不良貴族
「あんたと仲良しこよしになんかなるつもりは、うちにはあらしまへんさかい、はようお帰りやす」
情け容赦のない言い方で、お吟は綺羅に言い放つ。
「冷たいねえ・・いいじゃんか、俺とお前の仲なんだから」
「人が聞いたら誤解する!言い方に気いつけよし」
雇われている少年たちが、隣の部屋で聞き耳を立てていることには気がついている。
「昔、兼が白拍子をやっていたというのはわかった。奴ならきっと並み以上の別嬪だっただろうな。それで、貴族どもを袖にしまくったことも理解した。でもな、あいつはそれで終わったつもりかも知れないが、世の中そうはいかないもんだ・・」
夕暮れにお吟を訪ねてきた綺羅は自分の知らない情報を掴んでいるらしい
「おまえ、葛城一族を知っているか?」
「名前は聞いている・・」
「今の当主はまだ若いが、この家が代々この国の中枢にかかわって来たらしいと聞く。嘘かまことかは分からぬが、何がしかの隠然たる勢力があるらしい。それゆえ、時の権力者に望まれる家なのだそうな・・」
「それが、天寿丸に何の関係がある?」
「関係がなけりゃよかったんだよ。あいつ、袖にしたそうだぞ。その若い当主を・・」
「へっ?」
あの当時、何も知らない兼に化粧から作法から皆教え込んだのはお吟である。当然後方支援に当たり、すべてを取り仕切っていたと言ってもよい。
評判が上がるにつれて白拍子「小督」の周りに群がってくる男たちを捌きまくって、片っぱしから蹴りまくったのはお吟である。それはすべて、兼の身の安全のためにしたことではあったが、かなりの恨みを買っていたことは承知している。その中にその葛城一族の若者がいたのだろうか?
「・・で、まさか、今頃それが・・」
涼しげな眼もとは基之に似ている、が、裏の世界にいる男である。決してきれい事だけを見ているわけではない。
「丞相がな・・」
話の飛ぶ先がわからない。「丞相」と言えばあのお方しかいない。
そのことくらいはお吟も知っている。そして、そのお方が権力志向の強い人だということも・・
「葛城一族に近づいているらしい・・その手土産が「小督」というのはどうだ?おもしろかろう?」
「冗談やな・・間違うてもあり得へん・・天寿丸は男え」
「そう・・だから、女が必要になる。「小督」になりうる女・・」
お吟は自分の脳裏に浮かんだ横顔を慌てて打ち消そうとした。しかし、それ以外に当てはまる人物はいない。
「あかん!!あの子はあかん!それをやったら天寿丸を本気で怒らすえ」
「それでも、やるさ、あのお人は・・あの貌に紅をさせば、そのまま十四、五のころの兼になる。白拍子「小督」にな・・」
それほど似ているのか、あの二人は・・?まるで違うと思ってきたが言われてみれば、確かに女である分薫子の方が不自然さはないだろう・・
「・・薫子ちゃんを人身御供に出す、言うことなんか?」
「使える者は使う。そう言うことだな・・」
「それ、どこから仕入れたのえ?」
低い声で笑った綺羅の目は笑ってはいない。
「おまえと似たようなものだが、少し伝手もある」
「なら間違いはないんやね。あんたはどないするのん?」
「どうする?薫子は俺のものになると決まっている。誰がみすみすくれてやるかよ」
「あんたね、それ天寿丸に聞かれたら間違いなく斬られるわ」
「上等じゃねえか。いつでも受けて立ってやるよ!」
荒っぽい物言いをしながら、そこは藤原家の貴公子なのだろう。
育ちの良い姿勢と行儀のよさは隠せない。静かに杯を重ねる綺羅にどことなく兼に似たものを感じて、お吟は自分を笑った。
そんな自分の思いなぞ知ることもなく、綺羅は顔を出した少年たちを相手にして、杯を重ねつづけていた。ただ、その想いが薫子当人に届いているのかどうかはビミョウではあったが・・・




