣いている二本柳や有島、疲弊してしまっている洋瑛はともかく、由紀恵もワイルドキャットも菊田も、片岡や圭吾ですら、峠大尉に反抗の芽を瞳にちらつかせていた。
「なんでアタッカーだけを下にやったんだよ。なんで雪村とカピコウだけを下にやったんだよ。キャプテンが行っていれば混乱することはなかったんじゃねえのかよ」
「だったら、ここの指揮を取るのは誰だった」
「ふざけんじゃねえ。自分ばっかり棚に上げてんな。めちゃくちゃな命令で死なせといて、挙げ句には虐殺までさせておいて、それでもあんたSGかよ。あんたもテロリストに殺されたってことにして、こいつらと一緒に捨てていったっていいんだからな。衛星もぶっ壊れたんだからよ」
そして、千鶴子は銃口を持ち上げる。銃把から伸ばした人差し指で安全装置を解除し、レバーを連射に切り替える。
「クズセンっ! やめなさいっ!」
笹原少尉が千鶴子の目の前に両手を広げて立ちふさがった。04の数字が刻印されたヘルメットのひさしの下、両目を赤くほとばしらせながら千鶴子を睨み据える。
「そんなことをしても何もならない。ここで引き金を引いても、あなたは自分自身を傷つけるだけ」
「教官。うちらはもうとっくに傷ついているんだよ――。教官! このクソッタレの大尉に詫びのひとつでも入れさせろ!」
「やめろ、チヅ」
と、洋瑛が重い足取りながら千鶴子の背後に歩み寄ってき、彼女の肩に手をかける。
「悪いのはキャプテンじゃねえ」
千鶴子の睨みを受けながらも、洋瑛は泣き笑いながら銃身を掴みつつ、レバーを切り替えて安全装置にロックする。
「誰も悪くなんかねえんだよ、チヅ」
洋瑛が被るヘルメットは亡き藤中の14であり、白抜きの数字は血糊にこびりついている。涙を伝わせ、笑みを浮かべるその瓜実顔も、塗りたくったような返り血にまみれている。
しかし、白い八重歯をこぼし、愛嬌のある表情であった。濡れそぼった眼差しは千鶴子に優しげに注がれていた。
自己中心的、冷笑家、好戦家、残忍にして傍若無人の荒砂山の嫌われ者。そう評価され、天進橋駐屯地では殺意だけに凝り固まっていた彼から、在りし日の毒は抜けきっている。
成長、と言えるかもしれないが、精神が逞しくなったのでもない。
現実を受け止める以外、なかった。そして、達観もしていた。
トランセンデンスは全員が被害者であるのを考えたことがあるのか――。
「行こうぜ」
戦闘を一つ切り抜ければ仲間割れを起こす。誰かが死ねば仲間割れを起こす。責任を転嫁する。失態を責め立てる。
隊員たちの未熟さのせいなのか、無能な隊長のせいなのか、精神を摩耗する極限の世界では仕方のないことなのか。
仕方ないのかもしれない。
田畑の中の一本道、旧国防軍第五研究所の道中、峠大尉は立ち止まった。
西空が燃えている。沈みいく夕日は残酷なまでに紅い。地平線は太陽のわずかな残り火に染められて、遠くに立ち並ぶ木々も点在する建物も、黒い影となって沈鬱に覆われていく。
峠大尉とて、生死を賭した戦闘の経験などこれまでになかった。彼の中の死闘とは常に、死の危険を感じることのない妄想であった。
死は、重々覚悟していたつもりだ。
悲劇は、想定していたことだ。
だが、直面した現実は違った。究極に近い絶望のうちで生命の火をたぎらせ続けるというのは、倫理も、道義も、あらゆる理性を己から失わせ、自己愛だけを突発させた。
ましてや立ち止まれない。作戦遂行という目的や、次から次へと襲い掛かってくる敵によって、仲間の死に悼む猶予など与えられないのだ。
それを思えば、むしろ、少年少女たちは自我の崩壊を免れている。まだ、彼らは、彼らの尊厳を必死に保ち続けている。
ぶつけようのない怒りの矛先が自分に回っているだけ。
作戦部隊を率いる峠大尉は、そう思ってこらえるしかない。
だが、もしも任務のすべてを遂行したとしても、その先に何が待ち受けているのか。
帰還を達成できた彼らは、これまでの生活を取り戻せるはずもなく、ブラッディレイ作戦は心の大きな傷、いや、彼らの精神を破壊しかねない大罪となるのだ。
太陽は沈んでいく。
G地区の中心部にまで入ってきて、もはや地平線に天進橋の主塔は見えない。
栄光など、ない。
「何やってんだよ、キャプテン」
片岡の背中に担がれている近田が、顔を振り向かせてきていた。
皆も足を止めて振り返ってきている。小銃を構えておらず、レイを抹殺できたためか、それともどこかあきらめてしまっているのか、彼らの疲れきった表情には緊張感がない。
「すまん」
峠大尉は小銃を握り返し、足を運び出す。
「たそがれちゃって。似合わねえことすんなよ」
洋瑛の減らず口に峠大尉は足を止めた。
洋瑛は頬をぐったりと片岡の肩に預けながらも、薄く平べったい唇で愛嬌のある笑みを浮かべてきている。
葛藤の胸中が、彼の笑みで救われてしまう。
(こいつ――)
「減らず口叩くな。いつ敵が来るか考えろ」
峠大尉は洋瑛から顔を背け、隊員たちの先頭へと歩んでいく。途中、うつむき、またしてもふてくされぎみのワイルドキャットが視界に入る。ワイルドキャットはすれ違いざま、峠大尉を不満げに見上げてき、彼は思わず笑ってしまう。革手袋の右手を思わず彼女のヘルメットに置いてしまう。
「そう、いじけるな」
「いじけてなんかないし」
「キャプテン」
と、千鶴子がふいに口を開いた。
「なんだ」
「研究所の破壊ったって、何をするんだよ。ロケット弾も切れちゃったじゃんか。まさか手作業で壊すんじゃねえだろうな」
「全部を破壊するわけじゃない」
地下2階の電気制御室だ、と、峠大尉は答えた。
旧国防軍第五研究所はDたちによっていまだ稼働状況と見られ、化学兵器の研究に取り組んでいた同施設は、新たな兵器生産にも利用されなくない。よって電気制御室を破壊すれば、研究所の稼働を停止させることができる。
それが川島大佐から指令された内訳である。
「本当にDはテロリストなのかよ」
菊田がぼやいた。作戦の大義名分に疑わしくなっているのは、菊田だけではない。皆の目が峠大尉へと鋭く集まってくる。
彼は率直に答えた。
「俺もわからん」
「は?」
「軍隊ってのはそういうもんだ。上層部の思惑など知る由もない。俺のような犬コロに伝えられるのは綺麗事だけだ。だが、俺はSGである以上、従わざるを得ない。それに、お前らは荒砂山を襲撃されただろう。お前らはあのとき無傷でいれたが、森姫山は全滅しているんだ。実際、奴らはテロを起こしているんだ」
皆、押し黙った。
「この作戦の意義がどうあれ、お前たちが国民のために戦っているのは間違いない。栄誉あることだ」
「もういいぜ、栄誉だのなんだの」
「そう言うな」
峠大尉は菊田の肩を二度、軽く叩いた。
隊員たちは再び一本道を歩き出す。
「全然、出てこないね」
峠大尉の背後で圭吾が口を開くと、有島が二本柳にたずねる。
「葵ちゃん、何も聞こえないの?」
「うん」
「ワイルドキャットにビビって逃げちゃったか」
片岡が笑いながら言ったので、笹原少尉がたしなめる。さらに千鶴子が「あんまりへらへらしてんじゃねえよ」と片岡に追い打ちをかける。
「へらへらしてなきゃやってられねえだろうが」
と、洋瑛が言うと、「バカか」と、千鶴子が吐き捨てる。
峠大尉はまたひそかに笑った。自分はやはり無能だと思った。この先に何が待っているかなど、今の段階では愚考である。部隊の心が一つになることはまず有り得ないだろうが、彼らは必死になって支え合っているのだった。
作者より
これより先は、昨今の時世をかんがみて、不謹慎に受け止められない部分があるので、更新を1か月ほど延期します。




